新国立劇場 オペラ《愛の妙薬》2022

愛の妙薬》の初日を観た(2月7日 月曜 19:00/新国立劇場オペラハウス)。劇場の初演は2010年4月、再演が13年1–2月、再再演18年3月で、今回が4回目。

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入国制限のため指揮は前日千穐楽を迎えた《さまよえるオランダ人》の代役に続き、ガエターノ・デスピノーサが務め、歌手は全員日本人の配役。結果は、素晴らしかった。このプロダクションを初めていいと思った。本や文字をベースとしたポップな美術で牧歌的ならぬ人工的なセット。これがあまり好みでなかったが、バスク地方のパストラルな雰囲気を、セットの代わりにオケが音楽でつくり出した。その効果なのか、人工的な美術がさほど気にならない。というか、ポップな舞台で織りなす喜劇をすんなり受け入れることができた。日本の歌手陣も健闘したが、何より、それを支えたデスピノーサの指揮が素晴らしい。柔らかで弾性のある音色(昨日と同じオケとは思えない)、絶妙なテンポ感や歌手への的確な指示、アッチェランドからクライマックスに至る衝迫(これが昨年〝ワグネリアン〟指揮の《チェネレントラ》に欠けていた)等々。デスピノーサはワーグナーも(特に第二幕)面白かったが、やはりイタオペが合っていた。水を得た魚とはこのことだ。学識はむろん大事だが、からだに染みついた感覚は掛け替えのない財産である。以下は簡単なメモ。

全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉令和2年度 文化庁 子供文化芸術活動支援事業/作曲:ガエターノ・ドニゼッティ/指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ(入国制限措置等の諸般の事情により)→ガエターノ・デスピノーサ/演出:チェーザレ・リエヴィ/美術:ルイジ・ペーレゴ/衣裳:マリーナ・ルクサルド/照明:立田雄士/アディーナ:ジェシカ・アゾーディ(同前)→砂川涼子/ネモリーノ:アン・フランシスコ・ガテル(同前)→中井亮一/ベルコーレ:ブルーノ・タッディア(同前)→大西宇宙/ドゥルカマーラ:ロベルト・デ・カンディア(同前)→久保田真澄/ジャンネッタ:九嶋香奈枝/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽:東京交響楽団コンサートマスター:水谷 晃)

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アディーナの砂川涼子はアジリタを含め、きれいな歌唱。落ち着きもある。幕切れの最後の高音では少し息切れしたが(カーテンコールの悔し顔)、好かったと思う。中井亮一は、少し頭の弱いネモリーノ役がよく合っており、「人知れぬ涙」を役のなかで歌ったのは好印象。紙切れが上から落ちてくるあの場面、アルファベットの立体セットが置かれたままだった。従来〝何もない空間〟にもっと沢山の紙が降ってきた記憶がある…(感染リスク軽減のため?)。ベルコーレの大西宇宙はノリのよい動きで、歌唱も雄弁(アメリカ教育の賜物か)。演技は少し食み出し気味だが、好い。ドゥルカマーラの久保田真澄は歌唱も演技も大したもの。砂川、中井、久保田の好演を見るにつけ、藤原歌劇団の底力を感じた(ゼッダ先生の薫陶のお陰か)。唯一初演・再演の舞台を踏んだジャンネッタの九嶋香奈枝は、当たり前のようにしっかり役をこなした。

デスピノーサは、この公演が終わると2月18日に京都市響(首席客演指揮者は例のアクセルロッド)の定演で、3月3日に愛知県芸術劇場東芝グランドコンサート)で、さらに6月25日は群響の定演を高崎芸術劇場で、それぞれ指揮するらしい。アクセルロッドに引けを取らぬ大活躍だ。

彼はこのまま6月の群響定演まで日本に滞在するのか。まさかね。新国立の次回公演は3月10日の《椿姫》だ。HPで指揮は依然アンドリー・ユルケヴィッチのまま。ウクライナ人のユルケヴィッチはゼッダ等から学び、現在【元らしい】ポーランド国立歌劇場の音楽監督という。彼は3月初旬に来日できるのか。もしだめなら、ぜひデスピノーサに振ってほしい。ヴェルディはきっと得意のはず。たぶん劇場は、状況の推移をぎりぎりまで見定めているのだろう。

2月のフィールドワーク予定 2022(二人の代役指揮者のことなど)【追加】【中止の追記】

ガエターノ・デスピノーサ(11月)とジョン・アクセルロッド(1月)を知ったのはN響定期を代役で指揮したとき。二人とも大変気に入った。

デスピノーサは、とかく力みがちな組曲展覧会の絵》を豊かでふっくらした音楽に仕上げた。彼はゼンパーオーパー(シュターツカペレ・ドレスデン)のコンマスから指揮者になったという。オペラも聴きたいと思ったら、新国立劇場さまよえるオランダ人》の代役指揮ですぐに実現。初日を聴いた。序曲や第一幕はオケの調子(特に金管)がいまひとつで、さほどワーグナーらしい響きはない。やはりイタリア人指揮者には「合ってないのか」と思いきや(じゃあ日本人はどうなのか)、第二幕は歌手もオケも素晴らしく、トータルでは満足して劇場を出た。その後、デスピノーサのインタビュー動画を見た。序曲のカット(知らなかった)について演出家と話して元に戻した経緯や、この期のワーグナーベルカントなどイタオペの影響が強い等々、ドイツ語で語るのを聞いた。なるほど、中期以降のいわゆるワーグナー的響きを本作に求めたこちらがアナクロ(筋違い)だった。無性に聴き直したくなり、楽日のチケットを入手。その翌日は、デスピノーサが連続で振る《愛の妙薬》の初日だ。ドイツものとイタリアものをどう振り分けるか。楽しみ。

アクセルロッドN響のCプロでブルッフのヴァイオリン協奏曲とブラーブスの交響曲第3番を振った。独奏の服部百音は集中力と感覚が抜群。圧倒的な音とは言えないけど、こだわりのある音楽家だ。お辞儀がすごく丁寧で長い。ちょっと能みたいな感じ(笑わないし)。アンコールは「庭の千草変奏曲」。決して超絶っぽく弾かず、弱音を大事にし、糸を引くような感じ。すごく水分を含んだ音色で、きれいだった。アクセルロッドは、ブルッフのときオケの音を変えるタイプじゃないなと思ったが、ブラームスになると、違った。弦も管ものびのびと歌わせる。特に印象的なのは第二楽章。木管がとても自然で美しかった。例の第三楽章は思い入れを抑えさらっと振るが、チェロをはじめオケの方が自発的かつ伸びやかに歌う。フィナーレも自然さと自発性を失わず、ふっくらした気品のある音楽が生まれた。その後、彼の振る Bプロ定期が関係者の陽性で中止になったらしい。その日は《さまよえるオランダ人》の初日だったが、本番を失ったアクセルロッドをフォワイエで見かけたと思う(マスク姿で不確かだが)。もう一人の代役の活躍を見に来たのか。これで帰国するのかと思いきや、そのアクセルロッドが都響チャイコフスキーを振ると知り、聴くことにした。むろんこれも代役だ。

今月のN響Cプロ定期はヤルヴィの代わりに鈴木雅明が振る。リヒャルト・シュトラウスストラヴィンスキーに変えて。これも楽しみだ。BCJの定演でモーツァルトを振るのは鈴木優人の方。

演劇では市原佐都子の作・演出を初めて見る(シアターコモンズ)。『バッコスの信女——ホルスタインの雌』は見損ねた。自分(の身体=無意識)がどう反応するか楽しみ。

バレエでは「吉田都セレクション」がある。演目変更もあったが『アラジン』と『こうもり』(いずれも抜粋)を久し振りに見られるのは嬉しい。

2日(水)14:00 新国立劇場 演劇研修所 第15期生修了公演『理想の夫』作:オスカー・ワイルド/翻訳:厨川圭子/演出:宮田慶子/美術:池田ともゆき/照明:中川隆一/音響:信澤祐介/衣裳:西原梨恵/演出助手:高嶋柚衣/舞台監督:川原清徳/主催:文化庁新国立劇場 @新国立小劇場

↑男女や夫婦の関係や感情のあり方などを俯瞰的に分析したうえで書いた印象。ラストはちょっと感動的な場面だが、決して作者は共感していないだろうと思わせる。なんか三島由紀夫みたいだ(三島がワイルドみたいというべきか)。宮田慶子の演出を見て彼女の監督時代が懐かしかった。

6日(日)14:00 新国立劇場オペラ《さまよえるオランダ人》指揮:ジェームズ・コンロン(入国制限措置により降板 1/5)ガエターノ・デスピノーサ/演出:マティアス・フォン・シュテークマン/美術:堀尾幸男/衣裳:ひびのこづえ/照明:磯野 睦/再演演出:澤田康子/舞台監督:村田健輔/[キャスト]ダーラント:妻屋秀和/ゼンタ:マルティーナ・ヴェルシェンバッハ(同前)→田崎尚美/エリック:ラディスラフ・エルグル(同前)→城 宏憲/マリー:山下牧子/舵手:鈴木 准/オランダ人:エギルス・シリンス(スィリンシュ)(同前)→河野哲平/合唱指揮:三澤洋史/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽:東京交響楽団/協力:日本ワーグナー協会 @新国立劇場オペラハウス

7日(月)19:00 新国立劇場オペラ《愛の妙薬》全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉令和2年度 文化庁 子供文化芸術活動支援事業/作曲:ガエターノ・ドニゼッティ指揮:フランチェスコ・ランツィロッタ(入国制限措置等の諸般の事情により)ガエターノ・デスピノーサ/演出:チェーザレ・リエヴィ/美術:ルイジ・ペーレゴ/衣裳:マリーナ・ルクサルド/照明:立田雄士/アディーナ:ジェシカ・アゾーディ(同前)→砂川涼子/ネモリーノ:アン・フランシスコ・ガテル(同前)→中井亮一/ベルコーレ:ブルーノ・タッディア(同前)→大西宇宙/ドゥルカマーラ:ロベルト・デ・カンディア(同前)→久保田真澄/ジャンネッタ:九嶋香奈枝/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽:東京交響楽団

11日(金・祝)都響 プロムナードコンサート #395 シベリウス組曲《カレリア》op.11シベリウス交響曲5 変ホ長調 op.82指揮:オスモ・ヴァンスカ(「オミクロン株に対する水際措置の強化」に伴う外国人の新規入国停止措置が2月末まで延長となったため指揮者・曲目を変更)指揮:ジョン・アクセルロッド/チャイコフスキー:歌劇『エフゲニー・オネーギン』より「ポロネーズ」/グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 op.82/チャイコフスキー交響曲第4番 ヘ短調 op.36/ヴァイオリン:富田 心サントリーホール

11日(金・祝)N響 #1952 定演〈池袋Cプロ〉R. シュトラウスバレエ音楽《ヨセフの伝説》から交響的断章/R. シュトラウス:《アルプス交響曲》指揮:パーヴォ・ヤルヴィ(「オミクロン株に対する水際措置の強化」により外国人の新規入国停止措置のため曲目および指揮者を変更)ストラヴィンスキー組曲《プルチネッラ》/ストラヴィンスキーバレエ音楽ペトルーシカ》(1947年版)指揮:鈴木雅明 @東京芸術劇場コンサートホール

16日(水)19:00 新国立劇場演劇「こつこつプロジェクト -ディベロップメント- 第二期」3rd試演会『テーバイ』原作:ソフォクレス(『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』より)構成・演出:船岩祐太/出演:植本純米、加藤理恵木戸邑弥、國松 卓、小山あずさ、成田 浬、西村壮悟、藤波瞬平 @新国立小劇場

17日(木)19:00 新国立劇場演劇「こつこつプロジェクト -ディベロップメント- 第二期」3rd試演会『夜の道づれ』作:三好十郎/演出:柳沼昭徳/出演:石橋徹郎、日髙啓介(理由は不明だが当初の記載から変更)→チョウ ヨンホ、林田航平、峰 一作、滝沢花野 @新国立小劇場

19日(土)14:00 新国立劇場バレエ団「吉田都セレクション」ファン・マーネン『ファイヴ・タンゴ』新制作/フォーサイス『精確さによる目眩くスリル』新制作(オミクロン株への水際対策強化により公演準備を万全に進めることが困難となり演目変更)新国立劇場バレエ団Choreographic Group作品より〉『Coppélia Spiritoso』振付:木村優/音楽:レオ・ドリーブ 他/出演:木村優子木村優里|『人魚姫』振付:木下嘉人/音楽:マイケル・ジアッチーノ/出演:米沢 唯、渡邊峻郁|『Passacaglia』振付:木下嘉人/音楽:ハインリヒ・ビーバー/出演:小野絢子、福岡雄大、五月女遥、木下嘉人(以上 録音音源での上演)||『アラジン』より「序曲」「砂漠への旅」「財宝の洞窟」振付:デヴィッド・ビントレー/音楽:カール・デイヴィス/美術:ディック・バード/衣裳:スー・ブレイン/照明:マーク・ジョナサン/[キャスト]アラジン:奥村康祐/ダイヤモンド:米沢 唯サファイア:柴山紗帆/ルビー:奥田花純、渡邊峻郁||『こうもり』より「グラン・カフェ」振付:ローラン・プティ/音楽:ヨハン・シュトラウスⅡ世/編曲:ダグラス・ガムレイ/美術:ジャン=ミッシェル・ウィルモット/衣裳:ルイザ・スピナテッリ/照明:マリオン・ユーレット、パトリス・ルシュヴァリエ/[キャスト]ベラ:小野絢子/ヨハン:福岡雄大/ウルリック:福田圭吾/指揮:冨田実里/管弦楽:東京交響楽団新国立劇場オペラハウス「公演関係者に…2名の陽性反応者が確認され…公演準備が整わないため」全公演が中止となった

20日(日)15:00 BCJ #146 定演 A. モーツァルト《戴冠ミサ曲 K 317》《第一戒律の責務 K 35》指揮:鈴木優人/ソプラノ:中江 早希 (K 317, K 35) 松井 亜希(K 35) 澤江衣里(K 35)/アルト:青木 洋也 (K 317)/テノール:櫻田 亮 (K 317, K 35) 谷口洋介 (K 35)/バス:加耒 徹 (K 317)/合唱・管弦楽バッハ・コレギウム・ジャパン @東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

【21日(月)15:00メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」国立新美術館 企画展示室1E】

21日(月)18:00 シアターコモンズ’22『妖精の問題 デラックス』作・演出:市原佐都子(Q)出演:[第一部]朝倉千恵子・筒井茄奈子[第二部]大石英史・キキ花香[第三部]廣川真菜美・富名腰拓哉・緑ファンタ/音楽:額田大志(東京塩麹/ヌトミック)/演奏:秋元修、石垣陽菜、高橋佑成、額田大志/舞台美術:dot architects/衣裳:南野詩恵/照明:魚森理恵/音響:稲荷森健/映像:小西小多郎/舞台監督:川村剛史(ロームシアター京都)/ドラマトゥルク:木村覚/演出助手:山田航大/制作助手:寺澤聖香/制作協力:山里真紀子(Q) @リーブラホール

23日(水・祝)14:00 新国立劇場バレエ団「吉田都セレクション」新国立劇場オペラハウス

23日(水・祝)18:00 名取事務所 公演『ペーター・ストックマン—『人民の敵』より』作:イプセン/翻訳:毛利三彌/翻案・演出: 瀬戸山美咲/出演:西尾友樹、森尾 舞、山口眞司、野坂 弘、水野小論、小林亜紀子、小泉将臣 @吉祥寺シアター

24日(木)13:00 シアターコモンズ’22 演劇的インスタレーション『吊り狂い』上演言語:英語(日本語字幕つき)/コンセプト&演出&脚本:モニラ・アルカディリ+ラエド・ヤシンロボットシステム開発:菅野 創+ピート・シュミット/音楽:ラエド・ヤシン/ヘッドペインティング:サイード・バアルバキ/企画・製作:ベルリン芸術祭・70周年記念プログラム「Wild Times, Planetary Motions」(キュレーション:ナターシャ・ギンワラ、イェルーン・フェルステール)東京公演 舞台協力:株式会社ステージワークURAK/協力:ゲーテ・インスティトゥート東京 @SHIBAURA HOUSE 5F

27日(日)13:00 シアターコモンズ’22 レクチャーパフォーマンス『おばけ東京のためのインデックス第1章』構成・演出・出演:佐藤朋子 @SHIBAURA HOUSE 5F

新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」2022

「ニューイヤー・バレエ」の初日と2日目を観た(14日 金曜 19:00,15日 土曜 14:00/新国立劇場オペラハウス)。

当初はアシュトン『夏の夜の夢』新制作の予定が「新型コロナに係る入国制限等に鑑み〈新制作〉の公演準備を万全の状態で進めることが困難と判断」され(10/13)、ビントレーの『ペンギン・カフェ』に変更となった。『ペンギン』は昨年の「ニューイヤー」演目だが関係者に陽性反応が出て一旦中止となった後、急遽、無観客の無料配信を敢行した。ゆえに本作の生舞台は9年振りとなる。

指揮:ポール・マーフィー(新型コロナ オミクロン株への政府の水際対策強化により来日不可)→冨田実里/管弦楽:東京交響楽団

初日(1階15列中央)定刻が過ぎてもなかなか始まらない。芸術監督が定席に居ない。16列が半分空いている。なにかあったのか…? あれこれ心配したが、高円宮妃の臨席が理由だった。12分ほど遅れてスタート。

『テーマとヴァリエーション』振付:ジョージ・バランシン/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/美術:牧野良三/衣裳:大井昌子/照明:磯野 睦

出演:[初日]米沢 唯、速水渉悟(怪我のため降板)→奥村康祐[2日目]柴山紗帆、渡邊峻郁

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米沢は丁寧かつリリカルで、内から生命感が湧き出る。初日のロイヤル臨席下でかなりプレッシャーがかかったはずだが、しっかりと責任をまっとうした。バランスのアクロバティックなやりとりもきれいにこなす。奥村も丁寧な踊りで、特に二つ目のソロは好かった。ただ、米沢の相手としては少し身体が小さく感じる。パ・ド・ドゥでのリフトはもう少し高さがほしい。それでも二人の踊りには喜びが感じられた。ブルー系の濃淡を活かした群舞のコスチュームは洗練された美しさ。2列目・3列目のダンサーたちも充実した踊り。冨田指揮の東響は、前半は丁寧かつ慎重に探る感じか。ニキティンのヴァイオリンソロは崩しすぎず綺麗だった。だが、フィナーレの、ホルンのファンファーレから始まる華やかなポロネーズは、もっと迸るような勢いがほしかった。初日は、熱量より規律を優先させたのかもしれない。2日目に期待したい。

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2日目(3階1列中央)。3階からだとバランシンの素晴らしいフォーメーションがよく分かる。初役の柴山沙帆は緊張からかソロで少しよろめいた。それが後を引き、どこか上の空で持ち前の〝ターボエンジン〟も不発。なんとか切り替えて、自分のよさを舞台に捧げてほしかった。渡邊峻郁は悪くないのだが、二人から喜びや気持ちのやりとりが感じられない。この日もフィナーレの音楽は弾けず、こちらの心も浮き上がらない。冨田氏はバレエ経験者らしいから、本作を踊るダンサーの大変さは人一倍わかるだろう。恐らくその分、ダンサーへの気配りが強まり、オケの自然発生的な高揚や勢いの増大が制御されてしまったか。残念。

ペンギン・カフェ』振付:デヴィッド・ビントレー/音楽:サイモン・ジェフス/美術・衣裳:ヘイデン・グリフィン/照明:ジョン・B・リード

[キャスト]ペンギン:広瀬 碧/ユタのオオツノヒツジ:[初日]木村優里 [2日目]米沢 唯、井澤 駿/テキサスのカンガルーネズミ:福田圭吾/豚鼻スカンクにつくノミ:[初日]五月女遥 [2日目]奥田花純/ケープヤマシマウマ:奥村康祐/熱帯雨林の家族:[初日]小野絢子&中家正博(交代理由は不明)→小野絢子&貝川鐵夫 [2日目]本島美和&貝川鐵夫/ブラジルのウーリーモンキー:福岡雄大

2013年の再演時ほど詳しく書けないが、簡単にメモする。

初日。こんな作品はビントレーにしか創れない。2010年に初めて見た時もそう思った。楽しくユーモラスだがラストは物悲しい。一見すると子供向けみたいだが、人間や社会への深い洞察と問題意識に裏打ちされている。かといって、教訓めいた臭味や啓蒙的な〝上から目線〟など微塵もない。喩えるなら最上質の絵本か。ビントレーが来日指導すれば、細かなニュアンスは多少とも修正されるだろうが、これはこれでよい。舞踏会のシーンで、初めは誰か分からず、好いダンサーだなと思ったら小野だった。さすが。浜崎恵二郞のタキシードの踊りはとてもカッコイイ。豚鼻スカンクにつくノミの五月女と民族舞踊を踊るときの浜崎は三枚目。その落差が楽しい。ただ、ユタのオオツノヒツジの木村は初役らしいが、自分を誇示するこれ見よがしの踊りは作品のコンセプトから食み出していた。

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2日目。米沢のユタのオオツノヒツジには目を見張った。踊りが伸びやかでキレもあり、リリカルな艶が内側からおのずと出てくる。相手の井澤駿は、昨日とは別人のよう。こうも変わるものか。テキサスのカンガルーネズミの福田圭吾は、後半の音楽とのタイミングが改善された。豚鼻スカンクにつくノミの奥田花純は初役。楽しそうに動き回り、少し様式から外れ気味だが好い。ケープヤマシマウマの奥村は、直前のモリス・ダンスで原が落とした帽子を振りの中でカミテの袖へ投げ込んだ。見事!「気高く誇り高い」ありようも好い。カモシカの頭蓋骨を被りシマウマのドレスを身に纏ったモデルたちの、例の(金井克子張り)の手の動きが初めて腑に落ちた。自分の顔の前で黒手袋の手を動かすのは、シマウマが撃ち殺されている現実を、〝私たちが〟シマウマを殺している現実を、見ないという意思表示ではないか。見ようと思えば見えるはずだが、見ないという、われわれの自己欺瞞的な無関心。熱帯雨林の家族のシーンは、貝川が登場し、本島と子役が出てくると、舞台の空気が一変。それだけでグッときた。彼らの穏やかな生活。家族愛。無垢。それが開発等により破壊されていく。シーンの最後でシモテ寄りに三人が佇み、客席の方を哀しげに見つめる。痺れた(本島は舞踏会の踊りも大きくて見栄えがした)。ブラジルのウーリーモンキーの福岡雄大はワイルドで生きのよい踊り。さすが。雨(酸性雨?)が降ってくる終曲については13年のブログに譲りたい。ただ、みんなが箱舟に入った後、ペンギンの広瀬碧だけ取り残されるシーンについて一言。昨年の配信では、初演・再演のさいとう美帆の残像があったせいか、少し物足りなさを感じた。が、今回、自分の運命(絶滅)を知らず快活に動く広瀬ペンギンを生の舞台で見て、こころが動いた。むしろこの、無意識で、無垢な快活さこそ、ビントレーが目指した造形かもしれないと。今思えば、さいとう美帆のペンギンには、いくらか自己憐憫が混じっていたようにも思う。それにしても作品理解の深い米沢唯と本島美和が加わるだけで、舞台全体が見違えるほどよくなった。

34年前の初演以来、環境問題は悪化の一途をたどり、いまや待ったなしの〝気候危機〟だ。『ペンギン・カフェ』の上演意義はますます深いといわざるをえない。

幕切れで、カーテンが完全に降りきるまで本作に込められたものを静かに味わう観客がひとりでも増えていきますように。

 

1月のフィールドワーク予定 2022【出演者変更】【さらに追加】

松が取れた初っぱなは、青年団の「忠臣蔵」。見るのは三回目か。豊岡への移転やコロナ禍で、平田作品を見る機会がかなり減った。江原河畔劇場にも一度は行ってみたいが、なかなか実現せず

新国立劇場バレエ団の「ニューイヤー・バレエ」は新制作のアシュトン版『夏の夜の夢』がコロナの影響で『ペンギン・カフェ』に変わった。『ペンギン』は昨年の「ニューイヤー」演目だったが当時は関係者に陽性反応が出て一旦中止となった後、急遽、無観客の無料配信を敢行した。ゆえに本作の生舞台は 9年振りとなる。

N響定演は政府の水際対策強化のためソヒエフが来日できず、代わりにジョン・アクセルロッドが振る。ヴァイオリンのワディム・グルズマンも同様だが、お陰で服部百音のブルッフが聴ける。ちなみにアクセルロッドは京都市響の首席客演指揮者で11月に来日していた。そういえば N響の12月定期をワシーリ・ペトレンコに代わって指揮したガエタノ・デスピノーサは、読響の1月定期でも代役を務めるようだ。欧米の感染状況はさらに深刻だから、オファーを受諾して滞在延長した方が帰国するより有益と判断したらしい。国内にも相応しい日本人指揮者はいるはずだが、この状況では、空いているマエストロを見つけるのは至難の業だろう。

新国立劇場オペラ《さまよえるオランダ人》の出演者変更は、いまのところ届いていない。万一の場合、シリンス(スィリンシュ)に代わるタイトルロールを国内で見つけるのはかなり難しそう。【やはり以下の通り変更になった。1/5】

【7日(金)13:35 映画『香川1区』監督:大島 新/プロデューサー:前田亜紀/撮影:高橋秀典/編集:宮島亜紀/音楽:石崎野乃/監督補:船木 光/制作担当:三好真裕美/宣伝美術:保田卓也 @シネ・リーブル池袋

8日(土)14:00 青年団 第91回公演『忠臣蔵・武士編』作・演出:平田オリザ/出演:永井秀樹 大竹 直 海津 忠 尾﨑宇内 木村巴秋 西風生子 五十嵐勇/舞台美術:杉山 至/舞台監督:海津 忠/照明:井坂 浩/照明操作:西本 彩 伊藤侑貴/衣裳:正金彩 中原明子/チラシイラスト:マタキサキコ/宣伝美術:太田裕子/制作:太田久美子 土居麻衣 @アトリエ春風舎

↑初めて見たのは201511月。次が192月で今回が三回目。何度見ても面白い。俳優も何人か入れ替わるし。幕切れに大石が「これって運命でしょう…」のセリフでは、なぜか毎回グッとくる。だけど、そのとき見える内側の景色は少し変わってきたか。明日のOL編も楽しみだ。(1/8ツイート)
 

9日(日)14:00 青年団忠臣蔵・OL編』作・演出:平田オリザ/出演:根本江理 申 瑞季 田原礼子 髙橋智子 本田けい 西風生子 山中志歩 @アトリエ春風舎

↑『OL編』は昨日の『武士編』より役者が粒揃いでリズムも好い。大石役の根本江理は初見かも。異化効果は武士よりOLが当然あがる。各自違うランチを持ち寄りリアルに食べるが、それ見るだけで演劇的快。時事ネタも効いてた。気張らず無理せず自由参加で討ち入りへ。人生もかくあるべし。/熱い議論の果てに、大石の「あの、なんかね、これって運命でしょう」でみな粛然となる。ここでいつもグッとくるのは、リクツを超えた実存に思いが向かうから。その深さは、昨日の武士編が上まわった。〝討ち入り〟や〝切腹〟の深刻さは、OLより武士の方が当然リアルに響くからだろう。(1/9ツイート)

14日(金)19:00 新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」『テーマとヴァリエーション』振付:ジョージ・バランシン/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/美術:牧野良三/衣裳:大井昌子/照明:磯野 睦/出演:米沢 唯、速水渉悟(怪我のため降板)→奥村康祐//新制作『夏の夜の夢』振付:フレデリック・アシュトン/音楽:メンデルスゾーン(新型コロナに係る入国制限等に鑑み〈新制作〉の公演準備を万全の状態で進めることが困難と判断 10/13)ペンギン・カフェ』振付:デヴィッド・ビントレー/音楽:サイモン・ジェフス/美術・衣裳:ヘイデン・グリフィン/照明:ジョン・B・リード/[キャスト]ペンギン:広瀬 碧/ユタのオオツノヒツジ:木村優里、井澤 駿/テキサスのカンガルーネズミ:福田圭吾/豚鼻スカンクにつくノミ:五月女遥/ケープヤマシマウマ:奥村康祐/熱帯雨林の家族:小野絢子、中家正博/ブラジルのウーリーモンキー:福岡雄大/指揮:ポール・マーフィー(新型コロナ オミクロン株への政府の水際対策強化により来日不可)→冨田実里/管弦楽:東京交響楽団 @新国立劇場オペラハウス

15日(土)14:00 新国立劇場バレエ団「ニューイヤー・バレエ」『テーマとヴァリエーション』出演:柴山紗帆、渡邊峻郁//ペンギン・カフェ[キャスト]ペンギン:広瀬 碧/ユタのオオツノヒツジ:米沢 唯、井澤 駿/テキサスのカンガルーネズミ:福田圭吾/豚鼻スカンクにつくノミ:奥田花純/ケープヤマシマウマ:奥村康祐/熱帯雨林の家族:本島美和、貝川鐵夫/ブラジルのウーリーモンキー:福岡雄大 @新国立劇場オペラハウス

21日(金)19:30 N響 #1949 定演〈池袋Cプロ〉ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26*/ブラームス交響曲 第3番 ヘ長調 作品90/指揮:トゥガン・ソヒエフ(オミクロン株に対する水際措置の強化により招聘に必要な手続きが困難のため)→ジョン・アクセルロッド京都市交響楽団の首席客演指揮者として11月に来日)/ヴァイオリン:ワディム・グルズマン(同左)→服部百音* @東京芸術劇場コンサートホール

【26日(水)13:30 映画『三度目の、正直』監督:野原 位/脚本:野原 位+川村りら/エグセクティブプロデューサー:原田将+徳山勝巳/プロデューサー:高田 聡/撮影監督:北川喜雄 飯岡幸子/照明:秋山恵二郎 鈴木涼太 蟻正恭子 三浦博之/録音:松野 泉/カラリスト:小林亮太/編集:野原 位/音楽:佐藤康郎/助監督:鳥井雄人/制作:三宅陽子[キャスト]月島 春:川村りら/月島 毅:小林勝行/月島美香子:出村弘美/月島生人&樋口明:川村知/野田宗一朗:田辺泰信/大藪賢治:謝花喜天/福永祥子/影吉紗都/三浦博之 @シアター・イメージフォーラム

26日(水)19:00 新国立劇場オペラ《さまよえるオランダ人指揮:ジェームズ・コンロン(入国制限措置により降板 1/5)→ガエタノ・デスピノーサ/演出:マティアス・フォン・シュテークマン/美術:堀尾幸男/衣裳:ひびのこづえ/照明:磯野 睦/再演演出:澤田康子/舞台監督:村田健輔/[キャスト]ダーラント:妻屋秀和/ゼンタ:マルティーナ・ヴェルシェンバッハ(同前)→田崎尚美/エリック:ラディスラフ・エルグル(同前)→城 宏憲/マリー:山下牧子/舵手:鈴木 准/オランダ人:エギルス・シリンス(スィリンシュ)(同前)→河野哲平/合唱指揮:三澤洋史/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽:東京交響楽団/協力:日本ワーグナー協会 @新国立劇場オペラハウス

 

新国立劇場 開場20周年記念公演『消えていくなら朝』2018

無料配信で本作の舞台映像を三年半振りに見た(2021.12.26)。〝面白い〟記憶はあったが、こんなにぐさぐさ刺さるコトバの応酬だったか。当時のメモを探したら簡単な走り書きが見つかった。以下に転記する。

蓬莱竜太『消えていくなら朝』の2日目を観た(2018年7月13日 金曜 19:00/新国立小劇場)。

演出:宮田慶子/美術:池田ともゆき/照明:中川隆一/衣裳:髙木阿友子

蓬莱自身の家族を痛いぐらいに鋭く描き出す。久し振りに帰省した作家の定男。劇作家の仕事を認めない父と兄。ボーイッシュな妹(高野志穂)。母(梅沢昌代)の宗教のこと等々。家族同士でぶつけ合うコトバの火花。その火の粉が客席まで飛んできてひりひり痛い。家族に「嫌い」と思いっきり叫ぶ定男。笑いも出るが、心からの笑いではない。『焼き肉ドラゴン』では〝大嫌い〟が〝大好き〟に転換する。が、ここではそれはない。まだ過去になっていないから。

演出は、コトバのぶつけ合いは距離をとれば可笑しいが、そのオカシサをどの程度に調整するかにかかっている? 定男の鈴木浩介は当初すこし弱々しすぎると思ったが、ポイントではかなり強めのフォルテを出した。父親役 高橋長英のとぼけた(ぼけた?)感じが絶妙。

定男が兄(山中嵩)に叩きつけるコトバ「自分のコトバを持っていない! …自分で選んでいない! が、おれは違う!」 連れてきた恋人(吉野実沙)に矛盾を突かれる定男。兄みたいに電車で毎日会社へ通うのとは異質な作家(演劇)の仕事。その意味、意義を言い返せない定男。言い返すコトバをつくれるはずだが、あえてそうしない作家(作者)。倫理的。

配信であらためて見ると、言及した役者に限らずみなうまい。梅沢昌代は、宗教に嵌まった自己肯定の強い母親を深刻かつユーモラスに演じる。吉野実沙は作家の恋人で〝売れない〟役者だが、兄の放つ〝虚業〟批判の流れ弾を浴びつつ、家族の修羅場に立ち会う重要な役。客席との媒介と作家をソフトに相対化する〝受け〟の芝居が効いていた。高野志穂は、息子二人を母の宗教に取られた父の〝理想の息子〟を演じざるを得なかった妹役。その苦境をぶちまけるが、家族の反応は鈍い(家族の〝無意識〟の話だから無理もないが)。兄役の山中嵩は声を振り絞って弟(演劇界)を攻撃するが、その科白は、当然、山中本人のみならず、他の俳優やスタッフ全員を刺したはず。そうした世間の〝無理解〟のなかで彼/彼女ら演劇人は舞台を創っている。これが 8年に渡り演劇部門の芸術監督を務めた宮田慶子の締めくくり公演だった。いま思えば、新国立の演劇はあの頃の方が面白かったし時には刺激もあった。というか、その前の前(栗山民也監督)の方がさらに刺激的だった。

12月のフィールドワーク予定 2021【追記】【コメント付き】

すでに三作は見終えたが、いずれも充実した舞台。特に文学座アトリエの『ピンター作品6選』は演劇的な刺激や発見が随所にあった(感想メモ)。風姿花伝の『ダウト』も役者の質が高く面白いが、どこまでも娯楽の域を出ない印象。7回目の再演オペラ《蝶々夫人》は主要キャストの変更もあり、さほど期待せずに見た。が、代役村上公太の、世界とひとりで対峙するような歌いっぷりと、中村恵理の、武士の娘として誇り高い自死へと向かう熱量の高い歌唱に、グッときた。演出・美術の素晴らしさは見る度に再確認(美術の島次郎は二年前に死去)。

中旬から大晦日まで新国立劇場バレエ団の『くるみ割り人形』が続く。この版は好みでないが、音楽とダンサー目当てで今年は三回足を運ぶ。横山拓也の『エダニク』(2009)を劇団銅鑼が新人公演で取りあげる。韓国語版リーディング公演の無料ネット配信を昨年見たが、字幕でも十分楽しめた。日本語版の生舞台を見るのは今度が初めて。

さいたまゴールドシアターがいよいよ最終公演をおこなう。立ち上げた蜷川幸雄の死から五年か。高齢者集団のコロナ禍での活動継続はやはり難しかったのだろう。伝説の舞姫・崔承喜(1911-??)をモティーフにした鄭義信の書き下ろしをみょんふぁがひとり芝居する。どんな舞台になるのだろう。

3日(金)18:30 文学座アトリエの会『Hello〜ハロルド・ピンター作品6選〜』「家族の家」「ヴィクトリア駅」「丁度それだけ」「景気づけに一杯」「山の言葉」「灰から灰へ」翻訳:喜志哲雄/演出:的早孝起/美術:石井強司/照明:金 英秀/音響:藤田赤目/衣裳:宮本宣子/舞台監督:岡野浩之/制作:前田麻登、梶原 優/宣伝美術:藤尾勘太郎/出演:中村彰男 藤川三郎 石橋徹郎 上川路啓 萩原亮介 寺田路恵 山本郁子 小石川桃子文学座アトリエ

5日(日)14:00 新国立劇場オペラ《蝶々夫人》指揮:下野竜也/演出:栗山民也/美術:島 次郎/衣裳:前田文子/照明:勝柴次朗/再演演出:澤田康子/舞台監督:斉藤美穂[キャスト]蝶々夫人:中村恵理/ピンカートン:ルチアーノ・ガンチ(入国制限のためスケジュールが合わず来日が不可能となり)→村上公太/シャープレス:アンドレア・ボルギーニ/スズキ:但馬由香/ゴロー:糸賀修平/ボンゾ:島村武男/神官:上野裕之/ヤマドリ:吉川健一/ケート:佐藤路子/合唱指揮:冨平恭平/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団新国立劇場オペラハウス

6日(月)14:00 風姿花伝プロデュース vol.8『ダウト 〜疑いについての寓話』作:ジョン・パトリック・シャンリィ/翻訳&演出:小川絵梨子/[キャスト]フリン神父:亀田佳明/シスター・ジェイムズ:伊勢佳世/ミラー夫人:津田真澄/シスター・アロイシス:那須佐代子/美術:小倉奈穂/照明:松本大介/音響:加藤 温/衣裳:原 まさみ/ヘアメイク:鎌田直樹/演出助手:稲葉賀恵/演出部:黒崎花梨/舞台監督:梅畑千春 @シアター風姿花伝

10日(金)19:30 N響 #1946 定演〈池袋Cプロ〉チャイコフスキーロココ風の主題による変奏曲 作品33*/ムソルグスキーラヴェル編):組曲展覧会の絵指揮:ワシーリ・ペトレンコ(「オミクロン株に対する水際措置の強化」により外国人の新規入国が停止されたため)→ガエタノ・デスピノーサ/チェロ:ダニエル・ミュラー・ショット(同上)→佐藤晴真* @東京芸術劇場コンサートホール

チャイコフスキーロココの主題による変奏曲》佐藤晴真のチェロは骨太というか、豊かな音。少し荒削りな印象もあるが、アンコールで「鳥の歌」を弾く所など、なるほどな思った。デスピノーサ はおっとりした指揮者。

組曲展覧会の絵」は力みがちな曲だけど、力が抜けてフォルテッシモでもふわっと振ってる。呼応したN響はトランペットの長谷川氏を初め、豊かでふっくらしたffを生み出してた。こんな「展覧会」は初めてだ。デスピノーサはゼンパーオーパーのコンマスだったのか。彼の振ったオペラも聴きたい。

佐藤氏のアンコールをデスピノーサが後方で聴いてた。人柄が出てたな。弾き終えたチェリストは彼に気づかなかったけど。ルイージの勧めで指揮者に専念か。二人の指揮は対照的なのが面白い。2007年のゼンパーオーパー来日公演《ばらの騎士》をルイージ指揮で聴いた。デスピがコンマスしてたかも。(2021.11.11 ツイート)

11日(土)17:00 新国立劇場演劇『あーぶくたった、にいたった』作:別役 実/演出:西沢栄治/美術:長田佳代子/照明:鈴木武人/音響:信澤祐介/衣裳:中村洋一/ヘアメイク:高村マドカ/演出助手:杉浦一輝/舞台監督:川除 学/出演:山森大輔 浅野令子 木下藤次郎 稲川実代子 龍 昇 @新国立小劇場

12日(日)14:00 北とぴあ国際音楽祭2021 リュリ作曲 オペラ《アルミード》(世界的な新型コロナウイルス感染拡大に伴い一部の出演者の招聘が困難となったため)→アクト・ド・バレ《アナクレオン》(1757)[演奏会形式/フランス語上演・日本語字幕付]作曲:ジャン=フィリップ・ラモー/台本:ピエール・ジョゼフ・ベルナール/[その他の曲目]ルベル《様々な舞曲》、コレッリ:フォーリア、リュリ:コメディ・バレ《町人貴族》〈諸国民のバレ〉より、リュリ:オペラ《アルミード》より〈パッサカイユ〉ほか/指揮・ヴァイオリン:寺神戸 亮/合唱・管弦楽:レ・ボレアードバロックダンス:ピエール=フランソワ・ドレ、松本更紗/アナクレオン:与那城 敬/愛の神:湯川亜也子/バッカスの巫女:佐藤裕希恵/歌:波多野睦美 @北とぴあ さくらホール

18日(土)13:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』クララ&こんぺい糖の精:米沢 唯/ドロッセルマイヤーの甥&くるみ割り人形&王子:井澤 駿ドロッセルマイヤー:貝川鐵夫/ねずみの王様:木下嘉人/ルイーズ:池田理沙子/雪の結晶:飯野萌子、広瀬 碧/花のワルツ:寺田亜沙子、中島春菜、浜崎恵二朗、渡邊拓朗/指揮:アレクセイ・バクラン 新国立劇場オペラハウス

18日(土)17:00 劇団銅鑼 新人公演『エダニク』作:横山拓也(iaku)/監修:山田昭一/演出:館野元彦/出演:鈴木裕大(劇団員補) 多賀名啓太(劇団員補) 山形敏之/美術:髙辻知枝/照明:館野元彦/音響:真原孝幸/方言指導:清原達之(青年劇場)/舞台監督:池上礼朗/演出助手:永井沙織/宣伝美術:早坂聡美/制作:齋藤裕樹 @劇団銅鑼アトリエ

19日(日)17:00 さいたまゴールド・シアター最終公演『水の駅』作:太田省吾/構成・演出・美術:杉原邦生/出演:石井菖子 石川佳代 大串三和子 小渕光世 葛西 弘 上村正子 北澤雅章 佐藤禮子 田内一子 髙橋 清 滝澤多江 竹居正武 谷川美枝 田村律子 都村敏子 遠山陽一 林田惠子 百元夏繪 渡邉杏奴/井上向日葵/小田豊/主催・企画・制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/助成:一般財団法人地域創造 文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業) 独立行政法人日本芸術文化振興会彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

21日(火)14:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』クララ&こんぺい糖の精:柴山紗帆/ドロッセルマイヤーの甥&くるみ割り人形&王子:速水渉悟(怪我のため降板)→渡邊峻郁ドロッセルマイヤー:中島駿野/ねずみの王様:木下嘉人/ルイーズ:飯野萌子/雪の結晶:渡辺与布、広瀬 碧/花のワルツ:寺田亜沙子、中島春菜、浜崎恵二朗、渡邊拓朗/指揮:アレクセイ・バクラン @新国立劇場オペラハウス

22日(水)18:20 映画『偶然と想像』監督・脚本:濱口竜介/プロデューサー:高田聡/撮影:飯岡幸子/整音:鈴木昭彦/助監督:高野徹/深田隆之/制作:大美賀均/カラリスト:田巻源太/録音:城野直樹 黄永昌/美術:布部雅人 徐賢先/スタイリスト:碓井章訓/メイク:須見有樹子/エグゼクティブプロデューサー:原田将 徳山勝巳/キャスト:古川琴音(芽衣子)中島歩(男性)玄理(つぐみ)渋川清彦(瀬川)森郁月(奈緒)甲斐翔真(佐々木)占部房子(夏子)河井青葉(あや)@Bunkamura ル・シネマ

23日(木)19:00 みょんふぁ一人芝居『母 My Mother』作・演出:鄭 義信/出演:みょんふぁ/チャング演奏:李 昌燮 @下北沢シアター711

31日(金)16:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』クララ&こんぺい糖の精:小野絢子/ドロッセルマイヤーの甥&くるみ割り人形&王子:福岡雄大ドロッセルマイヤー:中家正博/ねずみの王様:小柴富久修/ルイーズ:奥田花純/雪の結晶:柴山紗帆、渡辺与布/花のワルツ:飯野萌子、廣川みくり、井澤 諒、原 健太/指揮:アレクセイ・バクラン @新国立劇場オペラハウス

 

文学座アトリエの会『Hello〜ハロルド・ピンター作品6選』2021【追記】

文学座アトリエの会『Hello〜ハロルド・ピンター作品6選』の初日を観た(12月3日 金曜 18:30/文学座アトリエ)。

翻訳:喜志哲雄/演出:的早孝起/美術:石井強司/照明:金 英秀/音響:藤田赤目/衣裳:宮本宣子/舞台監督:岡野浩之/制作:前田麻登、梶原 優/宣伝美術:藤尾勘太郎

久し振りのピンター作品。刺激的で見応えがあった。というか、発語されるセリフの官能性が圧倒的だ。舞台は何もない空間で、小道具は8人が座る8脚の椅子のみ。6つの小篇を年代順に並べ、第1幕「家族の声」(1981)「ヴィクトリア駅」(1982)、第2幕「丁度それだけ」(1983)「景気づけに一杯」(1984)「山の言葉」(1988)、第3幕「灰から灰へ」(1996)と区分けしている。幕を、すなわち発表年を追うごとに政治的な色合いが増していく様を実感できた。よい選択・構成だと思う。80年代によく見たピンターの舞台は『部屋』(1957)から『背信』(1978)あたりまで。独特なコトバ感覚と残忍かつ暴力的な感触は変わらないが、これほど全体主義国家の非人間的行為を鮮明にイメージすることはたぶんなかった。見る側の認識が変わったこともあるが、文学座俳優のきわめて高度な発語能力が、ピンターの言語的エロティシズムを際立たせたのだろう。

『家族の声』中村彰男 藤川三郎 石橋徹郎 上川路啓志 萩原亮介 寺田路恵 山本郁子 小石川桃子

本来は「若い男」(息子)と「女」(母)そして「男」(父)の手紙文による朗読劇だが、ここでは、3人の役を発話者(特に若い男)の話に合わせて8人(男5・女3)全員にうまく振り分けていた。

手紙に〝宛先〟はあるが、対話はない。返信はないし、そもそも投函したのかも不明。とはいえ、ひとりが喋ると、てんでんばらばら(もちろん意図的)に置かれた椅子に座る他の7人は話者を見るわけではないが聴いてはいる。初めは表情が微かに変化する程度だが、やがて動きが伴う。最初に川上が語り始める(若い男)。聴いている表情から寺田がその母役かと思いきや、山本がそのセリフを喋り始める(後に寺田も母役で語るが)。不意を突かれた新鮮さ。幕切れで死んだはずの父(中村)が発語し、それに反応して少しずつ役者がハケていく。後半のセリフにホモセクシュアルコノテーションが顕著。鮮やかに喚起させるリアルさ。みな声が好いし発語がうまい。上川の科白回しには色気があった。

『ヴィクトリア駅』指令係:上川路啓志/運転手:藤川三郎

タクシーの指令係が無線で運転手に指示する。2人の対話。可笑しさ(上川)と不気味さ(藤川)。二人とも『家族の声』とは別人のよう。

ここで10分休憩

『丁度それだけ』ティーヴン:石橋徹郎/ロジャー:藤川三郎

二人の男が酒を飲みながら核戦争による死者の数について対話していたらしいが、よく分からなかった。あれは高級官吏だったのか。

『景気づけに一杯』ニコラス:石橋徹郎/ヴィクター:萩原亮介/ジーラ:小石川桃子/ニッキー:寺田路恵

ナチスゲシュタポを思わせるニコラス(石橋)はウィスキーを〝景気づけに一杯〟やりながら強圧的かつ狂信的に反体制知識人と覚しきヴィクター(萩原)を攻め立て追い込んでいく。いわゆるフィジカルな拷問のシーンはない。が、おそらく男の妻(小石川)は犯され、息子は殺されたのだろう。〝愛国心〟の怖さ。震え慄く萩原もリアルだった。

『山の言葉』若い女:小石川桃子/初老の女:寺田路恵/軍曹:中村彰男/士官:山本郁子/看守:上川路啓志/囚人:萩原亮介/頭巾の男:藤川三郎/第二の看守:石橋徹

前作から地続きのような舞台。自民族の言語(山の言葉)の使用を禁じられた初老の女。だが、老女はそれしか話せない。士官や軍曹らに迫害されるマイノリティたち。三角頭巾を被せられた男の姿から、「イスラム国」の人質の姿が浮かんだ(思い出したくないけど)。その妻が会いに来るが、男は銃殺される。少数民族の迫害といえば、新疆ウイグル族の問題を想起させる。30数年前の作品だが、今なおアクチュアリティを失っていない。

ここで10分休憩

『灰から灰へ』デヴリン:中村彰男/リベッカ:山本郁

夫婦らしき男女の対話。女リベッカが男デヴリンに自分の過去の話をする。あるいは、男がそれを女から聴き出そうとする。嫉妬。そこにはエロティックなコノテーションがしばしば付き纏う。女が語る過去の恋人らしき男は、旅行代理店のガイドだと。が、断片的な語りの中に、ガイドの男が駅のプラットフォームで泣き叫ぶ母親から赤ちゃんを奪い取る話が出てくる。【それから、女は言い忘れていたと前置きし、大勢の人たちが鞄を持って、ガイドらに誘導されて森を抜け、海岸の波打ち際から海の中に入っていったと。それを庭の窓から見たという。まるで「ハーメルンの笛吹き男」みたいな話だ。】終わり近くでもう一度。老人と少年が大きなスーツケースを引きずって行く姿を、語る女は建物の窓から眺めていたと。赤ちゃんを抱いた女が二人のあとを歩いていた。…おくるみにくるんだ赤ちゃんはやがて男に奪われる。そして汽車に乗った。私たちは。そしてここに着いたと。ここに? やがて女の言葉の一部が他の役者の反復により、エコーのように反響する(8人全員が冒頭同様はじめから椅子に座っていた)。語っている女は建物の窓から眺めていたはずだが、いつの間にか、赤ちゃんを奪われた女と一体化している。

これは明らかにナチスドイツによるユダヤ人迫害もしくはホロコーストショアー)のイメージだ。ユダヤ人らは鉄道で収容所へ移送され、女たちは赤ちゃんを奪われて、ガス室で殺される。あるいは子供も一緒にガス殺される。運がよければ追っ手を逃れ、赤ちゃんを奪われながらも自らは逃亡する。旅行ガイドはSS隊員かもしれない。ただし、女が語っているのは、自分の体験というより、すり込まれた民族の〝集団的記憶〟ではないか。

それにしてもリベッカ役の山本が語るセリフの生々しさ、音の美しさには圧倒された。その美しさと、喚起される怖ろしいイメージとのギャップの妙。加虐と被虐にエロスが重なるが、そんななか、デヴリン役の中村が時おり生み出す可笑しさが効いていた。

役者はみな巧い。発語がクリアで、セリフを聴くとイメージがまざまざと浮かんでくる。ある意味、なんの説明もない抽象的な設定下で、セリフが艶やかに感取されイメージが鮮やかに喚起されたのは、俳優たちの質の高さゆえだと思う。もちろん喜志哲雄の優れた翻訳あっての話だが。演出の的早考起の名前は覚えておきたい。