新制作『くるみ割り人形』の初日・2日目夜・5日目・7日目昼・夜・11日目を観た(12月19日 金曜 19:00,20日 土曜 18:00,24日 水曜 19:00,27日 土曜 13:00, 18:00,2026年1月1日 木祝 14:00/新国立劇場オペラハウス)。
要は全6キャスト中の5キャストで計6回見たということ。11日目は7日目と同キャストだが、元旦の舞台はどんなものかと初体験した。
以下は新制作の感想。ダンサーの踊り等については後ほど。

令和7年度 文化庁 劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業
振付:ウィル・タケット(レフ・イワーノフ原振付による)/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/編曲:マーティン・イェーツ/美術・衣裳:コリン・リッチモンド/照明:佐藤 啓/映像:ダグラス・オコンネル/イリュージョン:クリス・フィッシャー/イリュージョン監修:リアルマジシャンRYOTA/コレオロジスト:堀田真由美/指揮:マーティン・イェーツ&冨田実里/管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団/合唱:東京少年少女合唱隊
タケット版は全体的に明るく快活で、ドメスティック。物語を合理化し〝分かりやすく〟なった反面、群舞は編成の縮小と平凡な隊列で魅力が半減。個人的には、従来「アラビアの踊り」、特に「花のワルツ」中間部と続く「パ・ド・ドゥ」から感取された〝暗さ〟(死の影)がほぼ消失したのは大きい(後述)。
・ドロッセルマイヤーが狂言回しで物語の中心に置かれ、魔術を駆使する場がより洗練され、鮮やかになった。
・必然的に「樅の森」のパ・ド・ドゥがドロッセルマイヤーを加えたトロワに変更。くるみ割りが倒れたのち、ドロッセルマイヤーは床から幕をV字状に吹き出させクリスマスツリー全体を覆い、闇に包まれた森を表すのか暗緑青の幕が妖しげに揺れるなか、トロアを踊る。彼がクララをリフトし、くるみ王子に投げ渡す動きは物語的にもバレエ的にも効果的。
・第1幕シュタールバウム家のパーティに集う人物と第2幕「お菓子の王国」の住人がリンクされ、また、パーティにバレエ女教師を新たに加えて、続く「戦い」の場の〝ネズミの王〟を〝女王〟にすることで、両幕・両場が現実と夢の関係に〝合理(平凡)化〟された。〝女王〟は、原作内でドロッセルマイヤーが語る「堅いくるみのメルヘン」(初演リブレットではカット)のマウゼ(ネズミ)リンクス夫人に依拠した設定だろう(ただホフマン原作には〝マリー=クララが見た夢〟だけでは説明しきれない合理を超えた妖しさ不気味さがあり、デュマの翻案はそれを消している)。
・ディヴェルティスマンのナショナルダンス(「アラビア/コーヒー」「中国/お茶」等)は「物語の明快さ」に沿うかたちで〝ポリコレ化〟され、バレエ初心者や親子連れも安心して楽しめる舞台とはなった(ナショナルダンス/民族舞踊の面白さはほぼ失せたが)。
他方〝バレエマニア〟やリピーターには気になる点がいくつか。
・先の通り、1幕「雪の結晶」と2幕「花のワルツ/グラン・バラビレ(大群舞)」の編成が縮小され(女26→20名,10組=20名→5組+女4=14名)*1もはや〝グラン〟とはいえず、新国立が誇るコール・ドを活かしきれない。
そもそも2幕は奥の階段セットが踊るスペースを侵食し、狭苦しい。階段のない「雪の場」は奥行きがとれるはずだが、カミテの〝結晶〟セットがわざわざ階段の位置に降りてくるため、フロアの奥まで踊れない。群舞の貧弱さと物足りなさ(ダンサーが原因ではない)は、上階席ほど顕著になる。ツアーでの狭い劇場を前提にあえて限定した? それなら上田サントミューゼの『白鳥』同様、編成をその都度縮小すればよい。タケットは大編成のフォーメーションが苦手? 女6名/男5名女1名の減はコスト(出演料)カット? 雪のセット位置は人数減の口実? …色々勘ぐりたくなる。
・第2幕「花のワルツ」と「パ・ド・ドゥ」を切り離し、「ワルツ」の次に、お菓子の精たちが「ジゴーニュ小母さんと道化たち」の曲で再登場するコーダに改変。結果、チャイコフスキー創案のニ長調ワルツからト長調パ・ド・ドゥへの絶妙な流れが無惨に切断され、イ長調ジゴーニュの次に近親調でないPDDがくる不自然な移行に改悪された。【理由書くのを忘れていたが、多分、金平糖の精になったクララとくるみ割り王子がパ・ド・ドゥを踊るのを、ファンダンローズ(花のワルツ)だけでなく、他のお菓子の精たちにも見守らせたかったのだろう。音楽の流れを台無しにしても物語の〝意味〟や整合性を優先させたいと。】これだと、ワルツ中間部の〝死の影〟がアダージョのパニヒダ(追悼儀礼)へと引き継がれず、宙に浮いてしまう(詳しくは後で)。
・ディヴェルティスマン冒頭をトランペットのソロで飾る「スペインの踊り/チョコレート」がカットされ、代わりに王国のシェフパティシエ(1幕のハウスキーパー)・マイスター(同執事)等が踊る「イギリスの踊り」(?)が組み込まれた(聞き覚えの軽快な二拍子で後半ドロッセルマイヤーが加わると序曲のテーマが編み込まれる)。振付は平凡。
序曲後の「情景」で、パーティに訪れた親子が歌うクリスマスキャロルを組み込んだのはよいと思う。シモテで歌うのは「慈しみ深きウェンセスラス Good King Wenceslas」か。カミテのは「Joy to the World(もろびとこぞりて)」に聞こえた。
ダンス教師の存在、クララに綺麗なドレスを用意する、夢の世界から現実への移行にボディダブル(替え玉)を使う等、はアシュトン版『シンデレラ』を彷彿させ、現実へ戻るワープに(2幕のプロセニアムを縁取る)レースペーパーが舞う映像を使うのはウィールドン版『不思議の国のアリス』を想起させた。【パーティでクララがドロッセルマイヤーの助手と後ろ向きでぶつかる出会いのシーンはマクミランの『マノン』を(後者はデグリューがマノンにわざとぶつかる違いはあるが)。】
〝暗さ〟(死の影)について
チャイコフスキーのスコアでは「花のワルツ」中間部でチェロとヴィオラ群が奏するロ短調の〝暗い調べ〟が、そのまま、チェロ群の奏する下降音形のパ・ド・ドゥ(ト長調)へと受け継がれる。この〝暗さ〟は、帝室劇場の総監督フセヴォロシスキーが採用したデュマ版『くるみ割り人形の物語』(1845)(に基づくリブレット)には不在だが、ホフマン原作『くるみ割り人形とねずみの王さま』(1816)にしかと見出せる。

終章の「結び」でマリー(クララ)が「人形の国」から目覚めると、ドロッセルマイヤーの甥がシュタールバウム家に来訪。二人きりになると甥はマリーに求婚し、マリーは受け入れる(デュマ版のマリーは「両親の同意があれば」と条件を加え、両親も祝福する〝ブルジョワ的〟大団円/矢野正俊訳)。もとよりホフマンには両親への言及はなく、「挙式までの1年の期限が過ぎると、彼は銀色の馬に曳かせた黄金の車でマリーを迎えにきて、連れていった」(大島かおり訳)。そしてマリーは、いまでもお菓子の国の王妃であることが示唆される。それは、あるいは〝死後の世界〟かもしれない(識名章喜)。整合化されたデュマ版とは違い*2、ホフマンのテクストはそうした解釈を許す書き振りだ。
ホフマンの『くるみ割り人形とネズミの王さま』にはモデルがあった。友人の司法官ユリウス・エドゥアルト・ヒッツィヒには、長女オイゲーニェ、次女マリー、弟フリッツの三人の子どもがおり*3、ホフマンは、この子どもたちに向けて本書を書いたのだ(ルイス・キャロル『不思議の国アリス』と事情が似ている)。バレエのクララに当たるマリーは『くるみ割り』出版7年後の1822年1月に13歳で亡くなっている。マリーを特に可愛がったホフマンはマリーの夭折を予感していたらしい。ヒッツィヒへのお悔やみの手紙で次のように書いている。
「奇妙としか言いようがない——今だから言えるのだけれど——あの娘にはどこか独特のところがあったような気がします。彼女が真剣な思いにひたっているように見えたときに、彼女の表情(とりわけじっと凝視するような瞳)に、早世の相を垣間見たことがたびたびありました。貴君も知ってのとおり、あの子が幼いころから病気がちで、とくに生まれて間もない頃は病弱だったことを私はまったく知らなかったのですが。——」(1822年1月18日付、識名章喜訳)。
独文学者の識名氏は「こう書いたホフマンもそれから半年もたたずに病に倒れた。マリーと若いドロッセルマイヤーが王国へと旅立っていった後を追うように」と書き添える(光文社文庫版/解説)。音楽の〝暗さ〟は、デュマ版を超え、ホフマンのエンディングと響き合っているかのようだ。もちろん、チャイコフスキーはデュマ版に基づくリブレット(に基づくプティパの指示)から創作した。だが、ワイリーによれば、作曲着手の8年前、ローマ滞在中にモスクワ出身の音楽批評家セルゲイ・フレロフからホフマンのロシア語訳を進呈され、作曲家は「すばらしい物語である」とフレロフ宛ての手紙に書いていた(S.F.フレロフ宛書簡、1882年1月22日/2月3日付/R. J. ワイリー『チャイコフスキーのバレエ』1985)。
チャイコフスキーは『くるみ割り人形』のテーマ(台本)にあまり気乗りせず、作曲にかなり苦労したらしい。演奏旅行の途上で日夜「お菓子の王国」や「くるみ割り人形」の想念に苛まれ、その苦しみをフセヴォロシスキーに書簡で訴えて上演延期を望んだほどだった(1891年4月15日付)。この手紙を書いた翌日、作曲家は仲がよかった妹アレクサンドラ(サーシャ)の死を知る。ワイリーによれば、それ以降、最も悩ませた「お菓子の王国」のイメージに不満を漏らすことはなかった。遠い追憶のように感じられるサーシャへの思いが、お菓子の王国を作曲する問題を解決したのかもしれないと。さらに、ワイリーは、パ・ド・ドゥのアントレにはオペラ《エフゲニー・オネーギン》(1879)のタチアナやレンスキーの音楽と同様、パニヒダ panikhida(ロシア正教の追悼礼拝)「聖者等と供に憩わせ給え」のリズムが聴かれるという。パ・ド・ドゥでは、
「それ[追悼礼拝のリズム]が執拗な主旋律となり、下降するオクターヴの音階が無骨に、時に激しく反復される——これはサーシャへの葬送聖歌 otpevanie であり、お菓子の国を彼女の死と結びつけているのだ。こうして見ると、『くるみ割り人形』は、表面的な楽しさのうちに悲しみを抱えた、追憶のドキュメントとなる。ある批評家はこの性質を感知したが、説明することはできなかった」(ワイリー『チャイコフスキー』2009年)。
音楽学者がスコアから読み取ったチャイコフスキーの個人的経験は、くしくも、ホフマン原作の結末に読み取れるマリーの〝旅立ち〟と重なっている。
これまで『くるみ割り人形』のパ・ド・ドゥを聞くと、こころが粛然となり次第に込み上げてくる経験を何度も味わった。初演を聞いた「ある批評家」も同じだったらしい。それは、作曲家の亡き妹サーシャへの追悼と、ホフマンがマリーに見た「早世の相」が結びつき「表面的な楽しさのうちに悲しみを抱えた、追憶のドキュメント」となったから…
そう言いたい気もするが、こうした事情を知らずとも、「花のワルツ」から「パ・ド・ドゥ」に至る流れに身を任せれば、音楽と踊りの〝切ない歓喜〟をそれなりに味わうことができるだろう。
たとえば、クララ(マリー)が凝視した「世にもすばらしい不思議な」世界の熱い至福と、その世界に接する此岸のロシア的極寒との、オクシモロン的表現を享受する等…。
だが「ワルツ」と「パ・ド・ドゥ」を切り離したタケット版では、この体験が寸断されてしまう。これが最も残念な点だった。
少なくとも二つのワルツ(群舞)は改訂が必須だろう。個人的には、無駄に装飾の多いイーグリング版ではなく、牧版と交互に上演して欲しい。牧版はワイノーネン版がベースだが、東京が舞台で親しみやすく、なによりオラフ・ツォンベックの美術が本当に素晴らしい。ディヴェルティスマン(民族舞踊)を問題視する向きもあろうが、『焼肉ドラゴン』のように「ご観劇前にご確認ください」の断りを添えればよい。歴史的な意議も大切だと思う。
キャスト別の感想はここ。