新日本フィル定演#608 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉「リクエストコンサート」才能!

新日本フィルの定演で「リクエストコンサート」を聴いた(19日 19:00/すみだトリフォニーホール)。

指揮:上岡敏之コンサートマスター:豊嶋泰嗣 

ビゼー(1838):交響曲 ハ長調

なんと快活で瑞々しい演奏だろう。まさに音符が飛び跳ねているように感じた。初めて聴いたのは、もちろんバランシン振付のバレエ『シンフォニーインC』で。ゆえに、聞けば必ずダンサーたちの動きが目に浮かぶ。上岡も跳ねていた? アダージョはやや速めだが、そのぶんオーボエソロの装飾的音型がコブシのようにも聞こえた。面白い(ソロは東フィルの加瀬氏)。フィナーレでは上岡お得意のめくるめく音楽的陶酔に包まれた! バランシンといえば、新日本フィルニューヨーク・シティ・バレエが来日すると、必ずオーチャードホールのピットに入っていた(指揮はバレエ団の音楽監督だが)。上岡敏之は弾むようなダンス音楽は手のもの。上岡指揮の新日本フィル新国立劇場バレエ団の舞台を見てみたい。ぜひ!

サン=サーンス(1835-1921):ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op. 22

ピアノ:マリアム・バタシヴィリ(1993- )

マリアム・バタシヴィリはとんでもないピアニストだ! かなり小柄でまだ20代半ばのはずだが(黒のパンツスーツ姿は就活中の女子学生のよう)、テクニックとパトスが半端ではない。ちょっとヴァイオリニストのコパチンスカヤみたいだ。そこまで〝野蛮〟じゃないけど、共演者との〝気〟のやりとりを燃料にどんどん熱量が上がっていく。指揮台の上岡が振り向くとバタシヴィリも彼を見る。見交わす二人の顔はかなり近い! ラブシーンみたいでドキドキした。1楽章の深い情念。2楽章の軽み。3楽章の圧倒的な名人芸。が、バタシヴィリはどんなに速く激しく弾いても音はつねに美しい。天才的! 上岡とは馬が合う感じ。アンコールはリストのパガニーニによる大練習曲集 第4番。超絶技巧のアルペジオを難なく弾きこなした。

20分休憩後の後半は二曲ともバレエ音楽。簡単にメモする。

ラヴェル(1875-1937)作曲『マ・メール・ロワ組曲はじつにカラフルで、多様な質感が楽しい。同じくラヴェルの『ダフニスとクロエ』第2組曲では、流麗なフルートソロが見事! ソロはオーボエと同じく東フィルの神田氏。(ホルンを含め管のトップ三名はエキストラだが)新日本フィルはここまで色彩豊かで美味しいサウンドになったのかと、ちょっと感慨深い。アンコールはドビュッシー管弦楽のための『映像』から「イベリア」より第三曲「祭りの日の朝」。

今回の「リクエスト・コンサート」はフランス音楽が取り上げられたが、隠し味のバレエ的な躍動感が全曲を貫いていた。バタシヴィリのみならず、指揮者やオケのソロを含め、才能っていいなあ、とつくづく思った。

7月のフィールドワーク予定 2019【追記】

平田オリザの新作は日韓仏の共同公演だ。他に旧作のフランス語版等も見ることができる。大野和士が発案した〈オペラ夏の祭典 2019-20〉は「新国立劇場東京文化会館が2020年に向けて」びわ湖ホールや札幌文化芸術劇場 hitaruなど「各地の劇場と連携して2年にわたり展開する国際的なオペラプロジェクト」。今夏の《トゥーランドット》では新国立のオケピットにバルセロナ交響楽団が入る。どんな響きが聴けるのか。エイフマンのバレエ『アンナ・カレーリナ』を久し振りに見る。2010年と12年に新国立で見た厚木三杏のアンナは素晴らしかった。未見の『ロダン〜魂を捧げた幻想』は他の公演等と重なり断念。上岡敏之が中高生の演劇部とプロコフィエフの『ロミ&ジュリ』組曲で共演する等々…。7月の舞台も眼が離せない。

5日(金)19:30 青年団国際演劇交流プロジェクト2019『その森の奥』[日本語・韓国語・フランス語上演/日本語字幕付き]作・演出:平田オリザ 韓国語翻訳:イ・ホンイ フランス語翻訳:マチュー・カぺル/出演:島田曜蔵 申瑞季 村井まどか 森内美由紀 佐山和泉 森一生(以上 青年団)キム・ヘヨン ファン・リハン チョン・テゴン ソ・ジウ ナム・ダソム キム・ソイ(以上 韓国芸術総合学校)ロマン・ベルトラン アシール・コンスタンタン エステル・デルヴィル ロール・デコン アントナン・デュフートレル イザベラ・オレクショフスキー(以上 リモージュ国立演劇センター付属演劇学校)@こまばアゴラ劇場

6日(土)18:00 リモージュ国立演劇センター付属演劇学校『カガクするココロ』[フランス語上演/日本語字幕付き]作・演出:平田オリザ フランス語翻訳:マチュー・カペル/出演:ブリエル・アレ クレール・アンジュノ カンタン・バリフ マティアス・ボードワン ロマン・ベルトラン エレーヌ・セルル アシール・コンスタンタン エステル・デルヴィル ロール・デコン アントナン・デュフートレル ニナ・ファビアニ マリーヌ・ゴドン イザベラ・オレクショフスキー ニコラ・ヴェルディエ @こまばアゴラ劇場

【9日(火)映画『新聞記者』監督:藤井道人/原案:望月衣塑子/脚本:詩森ろば 高石明彦 藤井道人/企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸/エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎/プロデューサー:高石明彦/共同プロデューサー:行実良 飯田雅裕 石山成人/撮影:今村圭佑/照明:平山達弥/録音:鈴木健太郎/美術:津留啓亮/編集:古川達馬/衣装:宮本まさ江/ヘアメイク:橋本申二/演出補:酒見顕守/ラインプロデューサー:平山高志/出演:シム・ウンギョン 松坂桃李 本田翼 岡山天音 郭智博 長田成哉 宮野陽名 高橋努 西田尚美 高橋和也 北村有起哉 田中哲司イオンシネマ←追記

11日(木)19:30『その森の奥』作・演出:平田オリザ @こまばアゴラ劇場

12日(金)19:00 新国立劇場 演劇『骨と十字架』作:野木萌葱/演出:小川絵梨子/美術:乘峯雅寛/照明:榊美香/音響:福澤裕之/衣裳:前田文子/演出助手:渡邊千穂/舞台監督:藤崎遊/出演:神農直隆 小林隆 伊達暁 佐藤祐基 近藤芳正 @新国立小劇場

18日(木)18:30 オペラ夏の祭典 2019-20《トゥーランドット》全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲:ジャコモ・プッチーニフランコ・アルファーノ補筆)指揮:大野和士/演出:アレックス・オリエ/美術:アルフォンス・フローレス/衣裳:リュック・カステーイス/照明:ウルス・シェーネバウム/演出補:スサナ・ゴメス/舞台監督:菅原多敢弘//トゥーランドット:イレーネ・テオリン/カラフ:テオドール・イリンカイ/リュー:中村恵理/ティムール:リッカルド・ザネッラート/アルトゥム皇帝:持木弘/ピン:桝貴志/パン:与儀巧/ポン:村上敏明/官吏:豊嶋祐壹/合唱指揮:三澤洋史/合唱:新国立劇場合唱団+藤原歌劇団合唱部+びわ湖ホール声楽アンサンブル/児童合唱:TOKYO FM少年合唱団/管弦楽バルセロナ交響楽団/制作:新国⽴劇場/東京⽂化会館 @新国立劇場オペラハウス

19日(金)新日本フィル定演 #608 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉「リクエストコンサート」ビゼー交響曲 ハ長調サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op. 22*/ラヴェル:『マ・メール・ロワ組曲ラヴェル:『ダフニスとクロエ』第2組曲指揮:上岡敏之ピアノ:マリアム・バタシヴィリすみだトリフォニーホール

20日(土)エイフマン・バレエ来日公演『アンナ・カレーニナ(全2幕/ 休憩1回)振付・演出:ボリス・エイフマン/原作:レフ・トルストイ/音楽:チャイコフスキー(特別録音音源使用)@東京文化会館

21日(日)14:00 青年団・こまばアゴラ演劇学校“無隣館”『北限の猿』作・演出:平田オリザ出演(Bチーム):村田牧子 緑川史絵 岩井由紀子 中藤奨 西村由花 南波圭 森一生(以上 青年団)小野亮子 木村トモアキ 黒澤多生 佐藤岳 名古屋愛 西風生子 南風盛もえ 坊薗初菜(以上 無隣館)@こまばアゴラ劇場

21日(日)18:00『北限の猿』出演(Aチーム)渡辺香奈 川隅奈保子 村田牧子 本田けい 中藤奨 藤瀬典子 森一生(以上 青年団)石渡愛 木村トモアキ 黒澤多生 佐藤岳 名古屋愛 西風生子 山中志歩 和田華子(以上 無隣館)@こまばアゴラ劇場

27日(土)14:00 「すみだサマーコンサート2019 ―Chance to Play―」バレエ音楽 プロコフィエフ『ロメオとジュリエット』組曲より抜粋/第2組曲より「モンタギュー家とキャピュレット家」第2組曲より「少女ジュリエット」第3組曲より「ジュリエット」第1組曲より「ロメオとジュリエット」第2組曲より「僧ローレンス」第1組曲より「タイボルトの死」第2組曲より「別れの前のロメオとジュリエット」第2組曲より「ジュリエットの墓の前のロメオ」第3組曲より「ジュリエットの死」/指揮:上岡敏之演劇・台本・振付・衣装・スペシャルゲスト:日本大学第一中学・高等学校演劇部管弦楽新日本フィルハーモニー交響楽団すみだトリフォニーホール

28日(日)15:00 こどものためのバレエ劇場 2019『白鳥の湖音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/原振付:マリウス・プティパ+レフ・イワーノフ/構成・演出:大原永子/オデット&オディール:米沢 唯/ジークフリード王子:井澤 駿新国立劇場バレエ団 @新国立劇場オペラハウス

29日(月)15:00 こどものための…『白鳥の湖』オデット&オディール:木村優里/ジークフリード王子:渡邊峻郁新国立劇場オペラハウス

31日(水)14:00 M&Oplaysプロデュース『二度目の夏』作・演出:岩松 了/照明:沢田祐二/美術:田中敏恵/音響:高塩 顕/衣裳:戸田京子/ヘアメイク:大和田一美(APREA)/演出助手:大堀光威・舞台監督:田中直明/制作:近藤南美/制作デスク:大島さつき/宣伝:る・ひまわり/プロデューサー:大矢亜由美/出演:東出昌大、太賀、水上京香、清水葉月、菅原永二、岩松 了、片桐はいり本多劇場

フィリップ・マヌリの音楽 2019/聴衆の並外れた傾聴【追記】

初めてマヌリの音楽を聴いた(6月13日 19:00/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル)。

この公演で特筆すべきは、聴衆の〝並外れた傾聴〟だ。みんな物音ひとつ立てず集中して聴いていた。ただそれだけのこと。だが、昨今、そんな聴衆に出会えることはめったにない。残念ながら、これがいまの日本のクラシック音楽界、ひいては劇場(ホール)文化の現実だ。

コンサートについてはごく簡単にメモする。

指揮:ペーター・ルンデル

管弦楽東京都交響楽団

ドビュッシー/マヌリ編 管弦楽組曲第1番より《夢》(1883/2011)

まずは都響の密度の濃い演奏に驚いた。この密度はマヌリの編曲とも関係するのか。オーボエヴィオラ、ヴァイオリンのソロが美しい。

マヌリ《サッカード~フルートとオーケストラのための》(2018)

フルート:マリオ・カローリ

フルートの弱音で始まり、最後はその音が消滅するように終わる。その間、フルートの始原的な音の存在に、オケの弦楽器が目覚め、呼応するように音を発生させる。やがてオケの響きは発展し、フルートと拮抗し、互いに音を増幅させて相争う。弦の奇妙な擦る音が印象的。豊かな響きが横溢した。

アンコールはドビュッシーの「シランクス」。静まりかえるホールにパンの笛が響いた。その間、マヌリと指揮者はシモテに立って聴いていた。ここで20分休憩。

マヌリ《響きと怒り~オーケストラのための》(1998-99/2016)

左右に二つのオケを、正面上部(オルガンの前)に二つのブラス群を、それぞれ配置。ちょっとマタイ受難曲みたいだ。音楽はフォークナーの小説『響きと怒り』の構造を参考にした由。チャプターごとに語りの視点を変えるような趣向を想像したが、違った。そもそも「同じシークエンスの連続を繰り返す」というが、まったく聞き取れず。前半はやたらとベルの音がした。途中から上部のブラスが鳴り始め、トランペットが交互にラッパを持ち上げて・・・。変拍子の個所などは《春の祭典》とか、弦楽アダージョ風のところはマーラーの緩徐楽章とか、ジャズっぽい部分はバーンスタインなどを想起した(われながら脳内の楽曲インターテクスチュアリティが乏しい)。とにかく〝響きと怒り〟は聴取した(「人生は歩く影にすぎない・・・それは白痴が語る物語だ。響きと怒りに満ちているが、意味は何もない」『マクベス』)。

《サッカード》もそうだが、とてもエンターテイニングで、現代音楽に特有のいわゆる〝ひとりよがり〟はない。なるほど「コンポージアム」でマヌリが選出した四人のファイナリストもみなそうだった訳だ。納得。

冒頭でも書いたが、この日は指揮者が完全に手を降ろすまで誰も拍手しない。落下音は皆無だし不作法に咳をする人もいない。実に気持ちの好い空間だった。

実は、マヌリが「日本では、聴衆の傾聴が並外れています」とか、「演奏中の集中度は、まったく並外れて素晴らしいものです」というのを読んで、ほんとか、と思っていた(ピエール・ブーレーズ+ジャン=ピエール・シャンジュー+フィリップ・マヌリ『魅了されたニューロン——脳と音楽をめぐる対話』笠羽映子訳)。

なるほど、マヌリの聴衆は、というか、初めて接する音楽(現代音楽)の聞き手は集中して耳を傾けざるをえない。どうやら「並外れた傾聴」はその結果らしい【追記:現代音楽でも曲によっては集中しづらい場合がある(「コンポージアム」のリンドナー『ENTELEQUIA』が私にはそうだった。かといってノイズを発したりはしないが)。とすれば、これはむしろ「報酬」の問題というべきか(同書)。マヌリの音楽は、傾聴すれば豊かな響きがもたらす「快楽」という(肯定的な)報酬が返ってくる。先にエンターテイニングといったのはそのことだ。つまり、マヌリの聴衆が並外れた集中をみせるのは、彼の音楽に起因するのかも知れない】。

一方、新国立劇場のオペラや在京オケの定演等でノイズが多いのは、すでに知っている音楽を「再認」するために来ている人が少なくないからだろう。本当にオペラを見(聴き)に来る人、本当に音楽を聴きに来る人の割合はどうすれば高くなるのか。【これは、音楽(芸術)文化のステークホルダーにとって、かなり重要な問題だと思う。】

6月のフィールドワーク予定 2019【追記】

 すでに終わった二つの公演も記す(両者とも大変よい公演だった)。今年のコンポージアムはフィリップ・マヌリが審査員。新国立劇場バレエでは『アラジン』が再演される。振付のビントリーは来日するのだろうか。同じく新国立劇場のオペラ研修所が試演会で《イオランタ》を取り上げる。バレエ《くるみ割り人形》と同時初演されたチャイコフスキーの全一幕オペラである。どんな舞台になるのか楽しみだ。

1日(土)14:00 新国立劇場オペラ プッチーニ蝶々夫人》全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉指揮:ドナート・レンツェッティ/演出:栗山民也/美術:島 次郎/衣裳:前田文子/照明:勝柴次朗/再演演出:澤田康子/舞台監督:髙橋尚史//蝶々夫人:佐藤康子/ピンカートン:スティーヴン・コステロ/シャープレス:須藤慎吾/スズキ:山下牧子/ゴロー:晴雅彦/ボンゾ:島村武男/ヤマドリ:星野 淳/ケート:佐藤路子/合唱指揮:冨平恭平/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団新国立劇場オペラハウス

2日(日)15:00 BCJ #133 定演 J. S. バッハ:教会カンタータシリーズvol. 76 〈マリアの讃歌〉J. S. バッハ:プレリュード,トリオとフーガハ長調BWV 545(およびBWV 529/2)*/ブクステフーデ:第一旋法によるマニフィカトBuxWV 203*/J. S. バッハ:カンタータ第147番《心と口と行いと生活が》BWV 147,カンタータ第37番《信じて洗礼を受ける者》BWV 37,マニフィカトニ長調BWV 243指揮:鈴木優人/ソプラノ:松井亜希、クリステン・ウィットマー/アルト:テリー・ウェイ/テノール:櫻田 亮/バス:加耒 徹/オルガン独奏:鈴木雅明*/トランペット:ジャン=フランソワ・マドゥフ/合唱・管弦楽バッハ・コレギウム・ジャパン東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアル

6日(木)18:00 新国立劇場演劇『オレステイア』原作:アイスキュロス/作:ロバート・アイク/翻訳:平川大作/演出:上村聡史/美術:二村周作/照明:沢田祐二/音楽監修:国広和毅/音響:加藤 温/衣裳:前田文子/ヘアメイク:鎌田直樹/映像:栗山聡之/演出助手:五戸真理枝/舞台監督:北条孝/キャスト:生田斗真音月桂趣里横田栄司、下総源太朗、松永玲子、佐川和正、チョウヨンホ、草彅智文、髙倉直人、倉野章子、神野三鈴 @新国立中劇場

9日(日)15:00 〈コンポージアム 2019〉武満徹作曲賞 本選演奏会/審査員:フィリップ・マヌリ/指揮:阿部加奈子/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団[ファイナリスト](演奏順)/シキ・ゲン(中国):地平線からのレゾナンス/ツォーシェン・ジン(中国):雪路の果てに/スチ・リュウ(中国):三日三晩、魚の腹の中に/パブロ・ルビーノ・リンドナー(アルゼンチン)ENTELEQUIAS @東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

13日(木)19:00 〈フィリップ・マヌリの音楽〉ドビュッシー/マヌリ編:管弦楽組曲第1番より《夢》(1883/2011)[日本初演]/マヌリ:サッカード〜フルートとオーケストラのための(2018)[日本初演][東京オペラシティ文化財団、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団サンパウロ交響楽団、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団共同委嘱作品]/マヌリ:響きと怒り〜オーケストラのための(1998-99/2016)[日本初演]/指揮:ペーター・ルンデル/フルート:マリオ・カローリ/管弦楽東京都交響楽団

15日(土)14:00 新国立劇場バレエ『アラジン』振付:デイヴィッド・ビントリー/音楽:カール・デイヴィス/装置:ディック・バード/衣裳:スー・ブレイン/照明:マーク・ジョナサン/指揮:ポール・マーフィ/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団アラジン:福岡雄大/プリンセス:小野絢子/アラジンの母:中田実里/サルタン:菅野英男/ランプの精ジーン:井澤 駿/魔術師マグリブ人:貝川鐵夫/アラジンの友人:木下嘉人、原 健太:オニキスとパール:五月女 遥、飯野萌子、広瀬 碧、福田圭吾、木下嘉人、原 健太/ゴールドとシルバー:寺井七海、横山柊子、中家正博、趙 載範/サファイア:本島美和・ルビー:木村優里、渡邊峻郁/エメラルド:寺田亜沙子、玉井るい、速水渉悟/ダイヤモンド:柴山紗帆 @新国立劇場オペラハウス

16日(日)13:00 新国立劇場バレエ『アラジン』/指揮:ポール・マーフィ/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団アラジン:奥村康祐/プリンセス:米沢 唯/アラジンの母:菊地飛和/サルタン:貝川鐵夫/ランプの精ジーン:渡邊峻郁/魔術師マグリブ人:菅野英男/アラジンの友人:宇賀大将、小野寺 雄/オニキスとパール:五月女 遥、広瀬 碧、廣川みくり、宇賀大将、小野寺 雄、佐野和輝/ゴールドとシルバー:渡辺与布、朝枝尚子、清水裕三郎、中島駿野/サファイア細田千晶/ルビー:奥田花純、井澤 駿/エメラルド:益田裕子、廣田奈々、小柴富久修/ダイヤモンド:木村優里 @新国立劇場オペラハウス

22日(土)13:00 新国立劇場バレエ『アラジン』/指揮:富田実里/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団アラジン:福田圭吾/プリンセス:池田理沙子/アラジンの母:菊地飛和/サルタン:貝川鐵夫/ランプの精ジーン:速水渉悟/魔術師マグリブ人:菅野英男/アラジンの友人:宇賀大将、小野寺 雄/オニキスとパール:五月女 遥、広瀬 碧、廣川みくり、宇賀大将、小野寺 雄、佐野和輝/ゴールドとシルバー:渡辺与布、朝枝尚子、清水裕三郎、中島駿野/サファイア細田千晶/ルビー:奥田花純、井澤 駿/エメラルド:益田裕子、廣田奈々、小柴富久修/ダイヤモンド:木村優里 @新国立劇場オペラハウス

23日(日)14:00 新国立劇場バレエ『アラジン』/指揮:ポール・マーフィ/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団アラジン:奥村康祐/プリンセス:米沢 唯/アラジンの母:菊地飛和/サルタン:貝川鐵夫/ランプの精ジーン:渡邊峻郁/魔術師マグリブ人:菅野英男/アラジンの友人:宇賀大将、小野寺雄/オニキスとパール:五月女 遥、広瀬 碧、廣川みくり、宇賀大将、小野寺 雄、佐野和輝/ゴールドとシルバー:渡辺与布、朝枝尚子、清水裕三郎、中島駿野/サファイア細田千晶/ルビー:奥田花純、井澤 駿/エメラルド:益田裕子、廣田奈々、小柴富久修/ダイヤモンド:木村優里 @新国立劇場オペラハウス

【27日(木)「東京計画 2019」 vol.2 風間サチコ/ゲストキュレーター:藪前知子(東京都現代美術館学芸員)@gallery αM】←追記

28日(金)19:00 山形交響楽団 特別演奏会「さくらんぼコンサート2019」東京公演モーツァルト:セレナード第6番ニ長調K239「セレナータ・ノットゥルナ」/歌劇《ドン・ジョヴァンニ》K527より第2幕ドン・ジョヴァンニのセレナード「窓辺においでよ」/第1幕二重唱「お手をどうぞ」/歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》K588より第2幕「恋人よ、どうか許してください」/交響曲第36番ハ長調K425「リンツ」/ヴェルディ:歌劇《リゴレット》より第1幕「慕わしい人の名は」他/指揮:阪 哲朗/ソプラノ:森 麻季/バリトン:大西宇宙管弦楽:山形交響楽団 @東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

29日(土)17:00 新国立劇場オペラ研修所 試演会 オペラ《イオランタ》全1幕〈ロシア語上演/字幕付〉作曲:P. I. チャイコフスキー/演出・美術:ヤニス・コッコス/指揮:鈴木恵里奈/ピアノ髙田絢子、原田園美/出演:新国立劇場オペラ研修所第20期生、第21期生、第22期生、賛助出演:小野綾香、北村典子、松中哲平(16期修了)、荏原孝弥(19期修了)、十合翔子(19期修了)、高橋正尚(19期修了)/レネ王:松中哲平/ロベルト:野町知弘/ボデモン:濱松孝行/エブン=ハキヤ:森翔梧/イオランタ:和田悠花/マルタ:一條翠葉/アリメリク:荏原孝弥/ベルトラン:程音聡/ブリギッタ:斉藤真歩/ラウラ:小野綾香/合唱:原田奈於ほか3名 @新国立小劇場

新日本フィル定演 #606 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉ヘレヴェッヘ初登場

新日本フィル定演 #606〈トリフォニー・シリーズ〉を聴いた(5月31日 14:00/すみだトリフォニーホール)。

メンデルスゾーン(1809-47)

序曲「フィンガルの洞窟」op. 26

 〝いわゆる〟でない、初めて聴くような感触。すべてが〝ほどよく〟響き、各楽器の素材のよさがじわーと伝わってきた。

シューマン(1810-56)

ピアノ協奏曲 イ短調 op. 54

 仲道郁代は激しい。取り憑かれたように一気呵成に弾くヴィルトゥオーソ風。一方、オケはロマン派というより古典的。木管が奏したテーマをピアノが受け継ぐとき、仲道は決してそれをなぞらない。自分の〝気〟を注入するようにたっぷりと弾き込んでいく。一楽章のラストは少し乱れもあったが、まったく頓着せず。続く二楽章は、その熱情が冷めないまま過ぎていく。三楽章は再び……。ヘレヴェッヘは時おり仲道の方を見るが、仲道はひたすら我が道を行く。指揮者とピアニストの指向はまったく異なるようにみえたが、作品としてはひとつに収まった。そんな印象。大変面白い演奏だった。アンコールは予想どおり《子供の情景》から「トロイメライ」。仲道は淡々と弾いた。ヘレヴェッヘはオケの後ろに座って聴いていた。仲道は(たぶん)それに気づかず、再度のカーテンコールで探しに行き、二人で連れ立って、互いに肩を組み話しながら退場。終始、頬が緩んだ。ここで20分休憩。

シューマン

交響曲第2番 ハ長調 op. 61

 一楽章はピリオド奏法のせいか「ミサ・ソレムニス」を想起する部分も(第1ヴァイオリン特にコンマスの崔文洙はほとんどビブラートをかけなかったが、第2ヴァイオリンやチェロは結構かけていた)。二楽章のスケルツォは楽しい踊り。三楽章のアダージョオーボエ(古部)、クラリネット(重松)、フルート(荒川)等によるアリアの競演。四楽章のアレグロは喜びに満ちていた。プログラムにシューマンの言葉の引用がある。「ここで露わになっているのは精神の抵抗である。私は自分の病状に打ち勝とうとしているのだ」。が、作品に彼の病状を読み取ろうとすると肩透かしを食らう。団員らは楽しそうにかつ全身全霊で演奏し、客席にもその喜びが伝わってきた。ここにあるのは病気とは真逆のもの。まさに創り手が「病状に打ち勝」った証しではないか。ヘレヴェッヘは主に左手で指揮し、袖へ捌けるとき右肩を押さえる仕草もみられた。痛めていたのか。

今回、客席の反応はよかった。仲道郁代ヘレヴェッヘのファンが来ていたせいもあるが。マチネの〈ルビー〉では聴衆の反応があまりに低血圧で、来日した指揮者らは二度と来ないのではないかと心配になるほど。ヘレヴェッヘはかなり面白がっていたから、たぶん大丈夫だろう。また新日本フィルとの協演が実現することを期待している。

新国立劇場オペラ《ドン・ジョヴァンニ》2019

ドン・ジョヴァンニ》の初日を観た(5月17日 18:30/新国立劇場オペラハウス)。簡単にメモする。

指揮:カーステン・ヤヌシュケ(フランチェスコ・ランツィロッタは本人の都合でキャンセル)

演出:グリシャ・アサガロフ

美術・衣裳:ルイジ・ペーレゴ

照明:マーティン・ゲプハルト

再演演出:三浦安

舞台監督:斉藤美穂

このプロダクション(2008年12月初演)では、演出のグリシャ・アサガロフ(ドイツ) が舞台をドン・ファンのセビリアからカサノヴァのヴェネツィアに移している。ルイジ・ペーレゴの美術・衣裳がとても美しく、何度見ても気持ちが好い。三回目となる今回も歌手が揃っており、十分に楽しめた。

ドン・ジョヴァンニ:ニコラ・ウリヴィエーリ

騎士長:妻屋秀和

レポレッロ:ジョヴァンニ・フルラネット

ドンナ・アンナ:マリゴーナ・ケルケジ

ドン・オッターヴィオ:フアン・フランシスコ・ガテル

ドンナ・エルヴィーラ:脇園彩

マゼット:久保和範

ツェルリーナ:九嶋香奈枝

合唱指揮:三澤洋史

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

 レポレッロのジョヴァンニ・フルラネット(イタリア)は導入曲の出だしを乗り損ね、途中から歌い始めるアクシデント。ボーッとしていたのか。ノラリクラリは役と合ってはいるが……。タイトルロールのニコラ・ウリヴィエーリ(イタリア)は歌唱・演技とも余裕綽々。色悪ながらノーブルさを失わない(それが〝色悪〟か)。ドンナ・アンナのマリゴーナ・ケルケジ(クロアチア)は(体型も)豊かで柔らかな歌唱。優美さもある。ドン・オッターヴィオのフアン・フランシスコ・ガデル(アルゼンチン)は立ち姿が美しい。第10-a 曲「彼女の安らぎこそ」ではダイナミクスのレンジを目いっぱいとり、弱音は消え入るかのよう。美声をたっぷりと聴かせた(少しやり過ぎか+この劇場は弱音に堪えられない客が少なくない)。ドンナ・エルヴィーラの脇園彩は、期待どおり海外の歌手たちと遜色ない歌唱を聴かせた。日本人歌手にいつも感じる平板さは皆無で、声が立体的に響く。2幕 第21-b 曲「なんてひどいこと」の印象的なアリアの音型は、さらなるクッキリ感がほしい。演技もよいと思うが、少し入れ込みすぎの感あり(気持ちは分かるが)。なにせ親がアトレ会員で高校生の頃から劇場に来ていたと(インタビュー)。この劇場も少しずつ歴史を刻みつつある。マゼットの久保和範はレチタティーヴォではまずOKだが、アリアになると声が引っ込んでしまう。ツェルリーナの九嶋香奈枝は少し音程が不安定な所もあるが、よく役割をこなしている。騎士長の妻屋秀和は、2幕の石像では声にもっと凄味があってもよい。

いつも楽しみな2幕の23曲「私が残酷ですって? 違います」のレチタティーヴォで1階席の左右から足音が。選りに選ってここで? と思いきや、右手のノイズは急病人(?)を外へ連れ出したものかも知れない。舞台上でも聞こえたはずだが、ケルケジは集中してアリアを歌いきった。オペラは高齢者の割合がかなり高い。今後もこうした事態が増えるだろう。

指揮のカーステン・ヤヌシュケ(ドイツ)は若手のようだが、ピリオド奏法を選択し、ティンパニを含めドライな音を引き出した。テンポはきびきび感もなくはないが、アリア等ではたっぷり歌わせるため、少しまったりした。オケ(東フィル)ではアレッサンドロ・ベヴェラリのクラリネットがアリア等の要所でよく効いていた。

ドン・ジョヴァンニが騎士長の石像に地獄へ引き込まれた後、関わった女三人と男三人で「これが悪人の末路」と快活に歌う。が、女たちはジョヴァンニの遺品(男レポレッロはカタログ)をそれぞれ手にして名残惜しそう(特にエルヴィーラ)。悪を糾弾する歌詞とは裏腹に、「罰せられた放蕩者」の魅力が後に残る舞台である。

利賀演劇人コンクール2019 第一次上演審査 後半

「利賀演劇人コンクール2019」第一次上演審査の後半を観た(5月4日 15:30-19:10/こまばアゴラ劇場)。

□第一次上演審査 審査員(50音順・敬称略)

相馬千秋(あいちトリエンナーレ2019 キュレーター)

野村政之(演劇制作者・ドラマトゥルク)

平田オリザ舞台芸術財団演劇人会議理事・青年団主宰・こまばアゴラ劇場芸術総監督・劇作家・演出家)

柳美里(劇作家・小説家)

 後半の課題戯曲は岸田國士(1890-1954)『温室の前』(1927)(一部抜粋/上演時間:最長20分)。全一幕三場で、場面は東京近郊の大里家の応接間。自宅の温室で草花を育て販売する兄の貢とその世話をする妹の牧子。兄妹は人とほとんど交際しない。そこへ牧子の学校時代の友人高尾より江が来訪。さらに貢の学友西原敏夫(課題では出番なし)がフランス留学から五年ぶりに帰国。より江は出戻りの職業婦人。西原は民衆劇の運動を起こすべく奔走する活動家(作者同様フランス帰りの西原がいう「遊動劇」は、十四年後の戦時に「日本移動演劇連盟」が発足し岸田自身が委員長に就任することを思うと意味深長)。活発で社会的な二人の来訪を機に、大里家の応接間はにわかに華やぎ(絵画が新たに掛けられる)、引っ込み思案の兄妹に「希望」が芽生える。妹は西原と、兄はより江と、新しい生活を始める希望が。だが、結局は来訪者同士が結ばれる皮肉な結末に……。課題部分については、プログラムを引用する。

「暗い生活」を送ってきた兄弟に、それぞれの伴侶となってくれるかもしれない「友達」がやってくる第一場の全体である(朴建雄)。

以下、上演順にメモしたい。

神田真直(劇団なかゆび)

大里貢:串尾一輝/大里牧子:佐山和泉/高尾より江:緑川史絵

 貢は花オタクの引きこもり。妹(牧子)とより江(緑川)の対話の間、貢(串尾)は子供のように後ろで丸めた紙を上へ放り上げながら花の名前を次々に叫ぶ。途中から二人に紙つぶてを投げつける貢。したがって二人のセリフはよく聞き取れない。貢はより江の前だと妹の影に隠れ、人が変わったような囁き声に。すべて妹が〝通訳し〟取り次ぐ始末。温室内ではまた子供のようにはしゃいだ様子で花をより江に見せる。思い切ったキャラ造形で面白いが、台本の肝はそこにあるのか。

小野彩加 中澤陽

木村トモアキ/藤瀬典子/永山由里恵

 牧子(藤瀬)が客席側から舞台へ上がり、カミテ奥へ。そのまま舞台の袖でより江(永山)との対話が始まり続いていく。観客には声しか聞こえない。舞台は空。やがてシモテより貢(木村)が現れ舞台のカミテへ。そこで奥にいる二人の対話を聞いている、等々。男の視点から作品世界を描きたいらしい。貢の造形は病的で不気味。女が帰ったあと、男は椅子を2脚舞台に置き、紙切れを見ながら「男の声」のセリフを棒読みする。後ろ向きで。妙なセリフ回し。何がしたいのか?

三浦雨林(隣屋/青年団

秋山建一/坊薗初菜/西村由花

 「まだ大丈夫ですよ」……どうやら後半の演出家たちは、対話が成立せず、みなバラバラで自分の世界に自足しているさまを描きたいらしい。妹(坊薗)の片足を少し浮かせる等の身体表現の巧みさ。兄妹の対話と、より江の発話を同時多発的に進行させる、等々。見ていて少々苦痛。この演出家は引き出し(技術)はいろいろもっているらしい。が、これがチェーホフならぬ岸田の本を読み込んだ結果なのか。

ここで休憩20分

松浦友(演劇ユニットYOU企画)

佐藤岳/和田華子/岩井由紀子

 椅子とテーブル。一場の流れはもっともよく分かるオーソドックスな演出。だが、このままでは物足りない。もっと緻密に仕上げたい。

酒井一途

森一生/小野亮子/新田佑梨

四方型の台上にA4大の紙が敷きつめられている。そのシモテ側の外に椅子が1脚。これは一場では出番のない貢の学友西原敏夫を表すのだろう。……暗い生活(一場)から希望の光が芽生え(二場)、再び光のない生活へと落ち込む(三場)作品全体を表現しえた唯一の舞台。個々の表現の強度が増せば、面白くなるかも知れない。

この日は、正直、もう一度見たいと思う舞台は見いだせなかった。が、最後の演出は抜粋上演にもかかわらず作品全体の趣旨を暗示しえたゆえに、観客賞に入れた。観客賞は酒井一途氏。本選に残ったのは、小野彩加、中澤陽の両氏(二人で演出)が選ばれ、客席から驚きの声が。私もまったく予想せず。

その後、審査員が一人ずつ講評を述べたが、なかには、課題戯曲を読めているのか疑問に思うコメントも。昨年の顔ぶれで審査したらあるいは違った結果になったかも知れない。ただ、今回の趣旨は、「自身の座組を率いてチェーホフ作品を利賀山房で上演する」演出家の選定だった。前回とはその意味で微妙な違いがあるように思われる。いずれにせよ、この場でコンクールが完結する昨年の方式がやはり望ましい。是非、元に戻して欲しい。

前半の上演審査についてはこちら