新国立劇場オペラ 新制作《カルメン》初日 2021/若者目線の演出

新制作の《カルメン》初日を観た(7月3日 土曜 14:00/新国立劇場オペラハウス)。《カルメン》の新制作はこれが三回目。

全3幕〈フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉指揮:大野和士/演出:アレックス・オリエ/美術:アルフォンス・フローレス/衣裳:リュック・カステーイス/照明:マルコ・フィリベック/[出演]カルメン:ステファニー・ドゥストラック/ドン・ホセ:ミグラン・アガザニアン[「本人の都合により」キャンセル]→村上敏明(演技・セリフ)+村上公太(歌)エスカミーリョ:アレクサンドル・ドゥハメル/ミカエラ:砂川涼子/スニガ:妻屋秀和/モラレス:吉川健一/ダンカイロ:町英和/レメンダード:糸賀修平/フラスキータ:森谷真理/メルセデス:金子美香/合唱:新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル/児童合唱:TOKYO FM少年合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

開始が遅れ、大野和士がピットではなく舞台にマイクを持って登場。そのさい少し躓き「これが舞台の魔力でしょうか。歌手でなくてよかった」。話は、ドン・ホセ役のアガザニアンが14日間の隔離期間を調整できず(これを「本人の都合」と表記された本人に同情する)キャンセルしたが、その代役村上敏明は初日の今日まで調子が上がらない。そこで、彼には演技とセリフに専念させ、歌の方は「もう一人の村上(公太)さんが、ここ(シモテの端)で、代わりに歌う」と。要するにホセ役の歌の部分は口パクでやることに。15分遅れでスタート。以下、例によってだらだらとメモする。

舞台には天上まで鉄パイプが構造体のように組まれていて工事現場みたいだが、ライブ会場の見立てらしい。序曲で警察官たちが舞台の手前を横切り、続いてロック歌手やそのファンたちが横切る。コロナ禍で集団を混ぜない工夫か。…警官たちの交代をはやし立てる生徒(子供)たちには、女教師の引率が付く。けっこうリアル。…ハバネラはロック歌手カルメン(ステファニー・ドゥストラック)が奥のかなり高いステージでチェロを伴奏に歌い、それをライブのスタッフが側からビデオで撮っている。その映像がステージの背後に大きく映し出される趣向。下には熱狂的なファンらがカルメンを見上げ聴いている。ハバネラのソロはかなり遅めだが、それ以外はテンポを速める大野。ビデオ映像と相まって、カルメンの存在の大きさや余裕(自由奔放さ)を印象づけた。歌の最後でステージ上のカルメンが花を投げると、下の暗がりにいた警察官のドン・ホセ(村上敏明)がそれを拾う。なるほど。…訪ねてきたミカエラ(砂川涼子)と故郷の母へ思いを馳せるホセとの二重唱は、手前の舞台中央で歌われる。というか、実際に歌うのは、シモテ端の暗がりで譜面台を立てた村上公太…。どこを見たらいいのか戸惑った。二人(三人)のドメスティックな歌の中、奥の高いステージではカルメンが他の女と掴み合いを始める。花を投げた「悪魔」カルメンとミカエラ(望郷・母)の絶妙なコントラスト…。喧嘩の処理を命じられたホセはカルメンを捕まえ、手錠を嵌める。が、歌(セギディーリャ)の魅惑で籠絡され、逃がしてしまう。

ロック歌手やライブのファンらが歌詞の煙草工場の女工たちとどう関わるのか…。意味不明のまま先へ進む。

長閑でとぼけた調子の間奏曲(アンダルシアの俗謡「アルカラの竜騎兵」)に続く第2幕は、カルメンがホセに再会を示唆したリーリャス・パスティアの酒場。…色々あってエスカミーリョ登場。「闘牛士の歌」はいつも難しいなと思う。しっくり聴けたことがない。今回のアレクサンドル・ドゥハメルは恰幅の割に声が届かず残念(フランス人ドゥストラックには同国人歌手の存在で安心できたかも)。ダンカイロ役の町英和は歌唱も好いが、上背のある身体性といかにも麻薬の密売人(本来は密輸人)らしい演技で、カルメンとの遣り取りもいたって自然。レメンダードの糸賀修平も同様。この三人にフラスキータ(森谷真理)とメルセデス(金子美香)を加え、密売計画を話し合う5重唱の早口言葉はキレキレで、アンサンブルが秀逸だった。ところが、恋を理由に参加を断るカルメン。…カルメンを逃がしたため営倉に入っていたホセが間奏曲と同じメロディを歌いながらカミテから(歌うのはホセに合わせカミテ奥に居るはずの村上公太)登場。やがて二人きりになり、カルメンは逃がしてくれたお礼にカスタネットで踊り歌う。途中から帰営ラッパに合わせて歌う例のシーンだが、ドゥストラックはカスタネットさばきがメチャクチャ巧い! 点呼に帰ろうとするホセに腹を立てるカルメン。マッテマシタの「花の歌」は、カルメンがシモテへ行き、カミテ奥からシモテへ移動したらしい村上公太がさらに端へ寄って歌う。中央にいるホセが(本来は)歌うのを、シモテのカルメンは聴いているわけだが、実際に歌っているのはそのすぐ脇にいる代役だ。この場のドラマを味わうには、歌っている中央のホセを見るカルメンに注視すべきだろう。が、どうしても、実際に声を発しているシモテ袖の代役とそのすぐ横で中央のホセを見ている(と同時に右隣の歌を聴いているに違いない)カルメンとを見比べながら聴いてしまう(何度も感じたこの〝ちぐはぐさ〟は声と身体についていろいろ考えさせる)。「おまえの投げた この花を」で、ホセは干涸らびた花をポケットから出すのかと思いきや、シャツのボタンを外し、なんと胸に彫った花のタトゥーをカルメンに見せた。薄暗いのでよく見えなかったが、たぶんそう。面白い。公太の歌唱は必ずしも十全とはいえないが、ホセの〝性根〟を感じることはできた(少なくともこれ見よがしでない点は好い。さもないと役から外れてしまう)。カルメンへの愛憎に引き裂かれつつ、結局はその魅惑に抗しえなかった男の愛の告白だから。

だが、カルメンは、本当に私を好きならどこまでも自分についてくるはずだと、先の計画にホセを引きずり込もうとする。このあと上司のスニガ(妻屋秀和)がカルメン目当てに再来店し、ホセと争いになる。カルメンの仲間たちも交えてスッタモンダの末、スニガは追い出され、ホセはカルメンらのワルと同行することに。彼らのいう「自由」の世界へ。

休憩後の第3幕第1場。ハープとフルートが奏する牧歌的な間奏曲が終わると、ツアー用と思しきドレッサーの前にカルメンが煙草を吸いながら座っている。上方にはここで初めて青空が見える。野営地のアジトなのか。…カルメンが〝死の運命〟を知る「カルタの三重唱」、再度訪ねてきたミカエラのアリア、共にカルメンを愛するホセとエスカミーリョがナイフで決闘する二重唱…。ホセはミカエラから故郷の母が死ぬ前に会いたがっていると聞き、二人で去る。

第2場。本来は闘牛場の前の広場だが、今回は舞台手前にレッドカーペットが敷かれている。そのシモテから映画スター(?)や車椅子の映画監督(プロデューサー?)らが現れ、センターでポーズを取る。映画祭なのか。奥の鉄骨が上がり、ファンが出てきてカミテから登場するスターたちを待つ。歓声があがり、スマホで写真を撮る…。最後に正装した闘牛士エスカミーリョがカルメンと腕を組んで現れる。闘牛士は、いまでいえば映画スターや監督と同じだ、と言いたいのだろう。

…ラストシーン。ホセがカルメンを三回刺したと分かるのは「ウッ、ウッ、ウッ」とカルメンの声が聞こえたから。ドゥストラックは殺され方が大変うまい。自由に生き、自由に死ぬカルメン。これも愛の行為なのか(状況はまったく異なるがオールビーの一幕物『動物園物語』の結末を思い出す)。ホセは「おれを逮捕してくれ……おれが殺したんだ!」本来はここで闘牛場の群衆が出てくるが、最後まで二人きり。「O ma Carmen! ma Carmen adorée! ああ、おれのカルメン! おれの大好きなカルメン! 」ホセ村上敏明は追いつめられた動物のような眼で客席の方を見る。すると、上から鉄パイプの構造体が降りてくる。殺人者を閉じ込める檻のように。グッときた。本作を締め括る音楽にはいつも心を動かされる。闘牛場で興奮するファンらの合唱。「心臓の真ん中を一突きされて、/牛は倒れる! みごと勝利の/闘牛士に栄光あれ!」(安藤元雄訳)オケの奏でるテーマが歪むのは、生を賭した当事者(闘牛士と牡牛=カルメンとホセ)への〝聞こえ〟を音楽化したからだろう。いま気づいたが、そうか、カルメンの方がトレアドールで、ホセは牡牛なのか。これまでは逆に考えていたが、そうではなく、牛がトレアドールを突き殺したのだ(プログラムを読み直したら演出家自身そう言ってた)。村上が動物に見えたのはそのためだ。村上公太の歌には、ドン・ホセのハラがあった。それがすべて声になってはいなかったとしても。ベルカント村上敏明のホセも聞きたかった。ホセの身体から発する歌声を。

セリフは吐くが歌は口パクのホセ役と共演したドゥストラックは、さぞやりにくかったろう。が、そんなことは微塵も感じさせず、見事に演じ、歌いきった。深い暗めの声で強度が高く、なんというか歌と演技が切り離せないようなあり方だった。オペラなら当然そうあるべきだが実際は稀少。役柄とは矛盾するようだが人の好さも感じた。彼女はフランシス・プーランク(1899-1963)の甥か姪の娘らしい。砂川涼子はこの劇場では三回目のミカエラ役だが、今回はさほど嵌まっていない印象。《ホフマン物語》アントニアや《魔笛》パミーナの素晴らしい歌声はいまでも覚えているだけに…。スニガの妻屋秀和は声量と上背で存在感を示した。フラスキータを歌った森谷真理には、もっと重要な役を付けてほしい。BCJポッペアの戴冠》(2017)や上岡敏之=新日フィルのマーラー《復活》などで彼女の質の高さは分かっている。昨年4月の《ジュリオ・チェーザレ》が中止になったのは本当に残念だった。

大野和士はアクシデントの只中でよく集中してオケを鼓舞しコントロールしたと思う。頼もしい芸術監督だ。

歌が代役となった舞台は、北とぴあ国際音楽祭の《フィガロの結婚》(2013)で遭遇した。ケルビーノ役の波多野睦美が体調不良のため、マルチェリーナ役の穴澤ゆう子が、マルチェリーナをやりながらケルビーノの歌(アリアとレチタティーヴォ)だけ代役した。ただ、あれはセミステージ形式で、なによりケルビーノはさほど出番が多くないから出来たとも言える。今回は主役級のドン・ホセだから、事情がだいぶ異なる。《フィガロ》の代役は開演10分前に決めたというが、今回も似たような状況だったろう。こうしたアクシデントはもちろんない方がいいのだが、同時に、舞台芸術の面白さやかけがえの無さが垣間見えたともいえる。

演出のアレックス・オリエは、カルメンをロック歌手に見立て、舞台を現代の日本でも違和感のないライブのコンサート会場に設定した。とても興味深いアイデアだが、メイヤック+アルヴィのリブレットと矛盾する部分も散見された(もちろんメリメの原作小説とも)。おそらく細かな辻褄合わせより、若者の共感しやすさを最優先させた結果だろう。日本でもオペラやクラシック・コンサートの客席は高齢化が激しく進んでいる。これは一朝一夕に解決できる問題ではない。だが、今回のように若い世代にも理解でき、共感を呼ぶような演出が増えれば、オペラの持続可能性はたとえ僅かでも高まるかもしれない。その意味で、次代を見据えた今回のチャレンジは高く評価したい。

コーラスの動きや隊列などは、ソーシャル・ディスタンス確保の制約から多少ぎこちなさが見られた(2019年の《トゥーランドット》は見事だった)。が、正直、2007年から続いた前のプロダクションでは、そうした制限がないにもかかわらず人の動かし方は眼を覆いたいほど稚拙だった(特に第1幕)。

現代日本に設定された演出では、服装もいま風だから、親しみはあるとしても、日本の歌手や助演らの身体性(の貧しさ)が露わになった。もちろんそれを〝リアル〟と見る向きもあるだろう。だが、いやしくも舞台に立つからには、舞台人として、立ち姿や歩き方は「見(魅)せる」レベルにクオリティを上げることはできるはず(レッドカーペットでのスターの歩き方等々)。舞台に立つ際の基礎は、教育機関で早い時期から徹底的に学ぶ必要がある。もちろん歌手の演技も!

新日本フィル定演 #40 鈴木雅明の《エロイカ》

新日本フィル定演 #40 ルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉の初日を聴いた(7月9日 金曜 14:00)。鈴木雅明の《エロイカ》は素晴らしかった。近年はバッハ以外の演奏にも力を入れる鈴木氏だが、ベートーヴェンでは《ミサ・ソレムニス》、《シンフォニー第9番》、《ミサ曲ハ長調》、《第5番》をBCJで演奏し、今回は新日本フィルを相手に《第4番》と《第3番》を振った。いずれも意欲的な演奏だった。

今日の客席はけっこう埋まっていた。コロナ禍の中止を経て再開後のトパーズ(トリフォニーシリーズ)定演では、団員が登場すると拍手が起き(BCJではコロナ以前からそうだったが)、団員たちは正面を向いて立ったままコンマスの登場を待つのが慣例になった(当初団員のスタンディングはなかった)。ただしアフタヌーン・シリーズでは拍手は起きなかったと記憶するが(経験の範囲では)、今日は拍手が出た。椅子に座ろうとしていた団員は「えっ?」という感じで少し慌てて(そう見えた)立ち上がり、畏まって客席の方を向いた。観客は、この状況で生の演奏が聴けるのはやはり「有り難い」と思っているのだろう。

交響曲第4番 変ロ長調 op. 60(1806)

Ⅰ.Adagio – Allegro vivace

Ⅱ.Adagio

Ⅲ.Scherzo-trio: Allegro vivace

Ⅳ.Allegro ma non troppo

ためらうような、不安げな序章。その後の全奏は本格的な響き。やはり生演奏はいい。第1楽章の後半、トランペットの入りがちょっと気になった。ティンパニの音程も。首席不在のオーボエは月替わり(?)のゲストだが、少し音色の線が細い印象。フィナーレの後半は木管など大変だけど面白い。(本作にフルートが1本しか編成されないのは、大崎滋生(しげみ)によれば、委嘱者オッパースドルフ伯の宮廷小楽団が18世紀の名残を留めるフルート1本編成が理由と推測している。)ここで20分休憩。

交響曲第3番 変ホ長調 op. 55「英雄」"シンフォニアエロイカ"(1804)

Ⅰ.Allegro con brio

Ⅱ.Marcia funebre: Adagio assai

Ⅲ.Scherzo: Allegro vivace

Ⅳ.Finale: Allegro molto 

第1楽章。いいですね。速いけど速すぎない。ヴィブラートを減じた弦の響きは透明で美しい。鈴木氏の〝気〟がオケに伝わり、熱量は高いが軽快に進んでいく。…長大な楽章を締め括るコーダで、トランペットがテーマを高らかに鳴らすことはなく(聞き慣れたあの咆哮はハンス・フォン・ビューローの改変らしい)もちろん鈴木氏は楽譜通り。頂点はまだ先にある。

第2楽章の葬送行進曲では、第1ヴァイオリンが震えるように主題を奏し、そこにチェロと弦バスが重しを添える。客席は耳を澄ませて聴き入っている。音が休符で途切れると、指揮者の呼吸音が。溜息のようでもある。葬送のテーマは、オーボエに受け継がれ反復されるが、やがて悲嘆は次第に明るさへと転調し…。ティンパニーの乾いた強打音がよく効いていた。

第3楽章のスケルツォでは、ホルンの三重奏が野獣のようにバリバリ歌う。ヴァルブを吹いていたはずだが、ナチュラルのような感触もあり、思わず頬が緩んだ。シンフォニーでホルンを三本使ったのは《エロイカ》が初めてらしい(4番では2本に戻っている)。

間を入れずアタッカで第4楽章へ突入。嵐のような全奏の導入後、テーマとヴァリエーションが始まる。鈴木氏はこのテーマをかなりゆっくりめのテンポで奏し、テーマの終わりは必ずリタルダンドする。これがとても効果的。第2楽章もそうだが、バッハが常食(ご飯)の鈴木氏は、変奏やフーガの快楽を知り尽くしている。10回の変奏を経て、次第に弱まり、再び冒頭の全奏に。今度はホルンが主導し、ティンパニが激しく打音したのち、さほど誇示せず終曲。グッとくる演奏だった。

鈴木氏は一通りのカーテンコールを終えると、いつも(BCJ定期)のようにマイクを持って再登場。一瞬、これ新日フィルの定期だよな、と思わず笑った。ユーモアを交えた話は、来場者へのお礼、新日本フィルベートーヴェン交響曲全曲プロジェクトの最終回を担当できた光栄(そういえば弟の鈴木秀美が指揮した5番も素晴らしかった)、昨年はベートーヴェン生誕250年で多く演奏されるはずがコロナ禍で中止になったこと(鈴木雅明N響BCJコーラスでの《ミサ・ソレムニス》は聴きたかった)、それで思い出にアンコールを演奏したいと。予想通り、バレエ音楽《プロメテウスの創造物》(1800-01)の終曲だった。《エロイカ》のフィナーレで使われた素材だ。だが、聴いてみると、感触がまったく違う。編成が違うとしても、ずっと若々しくて軽やかだ。途中でホルンが出を間違えたのは、ご愛敬か(昨年末BCJが第9をやったとき4番の難しいソロをナチュラルホルンで見事に吹ききったプレイヤー)。とても充実したコンサートだった。

 

7月のフィールドワーク予定 2021

 なかなかブログに時間が取れない。感想を書きたい舞台は『切られの仙太』『ライモンダ』『未練の幽霊と怪物』等々、と沢山ある。が、感想どころか、7月の予定もすでに一週間遅れてしまった。新制作の《カルメン》初日はアクシデント(下記)もあったが、タイトルロールのステファニー・ドゥストラックが歌・演技・踊り(カスタネット!)のどれをとっても素晴らしかった。また、オペラファンの高齢化が進むなか、若者の関心を引くオリエの演出が舞台に生気を与え、大野の熱い棒と相まって、終わってみればこころを動かされる上演だった。これから米沢唯が出演する『ROCK BALLET with QUEEN』を見に行く。

3日(土)14:00 新国立劇場オペラ《カルメン》全3幕〈新制作〉〈フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉指揮:大野和士/演出:アレックス・オリエ/美術:アルフォンス・フローレス/衣裳:リュック・カステーイス/照明:マルコ・フィリベック/[出演]カルメン:ステファニー・ドゥストラック/ドン・ホセ:ミグラン・アガザニア[14日間の隔離期間に都合がつかずキャンセル]→村上敏明[初日当日まで調子が上がらず演技とセリフに専念]歌は村上公太が担当エスカミーリョ:アレクサンドル・ドゥハメル/ミカエラ:砂川涼子/スニガ:妻屋秀和/モラレス:吉川健一/ダンカイロ:町 英和/レメンダード:糸賀修平/フラスキータ:森谷真理/メルセデス:金子美香/合唱:新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル/児童合唱:TOKYO FM少年合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団新国立劇場オペラハウス

8日(木)19:00 新作ロック・バレエ『ROCK BALLET with QUEEN』演出・振付:福田圭吾新国立劇場バレエ団ファースト・ソリスト)[キャスト](※五十音順)秋元康臣(東京バレエ団プリンシパル)池本祥真(東京バレエ団ファースト・ソリスト)井澤 駿(新国立劇場バレエ団プリンシパル)菊地 研(牧阿佐美バレヱ団プリンシパル)長瀬直義(元東京バレエ団ソリスト米沢 唯新国立劇場バレエ団プリンシパル)@新宿文化センター大ホール

9日(金)14:00 新日本フィル #40 定演 ルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉ベートーヴェン交響曲第4番 変ロ長調 op. 60/交響曲第3番 変ホ長調op. 55 「英雄」指揮:鈴木雅明すみだトリフォニーホール

15日(木)19:00 新国立劇場演劇〈フルオーディション〉『反応工程』作:宮本 研/演出:千葉哲也/美術:伊藤雅子/照明:中川隆一/音響:藤平美保子/衣裳:中村洋一/ヘアメイク:高村マドカ/アクション:渥美 博/方言指導:下川江那/演出助手:渡邊千穂/舞台監督:齋藤英明 清水浩志/[キャスト]天野はな 有福正志 神農直隆 河原翔太 久保田響介 清水 優 神保良介 高橋ひろし 田尻咲良 内藤栄一 奈良原大泰 平尾 仁 八頭司悠友 若杉宏二 @新国立小劇場

24日(土)12:30 新国立劇場バレエ団 こどものためのバレエ劇場 2021『竜宮りゅうぐう~亀の姫と季(とき)の庭~』演出・振付:森山開次/音楽:松本淳一/美術・衣裳デザイン:森山開次/映像:ムーチョ村松/照明:櫛田晃代/音響:仲田竜太/[主演]プリンセス 亀の姫:米沢 唯/浦島太郎:井澤 駿新国立劇場オペラハウス

27日(木)12:30 新国立劇場バレエ団『竜宮りゅうぐう~亀の姫と季(とき)の庭~』/[主演]プリンセス 亀の姫:柴山紗帆/浦島太郎:速水渉悟新国立劇場オペラハウス

30日(金)19:15 新日本フィル #636 定演 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉ヴェルディ:《レクイエム》指揮:ダニエル・オーレン/ソプラノ:小林厚子、メゾ・ソプラノ:清水華澄、テノール:宮里直樹、バス:須藤慎吾/合唱:栗友会合唱団、合唱指揮:栗山文昭新型コロナウイルス感染拡大に伴う入国規制のため、出演者・プログラムを以下の通り変更]→ヴェルディ:歌劇『シチリア島の夕べの祈りバレエ音楽「四季」より「夏」/歌劇『ドン・カルロ』より「われらの魂に友情と希望を」、「むごい運命」、「おおカルロよ、お聞きください」/ソプラノと弦楽のためのアヴェ・マリア/レクイエムより奉献唱/アイーダシンフォニア/歌劇『アイーダ』より「静かに!アイーダが来たわ」/歌劇『ルイザ・ミラー』より「ああ!自分の目を信じずにいることができたら!…穏やかな夜には」/歌劇『イル・トロヴァトーレ』より「炎は燃えて」、「君の微笑み」/歌劇『運命の力』より序曲、「平和を、神よ平和をあたえたまえ」/歌劇『リゴレット』より「女は気まぐれ」、「美しい愛らしい娘よ」指揮:三ツ橋敬子/ソプラノ:小林厚子、メゾ・ソプラノ:清水華澄、テノール:宮里直樹、バス:須藤慎吾(独唱歌手は変更なし)すみだトリフォニーホール

 

6月のフィールドワーク予定 2021

3回目の緊急事態宣言は今月20日まで延長された。この状況で東京五輪開催へと闇雲に突っ走る政府や都に言いたいことは色々あるが、ここではやめておく。舞台公演は上限50%の条件で上演可能となった。バレエ『ライモンダ』は全4キャストのうち柴山・渡邊組は金曜14時開演のため、断念(平日の14時では学生も行けないだろう)。井上ひさしが新派に書き下ろした『ある八重子物語』(1991)が12月の芸劇に続き、場所を本来の紀伊國屋サザンシアターに移して再演される。予想外に(?)面白く気持ちの好い舞台だったから、再見することにした。先月は『父と暮らせば』、今月は『キネマの天地』も。さほど好きな作家ではないのだが、たまたま井上づいている。新日本フィルの定演は予想通り指揮者が来日できず下記の通り代役となった。この指揮者は聞く気がしないがキャンセルは出来ないというので、楽団に寄附した。

新日本フィルの定期会員(トパーズ=トリフォニーシリーズの金曜ソワレ)になって15年だが、この曜日のシリーズは今期で終了となる(経営状態がよほど厳しいのだろう)。他のシリーズに変更する〝特別価格〟の案内が届いたけれど、指揮者の顔ぶれや曜日時間を見ると、ちょっと無理。金曜の夜に錦糸町へ通うのもあと2回となった。

5日(土)14:00 新国立劇場バレエ団『ライモンダ』振付:マリウス・プティパ/改訂振付・演出:牧 阿佐美/音楽:アレクサンドル・グラズノフ/美術・衣裳:ルイザ・スピナテッリ/照明:沢田祐二/[主要キャスト]ライモンダ:米沢 唯/ジャン・ド・ブリエンヌ:福岡雄大/アブデラクマン:中家正博 @新国立劇場オペラハウス

6日(日)14:00 新国立劇場バレエ団『ライモンダ』ライモンダ:小野絢子/ジャン・ド・ブリエンヌ:奥村康祐/アブデラクマン:中家正博 @新国立劇場オペラハウス

7日(月)19:00 『未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―』作・演出:岡田利規音楽監督・演奏 内橋和久/[出演]森山未來片桐はいり栗原類石橋静河、太田信吾/七尾旅人(謡手)/演奏 内橋和久、筒井響子、吉本裕美子/舞台美術:中山英之/宣伝美術:松本弦人/企画製作・主催(横浜公演):KAAT神奈川芸術劇場 @KAAT 神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉

10日(木)19:00[宣言延長・開催制限を踏まえて]→18:00 新国立劇場演劇『キネマの天地』作:井上ひさし/演出:小川絵梨子/美術:池宮城直美/照明:榊 美香/音響:加藤 温/衣裳:前田文子/ヘアメイク:高村マドカ/ステージマネージャー:渡邊千穂/テクニカルディレクター/小西弘人/演出:小川絵梨子/[キャスト]高橋惠子 鈴木 杏 趣里 那須佐代子 佐藤 誓 章平 千葉哲也 @新国立小劇場

12日(土)14:00 新国立劇場バレエ団『ライモンダ』ライモンダ:木村優里/ジャン・ド・ブリエンヌ:井澤 駿/アブデラクマン:速水渉悟 @新国立劇場オペラハウス

13日(日)14:00 新国立劇場バレエ団『ライモンダ』ライモンダ:米沢 唯/ジャン・ド・ブリエンヌ:福岡雄大/アブデラクマン:中家正博 @新国立劇場オペラハウス

17日(木)18:30 劇団民藝こまつ座公演『ある八重子物語』作:井上ひさし/装置:勝野英雄/照明:前田照夫/衣裳:宮本宣子/音楽:八幡 茂/効果:岩田直行/所作指導:西川瑞扇/舞台監督:深川絵美/[キャスト]古橋健一郎:篠田三郎(青山事務所)/倉田大吉:横島 亘/佐久間たつ子:藤巻るも/田中お清:中地美佐子/高瀬力太郎千葉茂則/竹内一夫:塩田泰久/池田徳蔵:吉岡扶敏/二代目小森新三:みやざこ夏穂/笹原巡査:吉田正朗/お浜:日色ともゑ神谷光子:印南 唯/月乃(高瀬さわ子):吉田陽子/ゆきゑ(竹内京子):桜井明美/花代(小山花):有森也実(客演)/節子:加塩まり亜/順子:佐々木郁美/正子:清水川千紘/着付けのおじさん:平野 尚 横山陽介 愼 将吾 @紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

25日(金)19:15 新日本フィル #634 定演トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉グリーグペール・ギュント組曲(第 1 番、第2番より抜粋)/グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op. 16*/ニールセン:交響曲第4番 op. 29, FS 76 「不滅」/指揮:エイヴィン・グルベルグ・イェンセン、ピアノ:高木竜馬新型コロナウイルス感染拡大に伴う入国規制のため右の通り変更]→グリーグ組曲「ホルベアの時代より」 op. 40/グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op. 16*(変更なし)/シベリウス交響曲第1番 ホ短調 op. 39指揮:尾高忠明、ピアノ:高木竜馬(変更なし)@すみだトリフォニーホール→変更後の指揮者は苦手のため楽団に寄附

 

新国立劇場バレエ団『コッペリア』2017 全3キャスト

いまプティ版『コッペリア』の無観客ライブ配信をやっている。新国立劇場初演は2007年(ルシア・ラカッラ&シリル・ピエール x3/本島美和&レオニード・サラファーノフ x2/寺島ひろみ&山本隆之 x1 +ルイジ・ボニーノ 全日/ガーフォース=東フィル 全6公演)。2009年に再演(タマラ・ロホ&ホセ・カレーニョ x2/本島美和&カレーニョ x1, 江本拓 x2/寺島ひろみ&山本隆之 x1/小野絢子&八幡顕光 x1+ルイジ・ボニーノ x5, ゲンナーディ・イリイン x2/ガーフォース=東フィル 全7公演)、2017年が3回目の再演(全4公演)だった。この演目は一度もブログに書いていないが、17年の短い手書きメモが見つかったので転記した。

コッペリア』を全キャストで観た(2017年2月24日 金曜 19:00, 25日 土曜 13:00, 18:00/新国立劇場オペラハウス)。 

この演目は久し振り[上記の通り8年振り]。三回目のはずだが初めて見るような感触。たしかにドリーブの音楽はいい。艶っぽく、親しみやすく、牧歌的。セットはシンプル。

初日[小野絢子&福岡雄大+ボニーノ]。スワニルダの小野はコケティッシュでコミカルな役柄にはまっている。テレビカメラが入っているので緊張しているだろう[約1ヶ月後にNHK BS プレミアムシアターで放映]。フランツの福岡は緊張した様子を少しも見せず堂々と踊る。大したもの。もっと軽みや洒脱さがほしいけど、それは贅沢か。スワニルダの友人たちはみな好いが、特に寺田亜沙子は先週のバランシン[「ヴァレンタイン・バレエ」の『テーマとヴァリエーション』]同様、迷いがなくノッている。木村優里も感じを出している。コッペリウスを踊るボニーノの細かなニュアンスはさすがという他ない。衛兵の福田圭吾はとてもよい。キレの好さ、といってもやりすぎない。ポール・マーフィー指揮の東響はまずまずか。弦楽器はさらに繊細さがほしいが、ニキティンのソロはよかった。リーフレットはあまりに貧弱[いまなお販売プログラムは復活してない]。

第2幕。コッペリウスの家の中。第1幕がカミテに平行移動したかたち。鍵を拾ったスワニルダと友人たちはその中へ侵入。怖がりながらも好奇心からあちこち覗く娘たち。コミカルでカワイイ踊り。同時に人形的なのが意味深。そこへコッペリウスが帰宅する。コッペリウスとコッペリア(自動人形)の踊りは面白い。やがてスワニルダが人形と入れ替わりパ・ド・ドゥを踊る。オーボエ、トランペット。コッペリウスの喜び。孤独な老人の望外の、奇跡的ともいえる喜び。グッときた。小野も無心で応じる。スワニルダと人形が別人だと分かり、裸の人形を抱いて崩れる。ボニーノの粋な演技と踊りが舞台に生気を与えた。

広場。若い男女がペアで踊る。男の〝コマネチ〟まがいの動きは可笑しい[これを最初にやるのは第1幕のチャールダッシュの最後]。スワニルダとフランツも。ここでテーマの入りにヴァイオリン群が入れなかった。ひどい。指揮のせいか。二人の素晴らしい踊り。ラストに近づくと、群舞のなかにコッペリウスが人形を抱いて入ってくる。やがて人形がばらばらに。すごい作品。何度もカーテンコールが繰り返された。ボニーノの存在が大きい。

25日マチネ[米沢唯&井澤駿+菅野英男]。11列右寄り。米沢のスワニルダはプティのニュアンスはやや薄めだが、綺麗な踊り。対他的なやりとりが増すにつれ、コミカルな味が出てきた。井澤フランツは素晴らしい。これまで課題だった〝意志〟が出てきた。踊りは大きいし、綺麗で華もある。主役の演技。ヴァリエーションは素晴らしかった。菅野のコッペリウスはボニーノを見た後だと細かなニュアンスに物足りなさもあるが、それなりに踊り演技してはいる。友人では原田舞子が目に付いた。衛兵の福田圭吾は一つ抜きん出ている。井澤[衛兵]は福田と比べれば・・・[判読不能]下がるとしても出来栄えでは文句なし。

プティ独特の腰を振る、一方の肩を回す、頭をぷるぷる揺する、投げキスする、大きく開けた口を掌で押さえる、足を床に滑らせる等々。チャルダーシュ、ラッスーは男たち、フリスカで女たちが加わる。

第2幕。娘たちが怖がりながら踊る。コケットリーが出る踊り。人形振りとコケットリー。戻ってきたコッペリウス。コッペリア(人形)とパーティ。シャンパン。踊り。菅野はボニーノよりノーブル。・・・[判読不能]夢中で踊るときと、あーあ、所詮は人形だ、つまらない、のメリハリがよい。おかしみ、ペーソス。

フランツ登場。菅野と井澤のからみ、よい。なにが? 血の通った対話が成立した。菅野の力(二人は同門なのか)。コッペリアになりすました米沢スワニルダと菅野コッペリウスのやりとり。人形振りは半端ではない。井澤フランツの魂が吹き込まれて行くにつれ、コッペリアに扮したスワニルダ(米沢)は人間らしくなっていく。が、実は振りをしているだけの素の部分との演じ分けが素晴らしい。二人のパ・ド・ドゥ。涙が出た。(なぜ? 生きているから?)。コッペリアに扮したスワニルダのヴァリエーションは圧巻。米沢唯のよさが十二分に出た。

広場で。二人の踊り。フランツの踊り。カッコイイ。大きさ。出来栄えのよさ。裸の人形を抱いてコッペリウス登場。ボニーノのようなペーソスは出なかったが、考えさせられた。

オケは今日の方がよい。だが、全体的に透明感や叙情的な味が薄い。

25日ソワレ[池田理沙子&奥村康祐+菅野英男]。奥村フランツはよく動く。癖のある回転は残念。池田スワニルダは何でも・・・[判読不能]こなせるが、生のハラハラ感(どうなるのか)や面白みがもっと出ると好い。菅野コッペリウスは鍵を落とすシーンでハンカチからなかなか落ちず、振るい落とした! 疲れが出てきた(見る方の話[←ひどいな])。

5月のフィールドワーク予定 2021【追記】

3回目の緊急事態宣言(4月25日〜5月11日)により、またもや公演の中止が相次いだ。政権(政府)はこの一年間なにをしていたのか。政権が無能だと国民は不幸だが、それを許容したのは国民自身だからやむをえない(年内には衆議院選挙が控えている)。

中止になった新国立劇場バレエ団の『コッペリア』は1月の「ニューイヤーバレエ」同様、無観客の無料ライブ配信を決定した。今回は全4キャストを配信するという。「…無観客になってしまったことはとても残念ですが、 このような形で全国の皆さまにお届け出来ることを嬉しく思います。…今回デビューのダンサーたちもおりますし、同じ作品、振付でもキャストが変わるとこんなにも違うのだということを楽しんで頂けると思いますので、どうぞご期待ください」と、危機を好機に変える吉田都芸術監督は頼もしい。

BCJの定演は昨春の《マタイ受難曲》同様 8月に延期となった。変異株の影響から今のところ感染が収まる兆しはまったくない。11日で宣言が解除できなければ公演中止はさらに拡大するだろう。

こんな状況でも東京五輪の中止を決断できない政権(都知事)の人命軽視には、言葉もない。かつて岸田國士は危機(戦争)に対応しうる文化の「側衛的任務」を説いた。「結局いざといふ場合に、国民の本当の力を出し切ることのできない最大原因」人間性の無視といふものが瀰漫(びまん)してゐる」点にあるとし、「人間といふものはいつたいどんなものかといふことについて」「共通な認識を早くもたなければいかん」と訴えたのだ(「文芸雑記」1940)。あれから81年。戦時の岸田が憂えた文化の苦境は、残念ながら、ほとんど改善していない。むしろ悪化しているとさえいえる(近年の人文科学軽視や学術会議任命拒否問題等々)。この国はヒューマニティーズ(人間とは何か)に関わる教育が致命的なまでに欠けている。政権を担う人たちから〝文化/教養〟がほとんど感じられないのは、その証左だろう。人間性を学ぶには文学や哲学はもちろん、音楽を含む舞台芸術も「最良の学校」(バレンボイム)となる。ドイツのメルケル首相のように、クラシックコンサートを普通に楽しむ政治家はいないのか。オペラやバレエや演劇を愛好する政治家はどこにいるのか。

1日(土)14:00 新国立劇場バレエ団『コッペリア』振付:ローラン・プティ/音楽:レオ・ドリーブ/芸術アドヴァイザー&ステージング:ルイジ・ボニーノ・美術・衣裳:エツィオ・フリジェーリオ/照明:ジャン=ミッシェル・デジレ/指揮:冨田実里/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団小野絢子/フランツ:渡邊峻郁/コッペリウス:山本隆之 @新国立劇場オペラハウス→「緊急事態宣言発出に伴う政府等の要請を受け」公演中止→8日(土)14:00に無観客無料ライブ配信

2日(日)14:00 新国立劇場バレエ団『コッペリア』/スワニルダ:米沢 唯/フランツ:井澤 駿/コッペリウス:中島駿野新国立劇場オペラハウス→同日同時間に無観客無料ライブ配信

4日(火・祝)14:00 新国立劇場バレエ団『コッペリア』スワニルダ:木村優里/フランツ:福岡雄大/コッペリウス:山本隆之新国立劇場オペラハウス→同日同時間に無観客無料ライブ配信

5日(水・祝)14:00 新国立劇場バレエ団『コッペリア』スワニルダ:池田理沙子/フランツ:奥村康祐/コッペリウス:中島駿野 @新国立劇場オペラハウ→同日同時間に無観客無料ライブ配信

7日(金)19:00 BCJ #143 定演「バッハ結婚300周年〜ケーテンの愛」J.S.バッハブランデンブルク協奏曲第5番 BWV1050》《アンナ・マグダレーナの音楽帖より歌曲》《カンタータ「主なる神、万物の支配者よ」BWV120a》指揮:鈴木雅明/Sop:松井亜希&澤江衣里/Alt:青木洋也/Ten:櫻田 亮/Bas:渡辺祐介フラウト・トラヴェルソ:鶴田洋子/Vn:寺神戸 亮/Cho&Orch:バッハ・コレギウム・ジャパン @東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル→8月に延期(日時は未定)

9日(日)13:00 新国立劇場演劇『東京ゴッドファーザー』原作:今 敏/上演台本:土屋理敬/演出:藤田俊太郎/美術:乘峯雅寛/照明:日下靖順/音響:けんのき敦/衣裳:前田文子/ヘアメイク:川端富生/映像:横山 翼/振付:新海絵理子/演出助手:平井由紀/舞台監督:倉科史典/出演:松岡昌宏 マキタスポーツ 夏子 春海四方 大石継太 新川將人 池田有希子 杉村誠子 周本絵梨香 阿岐之将一 玲央バルトナー @新国立小劇場→「緊急事態宣言発出に伴う政府等の要請を受け」公演中止(払い戻して26日に取り直した)

15日(土)18:00 新日本フィル #39 定演 ルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉J.S.バッハ《ミサ曲 ロ短調 BWV 232》指揮:上岡敏之/ソプラノ:天羽明惠/ソプラノ:加納悦子/カウンターテナー:藤木大地/テノール:櫻田 亮/バス:加耒徹/合唱:IPCM連合合唱団(八千代少年少女合唱団 他)&ハルモニア・アンサンブル(男声)/合唱指揮:加藤洋朗上岡敏之の来日困難のため演目を J.S.バッハブランデンブルク協奏曲 全曲》に変更/指揮(ヴァイオリン)は崔 文洙に/追記スペシャルゲスト]トランペット:高橋 敦(都響首席) @すみだトリフォニーホール

18日(火)14:00 都響 #927 定演/サティ《バレエ音楽「パラード」》/サン=サーンス《ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 op.61》サン=サーンス交響曲第3番 ハ短調 op.78「オルガン付」》指揮:井上道義/ヴァイオリン:辻󠄀 彩奈/オルガン:石丸由佳 @東京芸術劇場コンサートホール

20日(木)18:30 新国立劇場オペラ《ドン・カルロ指 揮:パオロ・カリニャーニ/演出・美術:マルコ・アルトゥーロ・マレッリ/衣 裳:ダグマー・ニーファイント=マレッリ/照 明:八木麻紀/フィリッポ二世:ミケーレ・ペルトゥージ[健康上の理由により降板]→妻屋秀和/ドン・カルロルチアーノ・ガンチ[本人の都合でキャンセル]→ジュゼッペ・ジパリ/ロドリーゴ:髙田智宏/エリザベッタ:マリーナ・コスタ=ジャクソン[本人が降板を申し出たため]→小林厚子/エボリ公女:アンナ・マリア・キウリ/宗教裁判長:マルコ・スポッティ/修道士:大塚博章/テバルド:松浦麗/レルマ伯爵&王室の布告者:城 宏憲/天よりの声:光岡暁恵/合 唱:新国立劇場合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団 @新国立劇場オペラハウス

22日(土)17:30 こまつ座 第136回公演『父と暮らせば』作:井上ひさし/演出:鵜山仁/出演:山崎一 伊勢佳世 @紀伊國屋サザンシアター

26日(水)19:00 新国立劇場演劇『東京ゴッドファーザー原作:今 敏/上演台本:土屋理敬/演出:藤田俊太郎/美術:乘峯雅寛/照明:日下靖順/音響:けんのき敦/衣裳:前田文子/ヘアメイク:川端富生/映像:横山 翼/振付:新海絵理子/演出助手:平井由紀/舞台監督:倉科史典/出演:松岡昌宏 マキタスポーツ 夏子 春海四方 大石継太 新川將人 池田有希子 杉村誠子 周本絵梨香 阿岐之将一 玲央バルトナー @新国立小劇場

30日(日)15:00〈コンポージアム2021〉武満徹作曲賞 本選演奏会審査員:パスカル・デュサパン/[ファイナリスト](エントリー順)ジョルジョ・フランチェスコ・ダッラ・ヴィッラ(イタリア)《BREAKING A MIRROR》/ヤコブ・グルッフマン(オーストリア)《TEHOM》/根岸宏輔(日本)《雲隠れにし 夜半の月影》/ミンチャン・カン(韓国)《影の反響、幻覚…》指揮:阿部加奈子/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団 @東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

新国立劇場 オペラ《ワルキューレ》2021

ワルキューレ》の初日を観た(3月11日 木曜/新国立劇場オペラハウス)。奇しくも東日本大震災から10年目に当たる日だった。帰りの電車でツイートしたメモに少し加筆した感想を記す。

楽劇「ニーベルングの指環」第1日《ワルキューレ》全3幕〈ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲・台本:リヒャルト・ワーグナー/演出:ゲッツ・フリードリヒ/美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ/照明:キンモ・ルスケラ/指揮:飯守泰次郎大野和士(11日・14日・17日・20日)/城谷正博(23日)飯守泰次郎は、昨年12月に手術を受けたため、本作品の規模を考慮し、現在の体調での指揮は困難であるとの判断から降板]管弦楽:東京交響楽団/協力:日本ワーグナー協会/後援:ドイツ連邦共和国大使館+ゲーテ・インスティトゥート東京

長丁場のワーグナーでは食事が気になる。いつもは用意したフードをフォワイエで食べていたが、いまは感染リスクからロビー・フォワイエの飲食は禁止。かといって食べに出て戻るのは40分+35分の休憩では時間的に不安(混んでるかもしれないし)。フォワイエ外のテラスに椅子はあるのか。ボックスオフィスに問い合わせたら、食事の場所に関する指示は届いてないと。たしか小劇場外の池の側にベンチがあったはず。そこで食べるか。花粉が多いなかの〝外食〟はちょっと辛いけど…。

…あれこれ心配したが、劇場内のブリッジに椅子が並べられており、そこで持参のフードを食べた。場外へ出かけていく人もけっこう居たな。 

[出演を予定していた招聘キャストは、緊急事態宣言の延長に伴い、新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置により出演が不可能となり…以下のとおり変更]

ジークムント:ダニエル・キルヒ→(第1幕)村上敏明/同(第2幕)秋谷直之/フンディング:アイン・アンガー→長谷川 顯/ヴォータン:エギルス・シリンス→(1/23 飯守泰次郎×関西フィルワーグナー特別演奏会」(ザ・シンフォニーホール)出演で来日していた)ミヒャエル・クプファー=ラデツキー/ジークリンデ:エリザベート・ストリッド→小林厚子/ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン→池田香織/フリッカ:藤村実穂子/ゲルヒルデ:佐藤路子/オルトリンデ:増田のり子/ヴァルトラウテ:増田弥生/シュヴェルトライテ:中島郁子/ヘルムヴィーゲ:平井香織/ジークルーネ:小泉詠子/グリムゲルデ:金子美香/ロスヴァイセ:田村由貴絵

とても好い公演だった。特に第3幕後半のヴォータンとブリュンヒルデ父娘のやりとりから幕切れまでこころが揺さぶられっぱなし。今回「オーケストラピット内の間隔を確保するため、アルフォンス・アッバスによる管弦楽縮小版」が用いられた。結果、オケに厚みがない分、ドラマのエッセンスがじかに届いてきたし、日本の歌手とオケとのバランスもよかった。〝化け物〟級の声量を誇る欧米のワーグナー歌手だとアッバス版では物足りなかったかもしれない。ただ「ヴァルキューレの騎行」ではさすがに重量感が足りなかったけど。

ジークリンデの小林厚子は初めて聞いたが歌唱に奥行きとメリハリがあり芝居も好い。第1幕のジークムント村上敏明は輝きある歌声(ベルカント)。ちょっと飛ばしすぎたか、後半「ベルゼ」絶叫の一回目はともかく二回目で腰砕けになり、続く「春の賛歌」をあっさり歌ったのは惜しい(このシーン フリードリヒの演出はちょっとショボい)。フンディングの長谷川顯を見るとキース・ウォーナー演出の「トウキョウ・リング」(2001–04)が懐かしくなる。役にぴったりのぶっきら棒で太い歌唱はいまも健在だった。

クプファー=ラデツキーは横暴で身勝手だが妻フリッカには頭が上がらないヴォータン造形が好かった。《フィデリオ》(2018)のドン・ピツァロでは声が埋もれがちだったが、今回はいい仕事をした。特に第2幕の長大で叙事的な語りは聞き応えがあった。日本の歌手との声量のバランスもよい。

池田香織は歌唱の強さと確かさに加え、父を見つめる後ろ姿に父を敬う娘らしさが滲み出ていた。彼女はメゾだよな。サーリアホのオペラ《遙かなる愛》(演奏会形式/2015)は歌手三人で一番好かった記憶がある。藤村実穂子は言葉と音楽を十全に融合させ的確に歌い切る。さすが。たしか藤村は「トウキョウ・リング」のフリッカ役が飛躍のきっかけだったはず。もう約20年が経つのか。

二幕のジークムント秋谷直之はタフな歌声とどこまでもサバイブしそうなあり方は役に合っていた。ヴァルハラについてブリュンヒルデに質問する所は大好きなシーン。日本のアーティストたちがここまでやってくれるとは! とても嬉しい。

何度かのカーテンコールの後、カーテンが降りて、退出順序のアナウンスが始まった。早く帰れと言わんばかりに。が、自分も含め何人かスタンディングで容赦なく拍手し続けたら、カーテンが上がった。初めてかも。歌手をサポートする大野和士の熱い棒が印象的だった。