新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』2023

ピーター・ライト版『白鳥の湖』再演の初日、2日目ソワレ、6日目ソワレを観た(6月10日 土曜 14:00,11日 日曜 18:30,17日 土曜 18:30/新国立劇場オペラハウス)。

振付:マリウス・プティパ&レフ・イワーノフ&ピーター・ライト/演出:ピーター・ライト&ガリーナ・サムソワ/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/美術・衣裳:フィリップ・プロウズ/照明:ピーター・タイガン/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

 例によってだらだらとメモする。

前回の全4キャストのメモはここ。上田公演についてはこちら

初日6/10(土)14:00[出演]オデット&オディール:米沢 唯/ジークフリード王子:福岡雄大/王妃:楠元郁子/ロットバルト男爵:中家正博/ベンノ:木下嘉人/クルティザンヌ(パ・ド・カトル):池田理沙子、飯野萌子/ハンガリー王女:飯野萌子/ポーランド王女:根岸祐衣/イタリア王女:奥田花純/指揮:ポール・マーフィー

ワルツさえない。ちゃんと踊れていない男性ダンサーが…。木下ベンノは三年前同様、素晴らしい。1幕は彼でもった。福岡は脂が抜けた感じだが、なんか懸命さが感じられる。王妃もよくやっているが、王妃タイプではない。やはり本島美和の不在は大きい(せめて寺田亜沙子がいれば…)。

第2幕。Vnソロはミュート時のヴィブラートが細かすぎて気になったが、ミュートを外した後の開放感(オデットの喜び)はよい。Vc は懐の深い音色。今回オケはジューシーで豊かな響きが印象的。マーフィーは味気なかった前回と違う。なぜ?*1 福岡王子がオデットの後ろからハグすると、なんかグッときた。米沢オデットは、やっと信頼できる人に会えた…と体が語っていた。福岡のサポートにめずらしく(?)愛を感じた。米沢はよくここまでパートナーシップを築き上げたと思う。…「ドッジボールやろうよう!」のエピソードを思い出した。

第3幕。王女と民族舞踊の組み合わせはやはり好い。関優奈と趙載範のチャルダッシュは前者がチャーミング、後者が大きく好い感じ。王女の踊りはそれぞれよかったが、ポーランド王女はシモテで回転がうまくいかず、その後カミテで転倒(少し身体が重くなった?)。オデットとは別人に見えるオディール。アダージョ…床に座った米沢オディールの手を福岡王子が取ると、オディールはポワントで王子に飛びつく。悪魔の本性が垣間見えた。3幕のVnソロはミュートなしでも細かすぎるヴィブラートは意図的?(第2幕アダージョ後半のミュートを外した開放的な弾き方とは違う)。福岡王子のヴァリエーションは喜びの踊り。オディールのフェッテは豪快とも違う…。

第4幕。米沢オデットの身投げはリアル。福岡王子のそれはさほどでも。が、木ノ下ベンノが登場し、亡骸を抱いて戻り、後方に二人の姿が現出すると、やはりグッときた。

Vnソロの弾き方は明らかに前回と違う。東フィルは公演リーフレットコンマス名を記さない(東響は記す)ため、劇場に聞いた。コンマス依田真宣首席チェロ金木博幸オーボエ加瀬孝宏ハープ梶彩乃。やはりコンマスは近藤氏ではなかった。チェロ、オーボエは思った通り。ハープを含めみな素晴らしかった。

6/11(日)18:30[出演]オデット&オディール:小野絢子/ジークフリード王子:奥村康祐/王妃:楠元郁子/ロットバルト男爵:中家正博/ベンノ:木下嘉人/クルティザンヌ(パ・ド・カトル):奥田花純、池田紗弥/ハンガリー王女:廣川みくり/ポーランド王女:直塚美穂/イタリア王女:赤井綾乃/指揮:ポール・マーフィー

この日はごく簡単に。

第1幕。奥村のソロは王子タイプとはいえないけど、憂鬱さが出ていた。奥田のクルティザンヌはあだっぽい。…

…第2幕。小野オデット。きめ細かな踊り。何かを出そうというより、振付をきっちり踊ればそれ自体が何かを語るはず、と思わせるあり方。

第3幕。直塚のポーランド王女、滑らかにかつにこやかに踊ったけど、初日と同じ振付に見えないのはなぜ。小野オデットは奥村王子に飛びつかなかった。小野は少し勢いが足りない。エネルギー切れか。サポートされて回転するとき軸が少し傾く。フェッテはやはり最後まで回転しきれず。そこで素が見えてフィクション性が崩れた。その後も、悪魔の娘として継続しきれず(見る側はそう見えず)残念。フェッテは完全でなくても、役のまま、回転不足と思わせないあり方を模索できないものか。先の「踊り自体に語らせる」あり方だとこうなってしまう。

第4幕。…ラストシーンは感情が動いた。

6/17(土)18:30[出演]オデット&オディール:米沢 唯/ジークフリード王子:速水渉悟/王妃:楠元郁子/ロットバルト男爵:中家正博/ベンノ:木下嘉人/クルティザンヌ(パ・ド・カトル):池田理沙子、飯野萌子/ハンガリー王女:飯野萌子/ポーランド王女:根岸祐衣/イタリア王女:奥田花純/指揮:冨田実里

前奏。王子の陰鬱。王妃の嘆き。

第1幕。速水王子の暗さ。ハムレット同様、喪に服してる? 王位継承の重圧? トロワの池田、飯野はやはり素晴らしい。前者のクルティザンヌとしてのあだっぽさ、後者の自在さ。ベンノ木下を含め、質の高いトロワだった。楠本王妃登場。厳しい態度。王子の重みあるメランコリックなソロ。滅入る想いを内に秘め、抑えて踊り、終始プリンスの気品を失わない。木下ベンノとの対話も聴こえるようだ。冨田の指揮は少し変わった印象。流れを切らず要所は押さえる。コントロールしすぎなくなった分、オケは伸び伸び(マーフィーがリハで作ったとしても【その前にプレトニョフが作っていたとしても】)。

第2幕。白鳥が客席の背後から飛んできてシモテの方へ迂回し、カミテの奥へ着地する…。速水王子の仕草で、その様が目に浮かぶようだった。米沢オデット登場。王子は驚き、次第に惹かれていく…。二人の対話が聴こえるようだ。米沢は〝気〟が細かい。速水がそれを受けて返すから、さらに細かくリアルになる。アダージョ。丁寧なサポート。後ろからのハグでは「安心感」と言うより「好き!」と相互の気持ちが高まる。オデットのソロから喜びが滲み出た。というか、からだが喜んでる。速水は終始スタニスラフスキーの「身体的行動の方法」を実践しているかのよう。その時その場で何をするのか、何に向かって行動するのか。それをつねに意識して舞台に立ち動き踊っている。そう見えた。米沢はずっとそうしてきたと思う。早くこれ(二人の相互作用)が見たかった(『ドン・キ』と『白鳥』では要求される演技の質や密度が違う)。依田のVnソロ。冒頭のミュート時の細かなヴィブラートはすすり泣きをイメージしたのか。それに応える王子の音楽は、金木Vcの懐の深いヒューマンな音色で。素晴らしい応答。オケも前に聴いた2回より好い。他のダンサーもみな感触が違う。二人のただならぬあり方が、伝わっているのだろう。

第3幕。重厚な衣裳、美術。王子は木の椅子に座るのを強く拒む。よほど亡き父王を継ぐのが嫌らしい。王子の演技、好い。米沢オディール登場。Pdd。オデットの振りをするオディール。が実は悪魔の娘。その二重性をつねに感じさせる米沢の動き、目付き。まんまと騙される速水王子。床に座ったオディールが手を差し出す王子にポワントで飛びつく…。これらのシークエンスから、Vnソロの意味が分かった。ミュートなしのこの幕で、なぜすすり泣くように細かいヴィブラートをかけるのか。オデットがオディールの声音を真似するさまを音楽で表すためだろう。第2幕でオデットが自分の苦境を王子に語るすすり泣くような口調を。が、ここではミュートがない分、オディールの派手さは(観客には)隠せない。繰り返しのフレーズがオクターブ上げて弾かれるのも、真似する際の誇張ととれば納得できる。今回、米沢・速水の舞台から初めて気付かされた。速水王子のヴァリエーションは豊かで大きな踊りに、喜びも感取できた。力強さ、意志も。どこまでも王子の気品を失わない。オディールのヴァリエーション。多少疲れがあるか。でもきれい。王子のきれいなピルエット。米沢のグランフェッテは大きくきれい。騙されたと気づいた後の王子の驚愕と失意。王妃の嘆き。嘲笑うオディール。富田の棒でオケはノリまくり、最高潮の響き。

第4幕。米沢オデットの身投げは素晴らしい。速水王子もあたまから。ベンノ木下登場。…亡骸を抱いて…後方に二人が…さほどグッとこない。なぜだろう。速水の経験不足?【「死についてどれだけ考えているか」の差ではないかとの意見をある人から聞いて、なるほどと思った。】

何度目かの、ほぼスタンディングのカーテンコールで芸術監督が登場。マイクで速水のプリンシパル昇格を発表。万雷の拍手。その後、実はもう一人…と芸監が言うと、米沢は口に手を当てて歓喜し、さっとカミテへ移動、来たるべき人にセンターを譲る。…柴山が私服で登場。……二人の何度かのレヴェランスと喝采の後、芸監が米沢に「あなたが今日の主役なんだから」というように真ん中へ来るよう手招きし、本公演のカーテンコールに戻した。が、柴山は速水の隣に陣取ったまま。…米沢は柴山の左横(速水・柴山がセンターでそのカミテ側)に並び嬉しそうにレヴェランス…。柴山は袖に退くか、せめて左右のどちらかに離れるべきだった。

『シンデレラ』の初役以来、彼女の主演舞台を見なくなった理由がプリンシパルの昇格発表で再確認されるとは、たいへん残念。踊りの技術は大前提だが、その時その場で自分が何をするのか、しなければならないのか、考え、判断し、行動(演技)する。プリンシパルには、そうしたあり方が備わっていなければならない。プリンシパルではないが、木下嘉人や中家正博はそれが出来ていると思う。

*1:理由が後で分かった。東フィルは昨年6月の定期でプレトニョフ版の『白鳥』を彼の指揮で演奏してた。コンマスを務めた依田氏はプレトニョフとのリハーサルについて「たとえば『ここは振り向いて手を差し伸べる瞬間だから』といったことを話されたりと、バレエの情景を前提に音楽を作っている印象です」と。後で述べるヴァイオリンソロのヴィブラートの使い分けは、プレトニョフの示唆によるものかもしれない(コンマス依田氏が語るプレトニョフの定期)。とすれば、今回の東フィル全体の仕上がりの好さも含め、すべてはマーフィーではなく、プレトニョフのお陰なのか…。