BCJによるメンデルスゾーン《パウルス》/永遠に聴いていたいと思わせる名演

バッハ・コレギウム・ジャパンによるメンデルスゾーンのオラトリオ《パウルス》を聴いた(東京オペラシティコンサートホール タケミツ メモリアル/10月14日)。
指揮:鈴木雅明/合唱・管弦楽バッハ・コレギウム・ジャパンコンサートマスター寺神戸亮
ソプラノ:澤江衣里/アルト:布施奈緒子/テノール:藤井雄介/バス:ドミニク・ヴェルナー/バス(第4曲):浦野智行
永遠に聴いていたいと思わせるすばらしい演奏。本公演の三日前(11日)青山学院講堂でのレクチャー・コンサートにも足を運んだが、こちらは青学の特別講座として、まず「会衆賛美」(鈴木優人のオルガン奏楽はさすがにすばらしかった)「聖書朗読」「祈祷」を経て、メンデルスゾーン研究家星野宏美(立教大学教授)と鈴木雅明との、主として作曲家の出自とパウロを題材に選んだ理由等に関する対談の後、《パウルス》の第1部のみが演奏された。この演奏と比べ、オペラシティのコンサートホールは当然ながら音響が圧倒的によく、特に器楽の音がかなり豊かに響き、聞き手が音楽の中に包まれているような親密感があった。ホールも楽器であることを再認識。
ソプラノの澤江衣里は、はじめ歌唱が少し不安定にも感じたが、次第にボーイソプラノのような未成熟で純な味わいがたいへん好ましくなり、雅明氏が彼女を選んだ理由が飲み込めたように思った。テノールの藤井雄介は、BCJの定期ではいつもコーラスの一員として認識するのみで、ソロを聴いたのは今回が初めて。外見同様、とても素直でおっとりとした歌声。しかも声に充溢感がある。ただ、高音で強く押し出すと少し声質が堅くなるような印象を受けた。また、第2部のチェロ独奏をバックに歌うカヴァティーナは美しかったが、もっと自分を前に押し出てもよいかも知れない。今後の活躍が楽しみ。アルトの布施奈緒子は安定感があり、よい仕事をしたと思う。ドミニク・ヴェルナー(バス)はいつもながら強い声だが、声質はあまり・・・。しかしなんといっても特筆すべきは合唱だ。29名と、いつもより人数がかなり多く、さすがに迫力があったが、けっして音が濁ることはなく、輝かしい音色をホール中に響かせていた。オケももちろんいつもより編成が大きい。トロンボーンコントラファゴットには外国人が入り、ホルンやチェロには、N響新日本フィルのメンバーも見えた。弦管ともに当時に近い楽器で演奏されたメンデルスゾーン。特にナチュラルホルン等の素朴で〝野蛮な〟響きが心地よく、鈴木優人のパイプオルガンもきわめて効果的で、ほとんど作曲家の名前を忘れて聞き入った。やはり何度もバッハの受難曲を想起したが、むろん、《パウルス》の方がずっと優しい。濁りがなく透明な音楽がホールの空間を満たし、その中に居ることの幸福感を満喫した。星野宏美の解説・あらすじは、簡潔だが要所を押さえた質の高いもので、演奏会の充実を補完していた。ただ、第1部・第2部とも終曲あとの沈黙が、聴衆の性急な拍手に破られたのは残念。BCJの定期ではまずないのだが。
前半(第1部)は上手の字幕が出ないアクシデントがあり、第2部の開始前、会場のチーフプロデューサーが登壇し丁寧にお詫びを述べ、後半は無事に復旧することを告げた。この対応は見ていてたいへん気持ちのよいものだった。
バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の定期演奏会/非キリスト者にとっての〝教会〟 - 劇場文化のフィールドワーク