週末のコンサート&バレエ—BPO・BCJ・Les Arts Flo・Young NBJ GALA 2023. 11【追記】

先週末に聴いた/観た三つのコンサートと一つのバレエについて感想メモを記す。

キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演〈プログラムA〉(11月24日 金曜 19:00 @サントリーホール

ベルリン・フィルの生演奏を聴いたのは実に42年振り。辛うじて取れた席は2F RA2の中央。ステージの真横だが、これが意外に面白かった。指揮者と奏者がよく見えるし、音もさほど悪くなかった。

モーツァルト交響曲第29番 イ長調 K.201(1774)

音楽の喜びを感じさせる演奏。第4楽章の悪戯っぽいフレーズに指揮者の笑顔が客席にも広がった。ペトレンコの集中力は半端ではない。彼は強音でない部分では、奏者でなく、宙を見ながら空気の振動を調節しているような手の動きをする。

ベルク:オーケストラの三つの小品 Op.6(1915/23)1929年改訂版

  大編成の凄絶な響き! 金管、特に目の前の打楽器群が大活躍。大きな木製ハンマーには吃驚だ。マーラーが6番で使ったやつ。終曲後、思いっきり叩いたパーカッショニストに、近くの観客から拍手が起きた。彼は客席の小さな女の子と握手。手が届くのだ。牧歌的なモーツァルトから一変した本作には《ヴォツェック》と重なる感触があり、20世紀の戦争のきな臭さや人民の怒り、呻吟などが音化されていた。最後にフライングブラボー(男の声)が飛んだのは残念*1。ただ、客席は女性が目立ち、両隣も自分より若い女性だった。なんか隔世の感。女性を含む若い客が増えれば、コンサートの雰囲気も変わっていくだろう。

休憩後、フライングブラボーをやんわりたしなめるアナウンスがあった。主催者はまとも。

ブラームス交響曲第4番 ホ短調 Op.98(1885)

あの印象的な出だし。弦の重厚な響き。ベルクを聞いた後では、個人の内面や情動が強く喚起される。第2楽章のホルン。穏やかで静まった、茫洋とした感触。第3楽章の激しく鋭いリズム。自棄っぱちのような。そして、いよいよ終楽章。冒頭でパッサカリアシャコンヌ)の楽句が奏される。これはバッハのカンタータ150番《主よ、あなたを私は仰ぎ望みます》第7曲(終曲)「私の苦難の日々を」に基づく。

このカンタータの歌詞は、磯山雅によれば「詩篇第25篇からアレンジされ、現世の苦難と、その中で神を信頼しつつ生き、救いを待ち望むキリスト者の心を扱」っており、ブラームスが使った終曲では「低音の奏する4小節楽句がシャコンヌの主題となり、その反復によって、信仰への決意が力強く支えられる」という*2

変奏が進んだ後、フルートがあの印象的なフレーズを吹く。次第に下降していき、低音の官能的な響きにからだが反応する。クラリネットオーボエが明るい調べを奏すると少しグッときた。トロンボーンがコラールを吹奏すると涙が。…そんな安らぎの空気をヴァイオリン群が強音で切断すると、一気に悲劇的な様相が高まっていき、突然終曲を迎える。

ブラームスの場合、主題の変奏(反復)は、バッハのように「信仰への決意が力強く支えられる」ことはない。むしろ、苦悩と慰撫を行き来しつつ、突如、生が断ち切られる、「救い」への懐疑は消えないまま。そんな印象を受けた。だが、音楽を聴いている時間は至福そのもの。行ってよかった。

コンマスは女性だった(コンミスか)。彼女は今年2月に第1ヴァイオリンから昇格したラトビア出身37歳のヴィネタ・サレイカ=フォルクナーで、ベルリンフィル初の女性コンサートマスターとのこと。この日フォアシュピーラーの樫本大進はBプロでコンマスを務めるらしい。指揮者のキリル・ペトレンコは自身はロシア生まれだが、「父がウクライナ生まれで、母はロシア出身。しかも2人ともユダヤ教徒だ。ウクライナイスラエルで起きている軍事衝突は、私にとって二重の悲劇といえる」と語っている(日経新聞11/4)。】

 BCJ #158 定演 教会カンタータ・シリーズvol. 84〈クリスマスと新年のカンタータ〉指揮:鈴木優人/ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ/アルト:ダミアン・ギヨン/テノール:櫻田 亮/バス:ドミニク・ヴェルナー/合唱・管弦楽バッハ・コレギウム・ジャパン( 11月25日 土曜 15:00 @オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

J. S. バッハ:管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV 1067

序曲はともかく、続く舞曲はもっと生き生き感があってもよい。フラウト・トラヴェルソはもう少し音量がほしい(楽器の性質上やむをえない面もあるが)。

カンタータ第36番《嬉々として舞い上がれ、星々の高みにまで》BWV 36

待降節の音楽。第7曲のアリア、ソプラノのプラシコヴァはいつ聴いても素晴らしい。ヴァイオリン(若松夏美)のオブリガートは後半でゾーンに入ったような演奏。

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カンタータ110番《われらの口には笑いが満ち》BWV 110

降誕節の音楽。第1曲に管弦楽組曲第4番の序曲が使われている(先般 鈴木雅明氏がフランクフルト放送交響楽団の客演で演奏 Frankfurt Radio Symphony Live: Masaaki Suzuki & Laura Vukobratović with Bach & Mendelssohn - YouTube)。第4曲のアリアではカウンター・テナーのダミアン・ギヨンがオーボエ ダモーレ(三宮正満)のオブリガート絶唱を聞かせた。続く第5曲のプラシコヴァと櫻田亮のデュエットは晴れやかで喜びに満ちていた。

カンタータ第190番《主に向かって、新しい歌を歌え》BWV 190(鈴木優人復元版)

新年の音楽。元旦は「キリスト教会では…イエス命名日の要素が強」いという(木村佐千子/プログラム)。優人氏が学生時代に手がけた復元版だが、トランペット三本(斎藤秀範・大西敏幸・村上信吾)とティンパニ(菅原淳)や櫻田の晴朗なテノール等が華やかさや祝祭感を際立たせた。ドミニク・ヴェルナー(バス)が前舞台で第4曲のレチタティーヴォを歌い終え、後方の席へ戻ってしまった。テノールとのデュエットが続くのに。だが、隣の歌手に促され、歌いながら前へ歩み出て事なきを得た。この珍事を笑顔で見守る指揮者やメンバーたちが〝ご愛敬〟に変えていた。さすがBCJ

 

新国立劇場バレエ団 令和5年度(第78回)文化庁芸術祭主催公演〈DANCE to the Future: Young NBJ GALA〉(11月26日 日曜 14:00 @新国立中劇場)

1時間後に開演するオペラシティのレザール・フロリサン公演と重なり、見たのは第一部[パ・ド・ドゥ集]のみ。第二部・三部は残念ながら断念。

『ラ・バヤデール』第3幕より 振付:マリウス・プティパ/音楽:レオン・ミンクス/出演:廣川みくり&石山 蓮

音源が小さい。ヴァイオリンソロがあまり鳴っていない(ように聞こえる)。廣川はよく踊れるが、情感を表情ではなく踊りの様式性で出せるようになれば。石山もよく踊れるが、次の動きへの意識が見えてしまい、少しセカケカした印象を与える。もっとゆったり踊れば。

『眠れる森の美女』第3幕より 振付:ウエイン・イーグリング M.プティパ原振付による/音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー/出演:中島春菜&渡邊拓朗

音源については同上。中島のおっとりした感じは好ましいが、動きはもっと機敏でもよい。渡邊は技術をどんどん磨いていけば、ノーブルな味が生かせそうに見える。

『ジゼル』第2幕より 振付:ジャン・コラリ&ジュール・ペロー&マリウス・プティパ/音楽:アドルフ・アダン/出演:吉田朱里&仲村 啓

吉田はラインで何かを語り、仲村は役のハラがある。結果、二人で作品の空気をしっかり創り出していた。

ドン・キホーテ』第3幕より 振付:マリウス・プティパ&アレクサンドル・ゴルスキー/音楽:レオン・ミンクス/出演:金城帆香&山田悠貴

金城はアラベスクの角度など気になる点(指導の問題?)はあったが、気持ちをからだの動きで表現できる。山田の美点は意志的に動けること。「やったるでー」と。

【米沢唯や小野絢子の〝当たり前〟のようにやっていることが、いかに〝当たり前〟でないかよく分かった。】

 

ウィリアム・クリスティ指揮 レザール・フロリサン 来日公演(11月26日 日曜 15:00 @オペラシティコンサートホール)

J. S. バッハ:《ヨハネ受難曲 BWV 245》[日本語字幕付]バスティアン・ライモンディ(テノール&エヴァンゲリスト)/アレックス・ローゼン(バス/イエス)/レイチェル・レドモンド(ソプラノ)/ヘレン・チャールストン(アルト)/モーリッツ・カレンベルク(テノール)/マチュー・ワレンジク(バス)/レザール・フロリサン管弦楽&合唱)

コーラス、ソリスト、オケのいずれも質が高い。ただし宗教音楽を聴いている感触はあまりなかった。あくまでもピリオド楽器・奏法でバッハの音楽を演奏しましたという印象。ソリストは、語りの内容によって、向き合ったり、手振りを交えたりする。幾分、セミステージ版オペラの趣きが感じられた。

エヴァンゲリストは瑞々しい声だが、語るというより歌う感じ。イエスのバスはレチタティーヴォが素晴らしい。アリアも悪くないが少し若さが滲み出る。ソプラノは真率な歌唱で、唯一こちらのからだが反応した。アルト(女性)の30番アリア「成し遂げられた」は思わず聴き入った。テノールはOK。ピラト(バス)も質が高い。

第二部の静かなシークエンスでスマホが鳴ったのは残念。28番コラール「彼はすべてを然るべく慮り」はとてもよかったが、座ったままアカペラで歌った。この受難曲には複数の版がある。BCJ等でいくつか聴いたが、アカペラは初めてだ。クリスティのアレンジだとしたら少し疑問。39番のコーラス「安らかに憩い給え」はいつ聴いても慰められ、終曲のコラール「ああ、主よ、あなたの愛しい天使らに」ではなぜかグッとくる。全般的にテンポは遅めの印象。最後はもっと沈黙が欲しかったが、まあ許容範囲か。好いコンサートだった。

 

*1:オペラの引越はそれなりに行った一方で、来日オケを聞かなくなったのはフライングブラボーが理由だった。最後はバレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンブラームス交響曲チクルスだったか。会場は同じサントリーホール。3番フィナーレの弱音が暴力的なブラボーでかき消され、コンマスなど明らかに表情が曇った。休憩時、主催者の元へ駆けつけると、数人がすでに同じをクレーム発していた。こんなのを許していたら彼らはもう来なくなりますよ等々。〝佐々忠〟は黙って聞いていたが、奥の方へ姿を消した。後半開始前「最後まで音楽の余韻を楽しんでいただきますよう」云々の女性アナウンスが入り、客席から大きな拍手が湧いたのを覚えている。2002年2月だからもう21年前だ。

*2:第7曲の歌詞は次の通り——「私の苦難の日々を/神は終わらせ、喜びへと変えてくださる。/いばらの道を歩むキリスト者たちを、/その時には天の力と祝福が導くのだ。/神が私のまことの護りであるかぎり、/私は、世の人の逆らいなどものともせぬ。/キリストが私たちの側に立ち、/私の日々の戦いを助け、勝たせてくださるのだから。」磯山雅訳