新国立劇場バレエ『マノン』2012 サミングアップ 楽日【追記】/イエイツ/プログラム/照明/キャスティング【追記】/MVP

楽日を3階バルコニーの後方で観た(7月1日)。
小野・福岡組の二回目。1幕だけ見れば、この演目を何度も踊っているかのようななめらかさと美しさ。福岡雄大の挨拶のソロは、初日より抑制的で、踊りの外形よりも内的なあり方を大事にしているように見えた。小野絢子の演技はいつも魅力的。老人の紳士役の内藤博が、初日同様、マノンをエスコートしながらさりげなくお尻に触ると、その手を素早く払いのけるマノン=小野。思わず笑ってしまう(少々コミカルで必ずしもマノン的とはいえないが)。出会いのパ・ド・ドゥもスムーズ。特に続く寝室のPDDは眼を見張るほど流麗で、二人の喜びが舞台に弾けていた。初日に比べ、二人の呼吸もぴったり。共に感情を無理に作らず、動きに身を任せ、そこから自然に湧出する情動を素直に受け入れていく。そんなふうに見えた。相変わらずスポーティで明るめだが、二人とも舞台でよく生きていた。
だが、2幕以降、やはりいまひとつドラマが立体化しない。最後の沼地では、今度は回転数は足りたが、なにかが足りない。マノンが息絶えたとき福岡の嘆き方は感涙を誘うには不十分というか不適切。ただ、3幕1場で、マノンが好色な看守(今回の山本隆之はそう見えないが)の目に留まり、二人が引き離されそうになると、オケはヴァイオリンの高音で鮮烈な調べを響かせる。このときデ・グリューは、最果ての地へ同行してまでも貫こうとする、マノンへの愛を必死で表出するのだが、突然、福岡はこの振りを狂ったように踊った。続く看守の部屋でも福岡の踊りは強烈だった。
おそらく小野絢子にとって、マノンの行状は理解を超えているのだろう。1幕までは感情移入できても、その後のマノンの裏切りは、頭で分かってもやはり腑に落ちないのではないか。【追記 1幕2場でGMの誘いに応じたマノンがデ・グリューのベッドに名残を惜しむ場面は、二回ともたいへん印象的だった。この仕草に小野ほど気持ちを込めたマノンは見たことがない。図らずも小野自身のマノン評を象徴的に告げていたといえないか。】ブレスレットのPDDなど(ここでオーボエがへたったのは残念)部分的には悪くないのだが。福岡雄大も、そんなマノンを必死で赦し受け容れようとする内的葛藤がよくみえない。二人のあり方からすれば、福岡がマノンで小野がデ・グリューならもっとドラマが立ち上がったはず(ありえないが)。
レスコーの愛人の寺田亜沙子は昨日よりさらによくなった。酔っぱらいのPDDでは、恋人同士の微笑ましさのうえに、疎外された境遇の感触が加わると、音楽に見合うペーソスがさらに出るのではないか。貝川鐵夫は体格を除きあきらかにGMのタイプではないが、やるからには役柄に見合う心性を自分のなかに見つける努力をぜひ。
照明について一言。3幕2場看守の場は暗すぎる。沼地の3場もそう。やたらと暗くし、ダンサーをピンスポットでフォローするのはどうも・・・。特に上階から見ると、オペラならともかくバレエの場合、踊りが見づらい。『パゴダの王子』でも、照明だけ〝文法〟が異なるように感じた。
指揮者のマーティン・イエイツは四回聴いてくると、感情の激発時にはもっと爆発してもよいかも知れない。やや抑制が効きすぎの感あり。また、今回の新編曲では、3幕2場「看守の部屋」の前に短い間奏曲が新たに挿入されている。チェロのソロに弦楽器とハープが奏でる沈痛なアダージョ(?)だが、効果はどうだったか。あってもよいが、従来のように無音の方が、前述したデ・グリューの純愛を示す調べが後を引くようにも思われる。
今回(も)プログラムが余りに貧弱。せっかく新たに編曲した本人が来日しているのに、音楽に関する情報は何もない。せめて、彼へのインタビュー等を掲載して欲しかった。
会場に昇格の掲示が貼ってあった。
プリンシパル・ダンサー>
福岡雄大 八幡顕光
3幕での福岡の張り切りはプリンシパルとしての自覚の表れだったのか。
<ファースト・ソリスト
厚地康雄 菅野英男 福田圭吾 米沢唯
そもそも上記の四人がソリストだったとは知らなかった。

今回の『マノン』のキャスティングは、すべてがビントレーの意向を反映していたとは思えない。初日はともかく、三つ目のキャスティングは、マノン=米沢唯/デ・グリュー=厚地康雄/レスコー=菅野英男(福岡雄大)/レスコーの愛人=寺田亜沙子(本島美和)でしょう。ゲスト日にしても、マノン=酒井はな/デ・グリュー=ロバート・テューズリー/レスコー=山本隆之/レスコーの愛人=湯川麻美子でよかったのでは。厚木三杏のマノンも見てみたかった。【追記 看守の役は輪島拓也に。今回この役は輪島がもっとも合っていた。他の二人は演技はともかく〝あくどさ〟がまったく出ていない。この点、三人のレスコー役にもいえる。】
最後に今公演のMVPを、香り立つような美しいソロで舞台を引き立てたチェロの金木博幸(東フィル)と、数人分に匹敵する見事な演技と踊りで作品世界を色づけた高級娼婦役の厚木三杏に。