8月のフィールドワーク@ダブリン 2017【写真追加】

今年は8月6日(日)から約一ヶ月間アイルランドのダブリンに出張した。時間的には比較的恵まれ、許される範囲で当地の劇場文化をフィールドワークした。ただ8月はシーズンオフでめぼしい公演はあまりない。ロンドンへ行けば話は別だが「業務」上、ダブリンを離れるわけにはいかない。それでも、いくつか素晴らしい公演や展示会等に遭遇した。特にアビーシアターで観た『ケイティ・ローチ Katie Roche』は出色の舞台。テレサ・ディーヴィ(Teresa Deevy,1894-1963)というアイルランドの稀有な女性劇作家を知るきっかけになった。以下、年が変わる前に、主なものをピックアップしておきたい。

12日(土)合唱隊 クライストチャーチ大聖堂 ピアノ伴奏 +パイプオルガン +トランペット
ダブリン最古の大聖堂(c. 1030)。トイレを借りに入りかけると、クワイアの美しい合唱が聞こえてきた。トイレだけなら無料でOKと言われたが、じっくり聞きたかったので入場料 € 6を支払った。ピアノ伴奏、トランペット、パイプオルガン。ヘンデルモーツァルト等々。すっかり身体がほぐれた。地下には面白い展示もあった。

12日(土)15:30 『リヴァーダンス』@ゲイエティ(ガイアティ)シアター
何度も来日しているが見たのは初めて。エンターテインメントとして予想以上によくできている。ヴァイオリン、ソプラノサックス、笛/バグマイプの類/小型のバンドネオンの持ち替えとドラムの4名。アイルランドケルト)の文化が生成し世界へ進出していく物語をフレームにダンスが展開され、シーンの合間をアイリッシュコーラスや音楽でつないでゆく。群舞は迫力満点。特に男のリードダンサー(Will Bryant)が素晴らしい。上半身を固定したまま脚を後ろへ蹴り上げ、移動する。その蹴り上げる高さが半端ではない(ハムストリングはどうなっているのか)。タップやフラメンコもある。後半は、世界の民族舞踊を取り入れ、ロシアのコサックダンス等々も。アイリッシュ軍団とタップ(アメリカ)2名のダンス対決はウェストサイドストーリーの趣き。後者の黒人タッパー兼バリトンRohan Pinnock-Hamilton)は歌もタップもかなり達者。タップを交えたストリートっぽいダンスは自由奔放だが、アイリッシュダンスはきわめて様式的。そこがよい。隊列を組み脚技を駆使しながら移動すると、地面から浮遊しているように見える。デンマークのブルノンヴィル・スタイルに似ていなくもない。終演後、劇場の前で子供たちが狂ったように真似て踊っていた(写真右)。どこも同じだ。

15日(火)13:05 『サマー・ランチタイム・コンサート』RTÉ Concert Orchestra 指揮:Adam Cooke @ナショナルコンサートホール
ランチタイムに1時間のコンサート。アイルランド放送協会(RTÉ)のFMで生中継されるため、冒頭と中程で司会者が登場し、曲や演奏者の紹介説明をおこなう。それがじつに手際がよくコンサートの邪魔にならない。感心した。
チャールズ・スタンフォードアイルランド1852-1924)作曲のオペラ『シェイマス・オブライエン』序曲は、オーソドックスできっちりした作り。/ヴィンセント・ケネディアイルランド1962- )作曲「アーバー・ヒル」(from the Orchestral Suite "IRISHMEN AND IRISHWOMEN" )。タイトルは墓地の名で、1916年のイースター蜂起でイギリス軍に処刑された指導者らが埋葬されている(組曲の タイトル"IRISHMEN AND IRISHWOMEN"は蜂起の際パトリック・ピアースが読み上げた「アイルランド共和国宣言文」の冒頭部)。音楽は当然ながら大変イモーショナル。演奏後、指揮者に促され、私の数列前に座っていた作曲家本人が立ちあがった。/ダーヴィット・ポッパー(ユダヤチェコ1843-1913)の「ハンガリー狂詩曲」は、チェロ奏者(Richard Harwood)の名人芸を堪能できる音楽。奏者ハーウッド(イギリス)は普通にうまい。/ハンガリー関連で、ブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」も。いわゆるブラームス的かつハンガリー的な濃厚さを抑えた清潔感あふれる演奏。/最後はビゼーの「アルルの女組曲第2番。メヌエットのフルート独奏は信じ難いほど美しく、思わずグッときた。音楽には、身体の奥にあるものを引き出す力がある。
15日(火)15:40 『フェルメールと風俗画の巨匠たち――鼓舞と対抗』@ナショナルギャラリー これは別立てでメモする。
22日(火)13:05 『サマー・ランチタイム・コンサート』RTÉ Concert Orchestra 指揮 @ナショナルコンサートホール
この日のメインプログラムはプーランク(フランス 1899-1963)のオルガン協奏曲(1936/39)。オルガンはマルティナ・スミス。クライストチャーチ大聖堂のオルガニスト(オルガン・スカラー)を務めているとのこと。1991年に造られたパイプオルガンは気品のある響きだった。
24日(木)13:05 5x5: Songstress @ジョン・フィールド・ルーム(ナショナルコンサートホール)
このルームは2日前のコンサート後にサンドウィッチを食べたところ(左)。ちょうどフォル・ジュルネのホールB5みたいに椅子を並べると、室内楽専用の小ホールに早変わりする(右)。メゾソプラノシャロン・カーティ)にピアノ(ランス・コバーン)とヴィオラ(ベス・マクニンチ)。曲はブラームスの「二つの歌」(ドイツ語)、フランク・ブリッジ(イギリス 1879-1941)の「三つの歌」(英語)、そしてチャールズ・マーティン・レフラー(ドイツに生まれアメリカに帰化 1861-1935)の「四つの詩」(フランス語)。アイリッシュのカーティはきれいに歌うが、ブラームスではもっと濃密さが欲しい気も。ブリッジの三つ目の歌詞はシェリーの"Music when soft voices die"。この作曲家の唯一の弟子がベンジャミン・ブリテンだったらしい。レフラーのアダージョは、ピアニストが演奏前に「至福と苦悩を並列したような音楽」と言っていた。そんな感覚を表現できるのは詩と音楽ぐらいか。
25日(金)20:00 『R.U.R - Rossum's Universal Robots』カレル・チャペック、Youth Theatre Ireland, Directed by Caitriona McLaughlin @ピーコックシアター(アビーシアター)
アビー(アベイ)シアターは W. B. イエイツらが1904年に創設したアイルランドのナショナルシアターだが、1951年に焼失(562席)。現在の劇場は1966年に再建され(626席)、そのさい地下に実験小劇場も造られた。それがピーコックシアターだ(157席)。前者の玄関はMarlborough St に面しているが、ピーコックの方はAbbey St Lower 側の小さな入り口から入る。
本作は以前に戯曲を読んだだけで上演を見るのは初めて。上演したのは16〜21歳から成るアイルランド青少年劇場(ユースシアター・アイルランド)。年齢の割にはなかなかの舞台だった。特にラスト近くで、男女のロボット2体から恋愛感情の萌芽が見られるシーンは大変面白い。ふたりの英語にアイリッシュ・アクセントがなかったのも(私には)よかった。humanでないはずの存在からhumanに特有の属性が現出すると、なぜかとても可笑しいし、同時にグッとくる。あのように声を出して笑ったのは久し振り。日本でも新国立劇場の研修生による試演会などよく見ていた。が、ダブリンでも、成長途上の若者らの演技を見ようとは。にもかかわらず、いや、だからこそというべきか、演劇の力はすごいものだと思った。上演を見て初めて気づいたが、平田オリザの最初のロボット演劇にはチャペックのエコーがあるかも知れない。

29日(火)19:30 (プレビュー)『ケイティ・ローチ』テレサ・ディーヴィDirected by Caroline Byrne @アビーシアター
帰国まであとわずか。このままでは地下のピーコックだけで、アビーシアターの本舞台を見ずに終わってしまう。が、上演予定の演目は作者名すら聞いたことがないし・・・。まあ、なんでもいいから見てみようと、チケットを入手。それが本作。だが、舞台を観て驚いた。Teresa Deevy (1894-1963), Katie Roche (1936)。こんな女性劇作家がアイルランドに居たのか。といっても、俳優のアイリッシュアクセントが半端ではなく(アイルランドの話だから当然だが)、聞き取れないセリフが随所に。それでもいい舞台はすぐ分かる。戯曲を読もうと、翌日、ジョイスも通った老舗の本屋Hodges figgisへ直行。十数年前に戯曲選集が出ているが絶版とのこと。教えられた古書店 Ulysses Rare Books(!)にも行ったが、ない。そもそも本屋の店員がDeevyのことを知らないのだ。結局、1936年にロンドンで出版のFamous Plays of 1935-1936に収録されていることを突き止め、古書のネットショップを探しまくって注文した。本は帰国後数日して届き、やっと読めた。その後、アメリカのブロードウェイでディーヴィ作品がまとめて上演され、二巻のリヴァイヴァル選集が出ていたことを知る。
ディーヴィは大学で学位取得の前に耳が不自由になり、大学を辞めてロンドンへ行く。そこで劇場に通い、舞台を見ながら読唇術の訓練をするためだ。劇場から戻ったある夜、無性に「アイルランドの生活を戯曲にしたい」との衝迫を感じる。それほど当地の演劇に描かれたイギリス人の生活は、彼女が知っていた同胞たちとは違っていたらしい。それが劇作家になるきっかけという(「自伝的覚書」Teresa Deevy Reclaimed Vol. Two, 2017)。英語が全部聞き取れなくとも演劇的な感動を得たのは、耳が不自由なディーヴィの劇場体験と深い所で繋がっていたように思う。『ケイティ・ローチ』については、いずれあらためてメモしたい。