「利賀演劇人コンクール2019」第一次上演審査の後半を観た(5月4日 15:30-19:10/こまばアゴラ劇場)。
□第一次上演審査 審査員(50音順・敬称略)
相馬千秋(あいちトリエンナーレ2019 キュレーター)
野村政之(演劇制作者・ドラマトゥルク)
平田オリザ(舞台芸術財団演劇人会議理事・青年団主宰・こまばアゴラ劇場芸術総監督・劇作家・演出家)
柳美里(劇作家・小説家)
後半の課題戯曲は岸田國士(1890-1954)『温室の前』(1927)(一部抜粋/上演時間:最長20分)。全一幕三場で、場面は東京近郊の大里家の応接間。自宅の温室で草花を育て販売する兄の貢とその世話をする妹の牧子。兄妹は人とほとんど交際しない。そこへ牧子の学校時代の友人高尾より江が来訪。さらに貢の学友西原敏夫(課題では出番なし)がフランス留学から五年ぶりに帰国。より江は出戻りの職業婦人。西原は民衆劇の運動を起こすべく奔走する活動家(作者同様フランス帰りの西原がいう「遊動劇」は、十四年後の戦時に「日本移動演劇連盟」が発足し岸田自身が委員長に就任することを思うと意味深長)。活発で社会的な二人の来訪を機に、大里家の応接間はにわかに華やぎ(絵画が新たに掛けられる)、引っ込み思案の兄妹に「希望」が芽生える。妹は西原と、兄はより江と、新しい生活を始める希望が。だが、結局は来訪者同士が結ばれる皮肉な結末に……。課題部分については、プログラムを引用する。
「暗い生活」を送ってきた兄弟に、それぞれの伴侶となってくれるかもしれない「友達」がやってくる第一場の全体である(朴建雄)。
以下、上演順にメモしたい。
神田真直(劇団なかゆび)
大里貢:串尾一輝/大里牧子:佐山和泉/高尾より江:緑川史絵
貢は花オタクの引きこもり。妹(牧子)とより江(緑川)の対話の間、貢(串尾)は子供のように後ろで丸めた紙を上へ放り上げながら花の名前を次々に叫ぶ。途中から二人に紙つぶてを投げつける貢。したがって二人のセリフはよく聞き取れない。貢はより江の前だと妹の影に隠れ、人が変わったような囁き声に。すべて妹が〝通訳し〟取り次ぐ始末。温室内ではまた子供のようにはしゃいだ様子で花をより江に見せる。思い切ったキャラ造形で面白いが、台本の肝はそこにあるのか。
小野彩加 中澤陽
木村トモアキ/藤瀬典子/永山由里恵
牧子(藤瀬)が客席側から舞台へ上がり、カミテ奥へ。そのまま舞台の袖でより江(永山)との対話が始まり続いていく。観客には声しか聞こえない。舞台は空。やがてシモテより貢(木村)が現れ舞台のカミテへ。そこで奥にいる二人の対話を聞いている、等々。男の視点から作品世界を描きたいらしい。貢の造形は病的で不気味。女が帰ったあと、男は椅子を2脚舞台に置き、紙切れを見ながら「男の声」のセリフを棒読みする。後ろ向きで。妙なセリフ回し。何がしたいのか?
三浦雨林(隣屋/青年団)
秋山建一/坊薗初菜/西村由花
「まだ大丈夫ですよ」……どうやら後半の演出家たちは、対話が成立せず、みなバラバラで自分の世界に自足しているさまを描きたいらしい。妹(坊薗)の片足を少し浮かせる等の身体表現の巧みさ。兄妹の対話と、より江の発話を同時多発的に進行させる、等々。見ていて少々苦痛。この演出家は引き出し(技術)はいろいろもっているらしい。が、これがチェーホフならぬ岸田の本を読み込んだ結果なのか。
ここで休憩20分
松浦友(演劇ユニットYOU企画)
佐藤岳/和田華子/岩井由紀子
椅子とテーブル。一場の流れはもっともよく分かるオーソドックスな演出。だが、このままでは物足りない。もっと緻密に仕上げたい。
酒井一途
森一生/小野亮子/新田佑梨
四方型の台上にA4大の紙が敷きつめられている。そのシモテ側の外に椅子が1脚。これは一場では出番のない貢の学友西原敏夫を表すのだろう。……暗い生活(一場)から希望の光が芽生え(二場)、再び光のない生活へと落ち込む(三場)作品全体を表現しえた唯一の舞台。個々の表現の強度が増せば、面白くなるかも知れない。
この日は、正直、もう一度見たいと思う舞台は見いだせなかった。が、最後の演出は抜粋上演にもかかわらず作品全体の趣旨を暗示しえたゆえに、観客賞に入れた。観客賞は酒井一途氏。本選に残ったのは、小野彩加、中澤陽の両氏(二人で演出)が選ばれ、客席から驚きの声が。私もまったく予想せず。
その後、審査員が一人ずつ講評を述べたが、なかには、課題戯曲を読めているのか疑問に思うコメントも。昨年の顔ぶれで審査したらあるいは違った結果になったかも知れない。ただ、今回の趣旨は、「自身の座組を率いてチェーホフ作品を利賀山房で上演する」演出家の選定だった。前回とはその意味で微妙な違いがあるように思われる。いずれにせよ、この場でコンクールが完結する昨年の方式がやはり望ましい。是非、元に戻して欲しい。
前半の上演審査についてはこちら。