シルヴィ・ギエム〈ライフ・イン・プログレス〉 Sylvie Guillem: LIFE IN PROGRESS

ギエムの引退公演を観た(12月18日 19:00/東京文化会館)。

『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド』 In the Middle Somewhat Elevated
振付:ウィリアム・フォーサイス  音楽:トム・ウィレムス(レスリー・スタックとの共同制作)
演出・照明・衣裳:ウィリアム・フォーサイス  振付指導:キャサリン・ベネッツ

上野水香  奈良春夏  柄本 弾
河合眞里  川淵 瞳  入戸野伊織  二瓶加奈子  原田祥博  三雲友里加

まずは東京バレエ団の前座。なんか人形のよう。かたちだけ外からなぞっているような。本作はある種の肉感的な色気が、身体(特に太腿)の質量感が出ないと、ヴァイオレントな音楽がドッシン、ドッシン空しく響く。

『ドリーム・タイム』 Dream Time
振付・演出 :イリ・キリアン  振付助手:エルケ・シェパース  音楽:武満徹 オーケストラのための「夢の時」(1981)
装置デザイン:ジョン・F. マクファーレン  衣裳デザイン:ジョン・F. マクファーレン
照明デザイン:イリ・キリアン(コンセプト)、ヨープ・カボルト(製作)  技術監督、装置・照明改訂:ケース・チェッベス

吉川留衣  川島麻実子  政本絵美
松野乃知  岸本秀雄

悪くない。どこか植物的で日本人に合っている。武満の音楽はドビュッシー風。

『テクネ』 Techně
振付:アクラム・カーン  
音楽:アリーズ・スルイター(マッシュルーム・ミュージック・パブリッシング/BMGクリサリス、
プラサップ・ラーマチャンドラ、グレイス・サヴェージとの共同制作)
照明デザイン:アダム・カレー、ルーシー・カーター  衣裳デザイン: 中野希美江  リハーサル・ディレクター:ホセ・アグード

シルヴィ・ギエム
パーカッション:プラサップ・ラーマチャンドラ  ビートボックス:グレイス・サヴェージ  ヴァイオリン、ヴォイス、ラップトップ:アリーズ・スルイター

闇のなか中央に光る木が見える。最初ギエムが着ぐるみで右脚を上げているのかと思った。そのギエムは、薄闇のなか、地に這いつくばっている。四つ足の生物のよう。やがて二本足で立ち、音楽(ヴォイス)に合わせ、片脚で木を威嚇したりしながら、木と〝対話〟する。面白い。ラストは木が回り始め、この木と〝生物〟は同化する。終始頬が緩んだ。

『デュオ2015』 Duo(new version 2015)
振付:ウィリアム・フォーサイス 音楽:トム・ウィレムス
照明:タニヤ・リュール ステージング:ブリーゲル・ジョカ、ライリー・ワッツ

ブリーゲル・ジョカ、ライリー・ワッツ

音なしで二人の男が息を合わせ絶妙に動き出す。見るからにフォーサイス。シューズと床の擦れる音は久し振りでなんとも詩的。二人の動きは同一ではないが、ある種の対のあり方。途中、オーバーオールに着替えたギエムが下手から現れ、二人に絡みながら上手へ姿を消す。再び二人だけ。音が入るが、弦による高音の音階のよう。上がったり下がったり。半音階も。二人の動きは時間が伸び縮みするような感触。見入ってしまった。

『ヒア・アンド・アフター』 Here & After
振付・演出:ラッセル・マリファント  
照明デザイン:マイケル・ハルズ  音楽:アンディ・カウトン  衣裳デザイン:スティーヴィー・スチュワート

シルヴィ・ギエム、エマヌエラ・モンタナーリ

二人の女性。照明により床に様々な〝場所〟が生み出される。光だけでこれほど変化が作り出せるのか。別の女性と同じ動きをすると、ギエムの強度の高さが際だつ。ラストで舞台奥へ歩いていくギエムの歩き方はなんとも〝男前〟な感じ。

『バイ』 Bye
振付:マッツ・エック
音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノソナタ第32番 Op.111 第2楽章(演奏:イーヴォ・ポゴレリチ
装置・衣裳デザイン:カトリン・ブランストローム 照明デザイン:エリック・バーグランド 映像:エリアス・ベンクソン 
共同プロデュース:ストックホルム・ダンセン・フス

シルヴィ・ギエム

闇のなか中央奥にギエムの顔が映し出される。それはドアより少し大きめのパネルとなり、そこに写る等身大のギエム。このパネル(ドア)の向こうに広がるモノクロの(日常)世界から本人が舞台に出てくる(ように見える)。例のおかっぱ頭にグリーンのカーディガン。芥子色のスカートにソックスにシューズ。ノーマン・ロックウェルが描く少女のよう。以前踊っていた『Smoke』の引用なのか。コミカルだがペーソスのただよう踊りを繰り広げた後、やがて、舞台から、ドア(パネル)の向こうで待っている人びとの地味(モノクロ)だが大切な世界へ去って行く。音楽はベートーヴェンの最後のピアノソナタ第32番から第2楽章(これが最終楽章)。ベートーヴェンはこの楽章でピアノソナタの作曲を打ち止めにした。ギエムのフィナーレに相応しい選曲。
カーテンコールでは、オケピットのフロア(?)がステージのレベルまで上げられ、ギエムは裸足のまま客席のすぐそばに近づいてレヴェランス。花束やプレゼントを受け取る。客はほどんどスタンディング。もちろん私も3階バルコニーから感謝を込めて「あなたのマノン(1999)に出会わなければ、バレエをこれほど観ることもなかったし、バレエからこれほど喜びをもらうこともなかった」と。いつもながらギエムのレヴェランスは素晴らしい。〝男前〟だがかわいいと思わせるのだ(レヴェランスから垣間見える純粋な「心根」がそう思わせるのだろう)。片脚をさっと後ろへ引いて膝を曲げ、一礼する。まるで騎士のよう。立ったまま左手を上げ、右手を上げるあの挨拶――颯爽とし、かつ観客を心から祝福するあの挨拶も、これで見納めだ。
“Life in Progress”――舞台から引退するといっても、人生は進行中。いかにもシルヴィ・ギエムらしい。それだけに、このタイトルに「進化」という訳語が当てられると少し違和感を覚える。もちろんギエムは進化し続けているし、本人もそれを目指しているだろう。だが、それは第三者が評価として使う言葉であり、実演者はただ「前に進む」という意図で、それ以外の意味合いは排除して即物的に“Life in Progress”といったはず。だとすれば、公演名に「進化」の語を使うのはギエムの意に反するのではないか。