松尾スズキ作・演出『悪霊 −下女の恋−』

『悪霊 −下女の恋−』を観た(8月31日 19時/本多劇場)。
NHKの朝ドラ「あまちゃん」人気で、すっかり株が上がった大人計画松尾スズキだが、これは松尾の作・演出で1997年に初演し、2001年に再演した芝居の再々演版。広岡由里子だけは不動だが、初演のタケヒコは松尾スズキが、同じくハチマンは池田成志が、再演のタケヒコは「あまちゃん」の作者 宮藤官九郎が演じたそうだ(それにしてもなぜ宮藤はあんなに面白い連ドラが書けるのか)。

CAST
タケヒコ:三宅弘城
ハチマン:賀来賢人
ナミエ:平岩 紙
ウネハラ キメ/オシダ ホキ:広岡由里子

STAFF
美術:中根聡子/照明:佐藤 啓/音響:藤田赤目/舞台監督:齋藤英明(バックステージ)、幸光順平(ダイ・レクト)/
衣裳:戸田京子/ヘアメイク:大和田一美/映像:上田大樹/演出助手:大堀光威/
制作助手:近藤南美、土井さや佳/制作デスク:大島さつき/宣伝:宇津宮明美(る・ひまわり)/ 制作協力:Little giants/
宣伝美術:雨堤千砂子/宣伝写真:江隈麗志/宣伝衣裳:兼子潤子/宣伝ヘアメイク:大和田一美/HPデザイン:stack pictures
制作&プロデューサー:大矢亜由美

協力:大人計画アミューズ、ノックアウト

主催・製作:(株)森崎事務所M&Oplays


松尾スズキの舞台を見たのは実はこれが初めて。いろいろと勉強させてもらった。

まず、松尾の舞台がいかにアマチュア劇団へ影響を与えているか、 よく解った。つき合いで時折かれらの芝居を見せられるのだが、芝居の中身(の質)より客を笑わせるギャグにすべてを賭けたような舞台が大半で、程度の低い笑い(すべてとはいわないが)や迎合する観客には閉口することしばしばだった。
『悪霊』もギャグ(ネタ)連発で、正直、当初は閉口しそうになったが、なぜかまったく嫌みがない(ただし、再再演ゆえかアップデートされたネタもあったようだが、賞味期限切れも少なくなかった)。なにより、直球で放たれるギャグと芝居の物語(プロット)とが切り離せないのではないか、そう感じたのだ。ウネハラ家の息子タケヒコとその友人のハチマンがお笑いコンビを組んでいるとの設定だから当然ともいえるが、それだけではない。この人物たちの置かれた人間(血縁)関係や状況は、よく考えればそうとう深刻で、どうしようもない(先のふたりは実は腹違いの兄弟で、妾腹の子ハチマンは、義理の兄=嫡男タケヒコが交通事故で車椅子の人となった後その新妻ナミエと関係して孕ませ等々・・・)。普通に演じれば、とても正視できないようなドロドロ話である。その人物たちがまさに全身全霊でギャグを客席に打ち込んでくる。すると、かれらの深刻なドロドロ人生が、笑いに紛れてこちらの身体に入ってくる。そんな感じだった。ただ、救いようのない悲劇を笑いのオブラートで包んでいるというのとは違う。そうではない。切ったら血が出る生身の人間には笑いのネタが有り余るほど見出せる? 他人を笑わせる人間こそ舞台化に値する? 我ひとを笑わせる故に我在り? まあそんな感じである。ギャグと芝居の中身の不可分性は(アマチュア劇団と決定的に違う点)この辺から由来するのかも知れない。ただ、暗転時に映し出される〝警句〟のような字幕は、いまひとつぴんとこなかった(文として練れていないし蛇足のような)。
この芝居は、見ていない人に話の筋を言葉で説明するのがとても難しい。その深刻さは肌で感じたはずなのに。そこから、物語や筋は、絵画でいえば「線」のようなものだと思い至った。画家は風景や人物を線で描いていく(のちに絵の具等で線を消すことがあるとしても)。だが、現実の風景や人物にはそんな「線」など存在しない。線や輪郭は便宜上のものにすぎない。同様に、われわれが生きている「人生」に物語や筋がはじめから存在するわけではない。物語や筋を語ろう(つまり言語化しよう)とした途端、「人生」のある部分を恣意的に選び(言語化し)、他の大半は切り捨てることになる。『悪霊』の筋の語りづらさから、そんなことを考えさせられた。
役者はみな芝居もギャグ芸も関西弁もじつに達者。三宅弘城は『相棒』のシーズン8 第17話「怪しい隣人」とシーズン10 第14話「悪友」に出ていた役者だ。身体の動きも巧みだし、実直な〝不器用さ〟(もちろん演技としての)から独特の可笑し味が出ていた。賀来賢人はてっきり関西人かと思いきや、プログラムに東京出身とあるので驚いた。彼の関西弁は、唯一大阪生まれの平岩紙の京都弁より自然に聞こえたぐらいだ。舞台で自在に振る舞えるタイプ。〝ファブリーズで一儲けした〟(広岡由里子による紹介)平岩は、妙な艶めかしと図太さを感じさせるナミエ像をよく生きた。タケヒコの母と下女の二役を見事に演じた広岡は・・・言語化できない。新国立の『タトゥー』で母親役をやったのは何年前か。とにかく舞台での存在感が尋常ではなく、客席に向かって演技しない(と思わせる)稀少な女優。
いつか大人計画の舞台も見てみたい。