新国立劇場バレエ『ジゼル』全キャスト2017

『ジゼル』の初日マチネ、ソワレ、2日目、そして千穐楽を観た(6月24日 13:00,18:00,25日 14:00,7月1日 14:00/新国立劇場オペラハウス)。
主演はこれで全キャスト(米沢・井澤組は2回)。例によってだらだらとメモする。

音楽:アドルフ・アダン
振付:ジャン・コラリ/ジュール・ペロー/マリウス・プティパ
改訂振付:コンスタンチン・セルゲーエフ
装置・衣装:ヴャチェスラフ・オークネフ
照明:沢田 祐二
指揮:アレクセイ・バクラン
管楽器:東京フィルハーモニー交響楽団

【6月24日(土)13:00】
ジゼル : 米沢 唯
アルベルト:井澤 駿
ミルタ:本島美和
ハンス : 中家正博
村人のパ・ド・ドゥ:柴山紗帆、奥村康祐

【6月24日(土)18:00】
ジゼル : 小野絢子
アルベルト:福岡雄大
ミルタ:寺田亜沙子(※細田千晶より変更)
ハンス : 菅野英男
村人のパ・ド・ドゥ:池田理沙子、福田圭吾

【6月25日(日)14:00】
ジゼル : 木村優
アルベルト:渡邊峻郁
ミルタ:細田千晶
ハンス : 中家正博
村人のパ・ド・ドゥ:奥田花純、木下嘉人

【6月26日(月)14:00】
ジゼル : 木村優
アルベルト:渡邊峻郁
ミルタ:寺田亜沙子(※細田千晶より変更)
ハンス : 中家正博
村人のパ・ド・ドゥ:柴山紗帆、奥村康祐

【6月30日(金)19:00】
ジゼル : 小野絢子
アルベルト:福岡雄大
ミルタ:細田千晶
ハンス : 菅野英男
村人のパ・ド・ドゥ:池田理沙子、福田圭吾

【7月1日(土)14:00】
ジゼル : 米沢 唯
アルベルト:井澤 駿
ミルタ:本島美和
ハンス : 中家正博
村人のパ・ド・ドゥ:奥田花純、八幡顕光

【全日】
クールランド公爵:貝川鐵夫
ベルタ:丸尾孝子

初日マチネ(米沢唯・井澤駿)
バクラン指揮の東フィルは、ヴァイオリン群にやや荒さはあるが(回を重ねる毎によくなった)、悪くない。ハンス(ヒラリオン)の中家が素晴らしい。役への理解、強度の高い動き、仕草、かたちの美しさ。米沢ジゼル。恋、家(母)と恋人アルベルト(アルブレヒト)の間で逡巡。井澤はプレイボーイ振りをそれなりに演じたが、舞台ではもっと増幅してもよい。米沢は強度の高い踊りのなかに柔らかさもあった。バチルドとのやりとりは初役時の解像度がより高い印象。バチルド役の堀口はもっと上から目線の鷹揚さが欲しい。狂気のジゼルはかなり激しい。母(丸尾)が勢いよくアルベルトを突き飛ばす場面は思わず笑ってしまった。村人のパ・ド・ドゥは柴山と奥村。前者は高性能の踊りだが、サポートがからむと少し弱まる。後者のソロは、子供のような勢いはあるがかたちがきれいとはいいがたい。ウィルフリードの清水裕三觔は、貴族の従者らしく一定の気品と主人への気遣いがよく出ていた。
米沢は、今回、特に狂乱場面において、やや不自然なほどの激しさを見せた。初役時では、静かな狂乱だった。もちろん前もって「静かな狂乱」を演じようとしたわけではなかったはず。アルベルト(厚地康雄)や母(西川貴子)やバチルド(湯川麻美子)とのやりとりを経た果てに、思いもよらぬアルベルトの裏切り(しかも彼の婚約相手はバチルド)を知る。そのとき、内から自ずと湧き出た感情に身を任せたら、従来とはまったく異なる「狂乱」になったのだろう。今回、あの時の印象とはまったく違う。ある意味、対照的で、空を切るような感じが拭えなかった。「客観的相関物」objective correlativeという言葉がある。かつて詩人のT. S. エリオットは『ハムレット』を論じるなかで、芸術の形式において感情を表現するには「客観的相関物」を見つける以外に方法はないといった。戯曲の創作と踊りや演技はもちろん次元が異なる。だとしても、この日の米沢は、自分の外側に「客観的相関物」を見出せないまま狂気(の感情)を演じようとしているように見えた。彼女の内にはあのような激しい感情に見合うものがあったのかも知れない。ただ、舞台上のアルベルトや母やバチルドらの存在を「他者」として見出せず、彼らが織りなす「状況」や「一連の出来事」が、みずからの衝迫に釣り合うものとは感じられなかったのではないか。
ミルタ役の本島はさすがに貫禄の存在感。少しほっとした。ハンスの中家は素晴らしい。アルベルトの井澤は、カッコつけずに登場。米沢ジゼルはかなり汗をかいている。死者を演じるにはこの季節は向いていないか。
ソワレ(小野絢子・福岡雄大
ドラマが立ち上がった。小野のジゼルはロマンティックな味わい。福岡のアルベルトは強さと悪振りが際立つ。ハンスの菅野はかたちはともかく対話で勝負。バチルドの本島は上から目線と豪華さ。これら個の力の拮抗が、ベルタ(母)の丸尾も含め、『ジゼル』のドラマを浮き上がらせた印象。ここからみると、マチネでは、個々の(気の)力がアンバランスのため、米沢の役を生きるあり方が、いわば空振りになり、一人芝居の趣になったのかも知れない。オーボエは音は細いがミスはない。ヴァイオリン群はユニゾンで、一人か二人、フレーズ末尾の音程があまくなり、透明度が少し損なわれる。村人のパ・ド・ドゥは池田理沙子と福田圭吾。前者はロマンティックものに合っているとはいえる(彼女が主演したこれまでの舞台はまったく不満だが)。後者は踊りがきれい。盆小原はこの公演で見納めか。
ミルタは寺田。いつものように上半身のフォルムが美しい。本島の容赦のない厳しさはないが、これはこれでよい。アルベルト福岡。小野は大変よい。ヴィオラのソロ(加藤大輔)は意欲的演奏。今回は全体的に『ジゼル』だった。オーボエソロもやはり音はか細いが、アルベルトの悲痛さは出ていた。ヴァイオリン群は和音の部分はよい。小野はゆったりしたカーテンコールがとてもよかった。いつもジゼル(死者)の感じでやれば、せかせかせずに挨拶できるのでは。
二日目(木村優里・渡邊峻郁)
一幕。オケのイントロはベストの演奏。アルベルトの渡邊は、村娘に惹かれる貴族。木村ジゼル、アルベルトに惹かれる村娘。ともに感じがよく出ていた。ハンス中家は申し分なし。ジゼルとアルベルトの花占いの場で、なぜかグッときた。あの音楽。侯爵たち一行のシーン。貝川は本当によくなったと思う。木村はカップに飲み物を注いだあと容器を拭わず、そのままバチルド堀口の豪華なドレスに目を奪われ、頬ずりする。これに対する堀口のリアクションは動きがやや性急。貴族の娘(姫)ならもっと鷹揚でもよいが、木村ジゼルとの関係性においては、これはこれでよいとも感じた。村人たちの踊り。パ・ド・ドゥは奥田花純と木下嘉人。幸福感が充溢した。木下は左右の両回転で、利き足でないとき少し傾いた。奥田もサポートされる部分は少し十全ではなかった。が、そんなことはどうでもよいと思わせるほど、二人は見る者を幸せな気分で満たしてくれる。奥田は村娘然と楽しそうに踊る。木下は奥田のみならず村人たちと絶えず気を通わせながら嬉しそうに踊る。赤い胴衣が二人ともよく似合う。二人のスマイルが劇場全体の空気を変えた。日本でなくコペンハーゲンでブルノンヴィル作品を見ているような気分だった。ハンスの介入でアルベルトの素性がばれ始めたとき、渡邊のちょっとまずいことになりそう、との表情がとてもよい。木村ジゼルの狂気の場は、予測がつかない感じ。花占いの音楽のなか花びらをむしる仕草が最後は泣き崩れんばかりの激しさ。ハンスがジゼルを抱き留め、お母さんはあっちだよ、と指さすシークエンスも、中家は必死で木村の動きを追い、やっと捕まえたような印象。前半の幸福感が一気に悲痛な修羅場と悲劇へ転換する。木村もかなり汗を掻いている。狂気の場面は動きが必ずしも舞台演技として洗練されているわけではないが、見る者を注視させる迫力が、ただ事ではない感じがあった。
二幕。うしろから指揮者に「ブラッボ」の声が。ミルタ役の細川。狐のような顔つきできりりと締まったキレのある踊りと動き。ハンスやアルベルトに踊りを促すときもけっこう激しい。表情はクールだが。マイムもキレがある。ただ、正面後方をシモテからカミテへ移動するとき、シューズ音がかなり大きく聞こえた。脚を痛めているのか。ハンスは踊らされ乱れながら踊る動きにも美が宿る。アルベルト登場。カッコつけすぎず。心はうなだれている感じ。墓を探す。辺りの気配に尋常ならざるものを感じている様子。ウィリー木村は姿が美しい。ヴェールを外された直後のくるくる回り。渡邊にリフトされたりしながら出入りするシーンもよい。アルベルトを庇うジゼル。ヴィオラソロでの二人の踊り。以前はザハロワを想起させたが、もはやそれはない。自分の踊り。まだ改善の余地はあるが、それより、ジゼルを生きるあり方に心を入れている印象。渡邊のソロ。血の通った踊り。アルベルトがウィリーたちに強いられて、過去を悔やみつつ踊る。たいへんよい。鐘の音に耳を澄ますウィリーたち。動物みたい。
千穐楽(米沢唯・井澤駿)
オケは大変よい。全体的に初日より舞台が落ち着いている。米沢も落ち着いて踊っているように見える。アルベルト(井澤)に対してもふつうに対している。踊りはていねいできれい。バチルドとのやりとりもそう。狂乱の場は初日の方が激しかった。初日はジゼルから剣を取り上げたハンス(中家)を指さして嘲るように笑ったが、この日それはなかったか。
米沢は、折り合いをつけ(何に?)落ち着いて演じ、踊っていた。そう見えた。舞台上の人々と間合いをきちんと取り、ていねいに踊る。いま出来ることを精一杯、ていねいにやる。結果、身体を張って(ウィリーに「身体」は変だが)アルベルトを護りきった後、アルベルト(井澤駿)をあるがままに肯定し慈しむように包み込み、墓のなかへ去っていく。その一連の動きには、見る者の胸を打つものがあった。
米沢唯については、『ロミ&ジュリ』以来、ブログにほとんどアップしていないが、東京での公演はほぼすべて見ている。なかでも『眠り』の初日は、こわばった彼女のからだとこころが幕を追うごとにときほぐされ回復していくような舞台だった。「下書き欄」に初日分だけ書いて放置していたが、あとでアップしたい。新国立劇場バレエ『眠れる森の美女』2017 初日 - 劇場文化のフィールドワーク