吉田・マリオット版『ジゼル』の再演を観た(4月10日 木曜 19:00,12日 土曜 13:30, 18:00,19日 土曜 18:00/新国立劇場オペラハウス)。
版の初演(2022年10月)は全5キャスト見たが、今回はセレクティブに3キャストのみ。すなわち小野・福岡組、柴山・速水組、米沢・井澤組の各初日、米沢・井澤組は2回目も。
振付:ジャン・コラリ&ジュール・ペロー&マリウス・プティパ/演出 Production:吉田 都/ステージング&改訂振付 Staging & additional choreography:アラスター・マリオット/音楽:アドルフ・アダン/美術&衣裳:ディック・バード/照明:リック・フィッシャー/指揮:ポール・マーフィー/冨田実里[4/12マチネ]/管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
見た後、それぞれ感想をツイートしたが、以下、その連ツイをベースに加筆修正したい。
4/10 ジゼル:小野絢子/アルブレヒト:福岡雄大/ヒラリオン:木下嘉人/ミルタ:吉田朱里/ペザント パ・ド・ドゥ:奥田花純&水井駿介

再演初日は好い仕上がり。小野はふんわりした柔らかな踊りで狂乱もやり過ぎない。福岡の充実した踊りと演技で、二人の〝対話〟に清新さも感じた。木下ヒラリオンは確かな演技で流れを作り舞台を締めた。楠本ベルタのマイムはペザントにしかと届いた。まるで指し示す手の先に何かが現出したような。ペザントPDDは手堅い奥田と鷹揚な水井のバランスが絶妙。
すらっと伸びた吉田ミルタは芯のある踊りと動きで芸監の期待にしっかり応えた(はず)。福岡はオーボエ(佐竹正史)が奏でるアントレで自己陶酔を排し、ミルタが強いた足技のキレも見事だった。小野は初日の題名役をよく務めたと思う。総じて過剰さを排する節度があり、初演時とも違う品のよい仕上がりが印象的(英国人好みか)。カーテンコールで呼ばれたのは J. ハウエルズだった? とすれば彼の効果かもしれない。
ただし、東フィルは仕上がってない。というか、ペザントPDD前のフルート(K氏)は集中を欠きほころびが(臨席のピッコロと度々のお喋り。バレエを軽視せず、コンサート同様のクオリティを心掛けてほしい)。4/11ツイートに加筆修正
4/12マチネ ジゼル:柴山沙帆/アルブレヒト:速水渉悟/ヒラリオン:渡邊拓朗/ミルタ:山本涼杏/ペザント パ・ド・ドゥ:五月女遥&森本亮介

とりあえずフルートは改善した。K氏が本気を出せば観客は至芸を享受できる。冨田指揮の東フィルは充実の演奏だった。
第1幕の柴山ジゼルと速水アルブレヒトは踊りはともかく、役を生きるあり方が出来ていない。アルブレヒトは、狂乱前後、棒立ちが散見された。初役の渡邊拓ヒラリオンが内から動いて先導すれば違ったかもしれない。
だが第2幕は見違えた。
山本ミルタは強度の高い踊りと弾性ある動きでウィリ軍団を統率。山本には客席からの視線や情動を全身で受けとめうる器量がある。主役を踊るべき。柴山ウィリの登場後のソロはゾーンに入ったような絶品の踊り。オーボエ佐竹の痛切な調べが、ジゼルの死を悼む速水にぴったり寄り添う。ところで、アルブレヒトとジゼル(霊)のやりとりにハープが不在だった(かつてのセルゲイエフ版では上昇アルペジオが霊の動きを表象していた記憶がある)。アダージョも見事。ヴィオラのソロ(小峰航一)も初日よりは好い。速水のヴァリエーションは役の中できれいに踊る。…鐘の音…夜明…消えてゆくウィリたち…ジゼルの霊も…花を残し…フルート(神田勇哉)、ヴァイオリンソロ(近藤薫)が悲しい。グッときた。第1幕の演技はともかく(改善の余地あり)、高水準の踊りでドラマが立ち上がる第2幕なら倫敦へ行ける。4/13ツイートに加筆修正
4/12ソワレ ジゼル:米沢唯/アルブレヒト:井澤駿/ヒラリオン:中家正博/ミルタ:根岸祐衣/ペザント パ・ド・ドゥ:飯野萌子&山田悠貴

中家ヒラリオンが野性的な存在感と確かな演技で悲劇の筋道を示す。米沢ジゼルの登場に大きな拍手。シャイで踊り好きの村娘。動きの全てを注視させるあり方は健在。井澤アルブレヒトとの対話、花占いテーマでもうグッとくる(初演時の前回もそうだった)。この段階で悲劇の予兆を感じさせるのは米沢だけ。
村人や母との対話。ジゼルを生きる米沢。心臓に手を当てるとドキッとした。ジゼル=復帰した米沢の踊りをじっと見守る村人=団員たちに、現実が重なり、思わず心が動いた。内から突き動かされ狂乱の態で倒れるジゼル。アルブレヒトの正体が暴露された後、井澤アルブレヒトの、中家ヒラリオンや中島ウィルフリードとの絡みに男の〝情けない〟様がじつによく出ていた。米沢の渾身の踊りと演技が井澤を極限にまで追い込んだのか。
中田ベルタはジゼル母には少し若く見えるが、母らしさはある。ペザントPDDの飯野は牧歌的、山田は村の兄ちゃん風で好い。弦バスが狂乱でフライングした(棒を持たないマーフィの指揮が分かり難いのか?)。
根岸ミルタは硬質な踊りと高い跳躍で、ウィリ軍団を見事に統率していた。
米沢ウィリは以前ほど死者性に拘っていないように見えた。自分は騙され裏切られたが、情けないほど嘆き悲しむ男を赦そう。必死で踊り演じる井澤(凄まじいアントルシャ!)にやさしく寄り添う米沢を見ながらそう感じた。幕切れのフルート、ソロヴァイオリンはやはり悲しい。
カーテンコールでマーフィが米沢をハグ。こんなの初めて見た。そうか、マーフィは米沢が心臓病を発症した『アラジン』の指揮者だった。あれから10ヶ月。満員の観客は米沢の全幕復帰をスタンディングで喜び祝福した。本当に好かった。4/13ツイートに加筆修正
4/19ソワレ ジゼル:米沢 唯/アルブレヒト:井澤駿/ヒラリオン:中家正博/ミルタ:吉田朱里/ペザント パ・ド・ドゥ:飯野萌子&山田悠貴
2回目の米沢ジゼル。踊り好きの村娘がただ踊る。それが楽しい。ゆったりと自然に。いわゆる「バレエのヴァリエーションを踊りました」感はゼロ。狂乱の場は、あくまでフレームのなかで自由に動く。決してはみ出さない。そう見えた。
2回目ミルタは吉田朱里。伸びやかに踊る吉田にはバレエを見る喜びがある。今回コール・ドは本当に素晴らしい。フォーマーションが見事で見応え充分だ。
米沢ジゼルの精霊、登場直後のソロは初日より軽く見える。中家ヒラリオンは初日ちょっと綻んだが改善した。井澤アルブレヒトとジゼル精霊のからみ、アダージョ…。ヴィオラはフレージングの癖が解消。井澤は終始、打ちひしがれ、必死の態で踊る。幕切れで泣き崩れる井澤アルブレヒト。グッときた。つくづく好い作品だと感じさせる舞台だった。
(今回の公演で東フィルはフルートやピッコロ等に綻びがあった。しかも数回。高音を受け持つ両者のミスはかなり目立つ。舞台上のダンサーたちが必死で踊り演じても、ピットがこれでは公演が台無しになりかねない。従来から東フィルは、他のバレエ公演で演奏する東響や東京シティフィル等と比較しても、開放弦のノイズやアインザッツのフライング等が際立つ。オペラではさほどでないとすれば、バレエ軽視と言わざるを得ない。東フィルや新国立劇場は、こうしたバレエ音楽の演奏クオリティの問題をどう考えているのだろう。ぜひ聞いてみたい。)