新国立劇場 オペラ《ワルキューレ》2021

ワルキューレ》の初日を観た(3月11日 木曜/新国立劇場オペラハウス)。奇しくも東日本大震災から10年目に当たる日だった。帰りの電車でツイートしたメモに少し加筆した感想を記す。

楽劇「ニーベルングの指環」第1日《ワルキューレ》全3幕〈ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲・台本:リヒャルト・ワーグナー/演出:ゲッツ・フリードリヒ/美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ/照明:キンモ・ルスケラ/指揮:飯守泰次郎大野和士(11日・14日・17日・20日)/城谷正博(23日)飯守泰次郎は、昨年12月に手術を受けたため、本作品の規模を考慮し、現在の体調での指揮は困難であるとの判断から降板]管弦楽:東京交響楽団/協力:日本ワーグナー協会/後援:ドイツ連邦共和国大使館+ゲーテ・インスティトゥート東京

長丁場のワーグナーでは食事が気になる。いつもは用意したフードをフォワイエで食べていたが、いまは感染リスクからロビー・フォワイエの飲食は禁止。かといって食べに出て戻るのは40分+35分の休憩では時間的に不安(混んでるかもしれないし)。フォワイエ外のテラスに椅子はあるのか。ボックスオフィスに問い合わせたら、食事の場所に関する指示は届いてないと。たしか小劇場外の池の側にベンチがあったはず。そこで食べるか。花粉が多いなかの〝外食〟はちょっと辛いけど…。

…あれこれ心配したが、劇場内のブリッジに椅子が並べられており、そこで持参のフードを食べた。場外へ出かけていく人もけっこう居たな。 

[出演を予定していた招聘キャストは、緊急事態宣言の延長に伴い、新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置により出演が不可能となり…以下のとおり変更]

ジークムント:ダニエル・キルヒ→(第1幕)村上敏明/同(第2幕)秋谷直之/フンディング:アイン・アンガー→長谷川 顯/ヴォータン:エギルス・シリンス→(1/23 飯守泰次郎×関西フィルワーグナー特別演奏会」(ザ・シンフォニーホール)出演で来日していた)ミヒャエル・クプファー=ラデツキー/ジークリンデ:エリザベート・ストリッド→小林厚子/ブリュンヒルデ:イレーネ・テオリン→池田香織/フリッカ:藤村実穂子/ゲルヒルデ:佐藤路子/オルトリンデ:増田のり子/ヴァルトラウテ:増田弥生/シュヴェルトライテ:中島郁子/ヘルムヴィーゲ:平井香織/ジークルーネ:小泉詠子/グリムゲルデ:金子美香/ロスヴァイセ:田村由貴絵

とても好い公演だった。特に第3幕後半のヴォータンとブリュンヒルデ父娘のやりとりから幕切れまでこころが揺さぶられっぱなし。今回「オーケストラピット内の間隔を確保するため、アルフォンス・アッバスによる管弦楽縮小版」が用いられた。結果、オケに厚みがない分、ドラマのエッセンスがじかに届いてきたし、日本の歌手とオケとのバランスもよかった。〝化け物〟級の声量を誇る欧米のワーグナー歌手だとアッバス版では物足りなかったかもしれない。ただ「ヴァルキューレの騎行」ではさすがに重量感が足りなかったけど。

ジークリンデの小林厚子は初めて聞いたが歌唱に奥行きとメリハリがあり芝居も好い。第1幕のジークムント村上敏明は輝きある歌声(ベルカント)。ちょっと飛ばしすぎたか、後半「ベルゼ」絶叫の一回目はともかく二回目で腰砕けになり、続く「春の賛歌」をあっさり歌ったのは惜しい(このシーン フリードリヒの演出はちょっとショボい)。フンディングの長谷川顯を見るとキース・ウォーナー演出の「トウキョウ・リング」(2001–04)が懐かしくなる。役にぴったりのぶっきら棒で太い歌唱はいまも健在だった。

クプファー=ラデツキーは横暴で身勝手だが妻フリッカには頭が上がらないヴォータン造形が好かった。《フィデリオ》(2018)のドン・ピツァロでは声が埋もれがちだったが、今回はいい仕事をした。特に第2幕の長大で叙事的な語りは聞き応えがあった。日本の歌手との声量のバランスもよい。

池田香織は歌唱の強さと確かさに加え、父を見つめる後ろ姿に父を敬う娘らしさが滲み出ていた。彼女はメゾだよな。サーリアホのオペラ《遙かなる愛》(演奏会形式/2015)は歌手三人で一番好かった記憶がある。藤村実穂子は言葉と音楽を十全に融合させ的確に歌い切る。さすが。たしか藤村は「トウキョウ・リング」のフリッカ役が飛躍のきっかけだったはず。もう約20年が経つのか。

二幕のジークムント秋谷直之はタフな歌声とどこまでもサバイブしそうなあり方は役に合っていた。ヴァルハラについてブリュンヒルデに質問する所は大好きなシーン。日本のアーティストたちがここまでやってくれるとは! とても嬉しい。

何度かのカーテンコールの後、カーテンが降りて、退出順序のアナウンスが始まった。早く帰れと言わんばかりに。が、自分も含め何人かスタンディングで容赦なく拍手し続けたら、カーテンが上がった。初めてかも。歌手をサポートする大野和士の熱い棒が印象的だった。