東京バレエ団『くるみ割り人形』2014/“いまどきの若者たち”のバレエ

大好きなこの音楽を一度も聴かずに年を越えるのもどうかと思い、急遽チケットを入手した(12月20日 14時/東京文化会館)。4階席左バルコニー。

ワイノーネン版「くるみ割り人形」(全2幕)


クララ:沖香菜子
くるみ割り王子:梅澤紘貴

【第1幕】
クララの父:永田雄大
クララの母:高木 綾
兄フリッツ:吉川留衣
くるみ割り人形:中村祐司
ドロッセルマイヤー:柄本 弾
ピエロ:岸本秀雄
コロンビーヌ:金子仁美
ムーア人:吉田 蓮
ねずみの王様:原田祥博

【第2幕】
スペイン:川島麻実子―木村和夫
アラビア:三雲友里加―松野乃知
中国:金子仁美―岡崎隼也
ロシア:伝田陽美―入戸野伊織
フランス:村上美香―河合眞里―杉山優一
花のワルツ(ソリスト):
 渡辺理恵、小川ふみ、二瓶加奈子、崔 美実
 森川茉央、原田祥博、和田康佑、岸本秀雄


指揮:ワレリー・オブジャニコフ
演奏:シアターオーケストラトーキョー


プロジェクションマッピング
 アート・ディレクター:村井保介
 VFXスーパーバイザー:高井了治(studiobokan)
 VFXアーティスト:村山智洋(studiobokan)

主催:公益財団法人日本舞台芸術振興会/東京バレエ団
後援:一般社団法人日本バレエ団連盟

【第1幕】〝プロジェクションマッピング〟でカーテンや紗幕に人物などのキャラクターやイメージの動画を映し出す。特に序曲ではネズミが室内を動き回り、それを住人が追いかけるシーンはコミカルで、会場がなごんだ。カーテン前で上手からクリスマスパーティに出かける人々が下手へ急ぐ。子供たち、ドロッセルマイヤー等々。パーティではピエロの岸本秀雄、コロンビーヌの金子仁美の人形振りがとても生き生きしていた。ムーア人の吉田蓮もまずまず。くるみ割り人形はここでは人間がつとめる。グロースファーターでいったん暗転。カーテン前で、今度は下手から上手へ家路につく人々。女の子は荷物のように抱えられて。やがて、白い紗幕に魔法の煙がもやもやうごめき、幕の向こうで人形たちが動き始まる。ネズミたちと人形たちの戦い。ネズミの王様は恐いどころか、みなかわいい。醜いくるみ割り人形がハンサムな王子に変わるシーンでは、ピエロとコロンビーヌが彼を守るようにスクラムを組む。冬の樅の森でのクララと王子のパ・ド・ドゥは、音楽が喚起する〝崇高と美〟の方向とは異なるが、よいと思う。特にクララの沖香菜子はアラベスクが美しい。いまどきの日本の少女像。王子の梅澤紘貴は、力強さとは別の美点を活かして活躍するサッカー選手内田篤人シャルケ)のよう。オケは特に瑕疵があるわけではないが、フルートやクラリネットをはじめ音質の点で物足りない。たとえば「冬の樅の木」はまずまずだが、日常性から離陸するまでには至らなかった。
【第2幕】スペインの踊りの川島麻実子が素晴らしい。姿態も美しいし、フェッテでは芯の強さが感じられる。一方の木村和夫は転んでしまった。アラビアの踊りの三雲友里加と松野乃知は、前者は色香で、上背のある後者は力強さで魅せた。花のワルツはワイノーネンのままだが、あまりぱっとしない。コスチュームが薄ピンク色なのは桜のイメージか。男のソリストたちはトゥール・アン・レールが十全に出来ない。パ・ド・ドゥは悪くないが、音楽の高揚に見合う振付になっていない。というかあまりチャレンジングでない。梅澤王子のヴァリエーションはなかなかのもの。身体が細いため迫力が出ない憾みはあるが。沖の金平糖の踊りはよかった。詩情が出るまであと数歩というか、その方向では踊っていないのかも知れない。トランジションではプロジェクションマッピングで話の流れを明示できるため、子供でもストーリー展開がよく理解できる。たとえば2幕冒頭で〝空に星々が輝く海上〟を舟でふしぎの国へ向かうとか、2幕の終盤でこの国からクララの家へワープされるようにあっという間に戻っていくシーンなど。
カーテンコールの呼吸はさすがに洗練されている。観客にアナウンスするときも、照明を少し落とし注意を喚起しておこなう。オケのチューニングは、こうして客席に静寂が訪れたあと開始される周到さ。長年の経験で培ってきたNBSのノウハウは、新国立劇場も見習うべきだと思う。
2月に見た『ロミ&ジュリ』でも感じたが、全体的に、これまでの東京バレエ団とはまったく感触が異なる印象。若いダンサーたちが、個を失わず内側から何かを表出しようとしている。バレエだからといって〝いまどきの若者たち〟との地続き感を失うことなく舞台に上がり、踊っている。そんな感じだ。非日常的な美が現出するというわけではないのだが、一つの世界は感取できる。