モリエール台本 音楽付きコメディ《病は気から》北とぴあ国際音楽祭2012/楽しい!/歌手も役者も水準が高い

モリエールの音楽付きコメディ《病は気から》を観た(11月23日/北とぴあ・さくらホール/セミ・ステージ形式/歌詞原語・台詞日本語上演/日本語字幕付き)。北とぴあ国際音楽祭は低料金で水準の高い舞台を提供してくれる。昨年の《コジ・ファン・トゥッテ》は歌手・合唱(北区民混声合唱団)・オケのアンサンブルが絶妙で、気持ちの好いオペラ(コンサート形式)を聞かせてくれた。

作曲:マルカントワーヌ・シャルパンティエ
台本:モリエール
指揮:寺神戸 亮
潤色:ノゾエ征爾
ステージング:宮城 聰(SPAC)
装置デザイン:深沢 襟
衣裳:駒井 友美子
管弦楽・合唱:レ・ボレアード(オリジナル楽器使用)
コンサートマスター:ルイス・オッタヴィオ・サントス
歌手:
マチルド・エティエンヌ(ソプラノ)
野々下 由香里(ソプラノ)
鈴木 美紀子(ソプラノ)
波多野 睦美(メゾソプラノ
中嶋 俊晴(アルト)
エミリアーノ・ゴンザレス=トロ(テノール
安冨 泰一郎(テノール
フルヴィオベッティーニバリトン
俳優:
阿部 一徳(アルガン)、泉陽二(ポンヌフ/ポリシネル/トーマス)、大高浩一(ディアス/ヘラルド)、本多麻紀(ベリー)、牧山祐大(トット
主催・制作:公益財団法人 北区文化振興財団
共催:東京都北区
協力:SPAC-静岡県舞台芸術センター

今回も期待どおり、いやそれ以上にとても楽しい舞台。音楽的にも質が高く、観ていて頬が緩みっぱなしだった。
ステージ上に古楽のオケが陣取り、その後部に急な階段席が設えられている。上方には「医大進学」「留医予備校」の看板が。音楽が始まると、高校の制服を着た歌手や役者たちが次々に登場し階段椅子に陣取る。プロローグは医大の受験を目指す予備校生たちが、「オランダ遠征から凱旋した国王ルイ十四世」ならぬ、「留医(るい)予備校」を讃える歌や合唱曲を、悪さをしながら歌いかつ騒ぐという設定。なるほど。医者を痛烈に批判する本作に相応しい導入だ。
歌手は外国人日本人の別を問わずみな水準が高く、かつ演技もめいっぱいの入れ込みよう。プロローグでソプラノのマチルド・エティエンヌはミッション系の女子校を想わせるブレザー姿でソロを歌ったが、じつに瑞々しく美しい。思わず聴き入った。芝居の部分ではアルガンの長女役に扮し、フランス語はもちろん、第3幕の幕切れでは日本語でも好演した。だが、最も驚いたのは日本人テノールの安冨泰一郎だ。芝居気たっぷりに外国人のテノール歌手と歌比べをおこなうのだが、内から外へ自己を噴射するように堂々と歌い上げる。高音も美しい(ただ、第1幕間劇のセレナーデは、感情過多を演じるあまり、歌唱がミュージカルのような趣きになってしまったのは残念)。安冨と歌を競ったエミリアーノ・ゴンザレス=トロは、バリトンかと思うほど骨太な歌唱だが、柔らかな弱音も自在に歌い分ける。なにより、他の歌手やオケをも巻き込んだ芝居の入れ込みようがすごい。プロローグでゴンザレス=トロの〝彼女〟役を見事にこなしたメゾ・ソプラノの波多野睦美はやはり実力者。歌声に滋味がある。合唱により国王「ルイ」を讃える条りで、看板の「留医」が動いたのには笑った。ステージングは宮城聰、台本の潤色はノゾエ征爾。
このようにプロローグ/幕間劇と芝居が交互に上演され、最後は両者が見事に合体して終わる。役者たちも、主役の阿部一徳や本多麻紀等、みなうまい。
寺神戸亮が率いるレ・ボレアードは、BCJのメンバーがかなり交じっているが、音色はまったく違う。バッハ等の宗教音楽とは異なるのだから当然だが、よりリラックスした世俗的な感触。奏者や歌手たちは聖なる歌唱での緊張(鬱屈?)感を発散させているのかも。ゆったりした響きは、「約1全音低い」当時のピッチを採用したせいもあるのか。
客席は地元北区の住民と覚しい年配が多い。医者や医療を揶揄する台詞に、実感からか、笑い声が頻発した。これだけ音楽的にも演劇的にも質が高く、腹から笑える舞台で、S席がたったの6000円とは(A席は4000円)。北区区民はさらに1000円引きで、学生/25歳以下はS席3000円、A席2000円とのこと。地域と密着した低料金での音楽祭を18年も継続している北区(区民)は素晴らしいと思う。前日に観たマリインスキーバレエの『アンナ・カレーニナ』は2階バルコニーのB席で14000円(会員料金/定価は15000円)だった(マリインスキー・バレエ『アンナ・カレーニナ』/ドラマは立ち上がらず単調/タイトルロールに問題が - 劇場文化のフィールドワーク)。ちょっと考えてしまう。