BCJ第100回定期演奏会【教会カンタータ・シリーズ 全曲達成記念】

バッハ・コレギウム・ジャパンの第100回定期演奏会を聴いた(2月24日/東京オペラシティコンサートホール タケミツ・メモリアル)。この公演でバッハの教会カンタータ全曲録音・演奏が達成された。
公演プログラムに「BCJ定期演奏会 第1〜100回のあゆみ」が掲載されている。それによれば、時系列順「全曲シリーズ」としてスタートしたのが1995年7月(第20回定演)。つまり17年半かけて完結させたことになる。私が聴衆として立ち会ったのは、その半分ほどに過ぎない。
BCJを聴いたのは2003年4月の《マタイ受難曲》が最初だった(第58回定演)。あの年の初めごろBCJのチラシが目にとまり、なぜか無性に受難曲を聴きたくなった。3階の左バルコニーからプログラムの歌詞を見ながら聴いたのだが、エヴァンゲリストゲルト・テュルクがペテロの否認を語る部分など、涙が出てきてしょうがなかった。以来、定期会員として丸10年間聴いてきた。

第100回定期演奏会【教会カンタータ・シリーズ 全曲達成記念】
J.S.バッハ:教会カンタータシリーズ Vol.64
ライプツィヒ時代1730〜1740年代のカンタータ 4〜
 
【13:30〜 チクルス完成記念・特別プレレクチャー】<世界におけるバッハのカンタータ再発見とバッハ・コレギウム・ジャパン>
 講師 : ロビン・A・リーヴァー
15:00〜
プレリュードとフーガ 変ホ長調(オルガン独奏:鈴木雅明
カンタータ《喜べ、贖われし群よ》 BWV 30
——休憩——
カンタータ《わが魂よ、主を頌めまつれ》 BWV 69
カンタータ《いと高きところには栄光神にあれ》 BWV 191

ハナ・ブラシコヴァ(ソプラノ)/ロビン・ブレイズカウンターテナー)/ゲルト・テュルクテノール)/ペーター・コーイ(バス)
鈴木雅明(指揮)バッハ・コレギウム・ジャパン(合唱&管弦楽

オルガンの前奏はいつもは今井奈緒子が、たまに鈴木優人が弾く。今回は雅明氏自身が弾いた。氏によれば、バッハにとって「フランス風序曲は、後半の開始を意味」する。そこで、バッハに倣い「これを後半生の始まりとしたい」気持ちから「プレリュードとフーガ」を自身で演奏することにしたとの由(フライヤー)。たしかに、決意表明のような演奏だった。華やかでしかも若々しい。音符に書き込まれたバッハの精神を、細かい技術的なことなど意に介さず、大胆にかつ豪快に弾いてゆく。こころを打たれた。

今回、合唱はソプラノをIとIIに分けそれぞれ3名ずつ配し、アルト4、テノール4、バス4の計18名。BCJのコーラスは本当に素晴らしい。澄明で輝きがあり、清らかななかに強い意志を感じさせる合唱だ。
ハナ・ブラシコヴァの透明で美しい歌声は、天上の音楽を感じさせる。まるでシャーマンのような歌い手だ。ロビン・ブレイズの晴れやかな澄み切った歌声を聴くと、つい頬が緩んでしまう。この人には大陸系のカウンターテナーにありがちな退廃とは一切無縁だ。さすがに少し年を取ったが(お互い様か)。ゲルト・テュルクは高音についてはかつての伸びやかさに少し翳りがあるが、自在できめ細やかな歌唱。ペーター・コーイは、相変わらずマイペースで時にぶっきらぼうだが、総じて温かみのある歌声。
管弦楽は、いつもは若松夏美がコンサートマスター(ミストレス)だが、今回は寺神戸亮コンマスで、若松は第2ヴァイオリンのトップに回った。オーボエの三宮正満は、ここ数年で随分腕を上げた。フラウト・トラヴェルソの菅きよみはいつもながら素晴らしい。
最後のカンタータ《いと高きところには栄光神にあれ》BWV 191 は「ラテン語によるクリスマス音楽」で、「《ロ短調ミサ曲》BWV 232 のグローリア部分に基づいている」(プログラム)。だから、カンタータといってもバッハ好きなら聴き覚えのある音楽だ。ジャン=フランソワ・マドゥフらのトランペットが曲に華やかさを添え、BCJとは初共演の若いトマ・ホルツィンガーのティンパニも迫力十分。ちょっと叩きすぎの感が無きにしも非ずだが。最後のコーラスによる「アーメン」も終わり、雅明氏の手が止まる。が、BCJの定演にしては珍しく、完全に両手が降りる前に拍手がはじまった。ちょっと残念だったが、長いシリーズが完結した瞬間だ。熱い拍手。何度かのカーテンコールの後、雅明氏がマイクを持って再登場し、挨拶した。プレレクチャーでリーヴァー氏も触れていた(レクチャーを亡くなった小林氏に捧げると)が、国際的なバッハ研究家の小林義武が1月26日に死去したことに言及。曰く、小林先生にも今日の演奏を聞いて欲しかったが、結局、人はみな死に向かって、というか、死を横に見ながら生きていくもの・・・。カンタータシリーズは完結したが、一巡したに過ぎない・・・。最後に神と人の平和を祈ってアンコールを演奏する等々。
その言葉どおり、《ロ短調ミサ曲》の最終曲「Dona Nobis Pacem」(Grant us peace)が演奏された。先のカンタータとの関連からも絶妙な選曲だ。2007年に録音されたCD(丁寧すぎるというか少しマッタリ感があり、メリハリに乏しい印象)よりも力強く演奏者たちの気持ちが腹の底に響いてくるような演奏だった。が、またしても、終曲後の沈黙は現出せず(なぜ指揮者が完全に手を下ろすまで待てないのだろう)。客席はスタンディングになるのかと思いきや(2階バルコニーでは多少見られたが)みな割合冷静に拍手していた(1階席とくに前方は年配の聴衆が多い所為かも知れない。たぶん立ち上がるのが億劫なのだ)。
その後、教会カンタータ・シリーズ 全曲達成記念の小宴(会費1万円)が東京オペラシティ18F「イースト・キャラバン」で催された。二三の歌手等に話を聞くことができた。が、聴衆と歌手・演奏者が懇談するというより、彼/彼女らの打ち上げといった趣きが強かったのは残念。