新国立劇場バレエ団『マノン』2026

新国立劇場バレエ団 (NBJ)『マノン』の初日、2日目ソワレ、4日目千穐楽のマチネとソワレを観た(3月19日 木曜 18:30,20日 金祝 18:00,22日 日曜 13:00,18:00/新国立劇場オペラハウス)。つまり全3キャストの各一回ずつ+米沢・井澤組は二回。

ギエム主演のRB『マノン』(1999 NHKホール)がバレエの魅力にはまる切っ掛けで、以来、NBJをはじめRBやABTなど、日本で上演の『マノン』8公演(今回を含めて9公演)をほぼ全キャストで見てきた*1。とんでもないストーリーだけど、音楽を含めそれぐらい好きな作品。

なぜ好きなのか。自分でもよく分からないが、恋愛悲劇に「聖と悪(俗)」の問題が絡まっている点に惹かれるのは確か。といっても「恋は罪悪ですよ…そうして神聖なものですよ」(漱石)の「神聖」とは少し違う(この神聖は意志を超えた領域に関わる)。マクミランは冒頭にオラトリオ《聖処女(聖母)》から「聖処女の永眠」を、幕切れに同「聖処女の法悦」(被昇天)を使い、マノンを「聖処女」と重ねている。つまり、恋人を裏切ったあげく、売春の廉で流刑され沼地で息絶えるマノンに〝聖性〟を見出そうとしているのだ。その志向が琴線に触れるのかもしれない。

NBJでは初演が2003年、再演が12年、20年と続き、今回で4度目の上演。

ちなみに見る前の〝脳内キャスト〟は——米沢/速水/木下 小野/井澤/福岡 柴山/渡邊/奥村——だった。その理由は次の通り。

速水には今のうちに米沢と組ませて「巧い」から「好かった」へと脱皮してほしいから。米沢マノンには木下レスコー(インテリヤクザ)が似合ってる。

福岡のよさが炸裂するのはレスコーで、デ・グリューじゃない(今回は3幕2場で看守を殺すシーンが一番好かった)。福岡の酔っ払いのソロや愛人との絡みを見てみたかった。小野との関係(井澤=恋人/福岡=ワルのお兄ちゃん)もしっくりくる。

渡邊はレスコーよりデ・グリューの方が… というか、ロバート・テューズリーとドミニク・ウォルシュはこの劇場でデ・グリューとレスコーを交互に踊り、見事だった。渡邊には、速水も、そして井澤にも二役を担えるダンサーであってほしいし、できると思う。

今回注目すべきは、23年前この劇場の初演『マノン』に主演したあのテューズリーがステージングしたこと。なんとも感慨深い*2

初演:1974年/振付:ケネス・マクミラン/音楽:ジュール・マスネ/編曲:レイトン・ルーカス&ヒルダ・ゴーント/新編曲:マーティン・イェーツ(2011年)/美術・衣裳:ニコラス・ジョージアディス/照明:沢田祐二/監修:デボラ・マクミラン/ステージング:ロバート・テューズリー/指揮:マーティン・イェーツ/管弦楽:東京交響楽団

以下、見た回ごとにメモする。振付・音楽に関しては2020年(新国立バレエ)2014年(ABT)に長々と書いた。そこで未言及の楽曲も多々あるから、重複を恐れず以下で触れたい*3楽曲名等はイタリックで表記)。

【初日】マノン:小野絢子/デ・グリュー:福岡雄大/レスコー:奥村康祐/ムッシューG.M.:中家正博/レスコーの愛人:木村優里/物乞いのリーダー:水井駿/娼家のマダム:湯川麻美子/看守:小柴富久修

冒頭「聖母のとわの眠り」の弦楽はとてもよい。トランペット、オーボエはウォームアップ不足か。本作のかなめといえるチェロ(伊藤文嗣)のソロは素晴らしい。

デ・グリューの自己紹介ソロは体調が万全でない? これまで、福岡デ・グリューにはスポーティすぎるきらいもあったけど、踊りはよかった。出会いのパ・ド・ドゥも十全とはいえないが、ベッドルームPDDはよかった。小野は好いと思う。

奥村レスコーは粗雑で荒っぽい近衛兵。踊りや演技の細部まで粗雑になったのは残念。

愛人木村はとてもよい。木村と奥村レスコーの絡みは悪党と愛人の関係がよく出ていた。物乞いのリーダー水井もよい。

娼館の踊る紳士(小野寺、原、森本亮介)は歌曲「カプリの歌」で軽快かつ洒脱に踊る。ここはいつも、アシュトン版『シンデレラ』の舞踏会で王子の友人四人が踊るシーンを想い出す。どちらも見ていて気持ちが好い(娼館と宮殿では大違いだが)。マダム湯川の高級娼婦を仕切る器量と豪快さは、場のムードを高めた。

小柴は「看守の部屋」(3-2)でのマノンとの絡みや演技はよいが、「港」(3-1)の立ち姿等に改善の余地あり(というかキャスティングが違うだろう)。

福岡は看守を殺すシーンがとてもよかった(やはりレスコーが合っている)。

「沼地」のパ・ド・ドゥでグッときた。

初日の硬さゆえか、全体的な印象はいまひとつか。

【2日目ソワレ】マノン:米沢 唯/デ・グリュー:井澤 駿/レスコー:渡邊峻郁/ムッシューG.M.:中家正博/レスコーの愛人:木村優里/物乞いのリーダー:石山 蓮/娼家のマダム:関 優奈/看守:小柴富久修

1幕1場「パリ近郊の宿屋の中庭」米沢マノン、人物造形の驚異的な一貫性。兄やGMらにリフトされるときの軽さ。デ・グリューとすれ違うときチラッと見るけど、それだけ。

オペラ《アリアンヌ》1幕「アリアンヌのメロディ」でデ・グリューが挨拶のソロ(ヴァリエーション)を踊る。井澤はノーブルではあるが、孔雀が羽を広げて求愛するような伸びやかさもほしい。米沢マノンは出会いのPDD も初めはあまり気乗りしない感じから、少しずつ快くなり、次第に喜びが高まっていく。「エレジー」の調べのなか、何度もデ・グリューはリフトし、マノンはリフトされて、ふたりが同じ方向(シモテ)を向いて静止する…グッときた…その先に悲劇が待っている、音楽がそう語っている。

場面転換でオペラ《サンドリヨン(シンデレラ)》「王女達の行進曲」が奏され1幕2場「パリ、デ・グリューの下宿」(ベッドルーム)となる。マノンの主導から歌曲《愛の詩》第3番「きみの青い目を開けよ」のPDDへ… ベッドへ飛び込む、喜びの絶頂…

レスコーが父宛の手紙を出しに行った直後、レスコー(渡邊)とGM(中家)が《サンドリヨン》「貴族の娘達」の音楽で登場。豪華な衣裳に身を包み… 「とても遅いワルツ」(ピアノ曲の管弦楽版)の音楽でトロアが… 兄に耳打ちされ、GMを焦らし、その気にさせる手管! ムラムラしてきたGMの傍を通り過ぎるとき、彼の腿にさりげなく触れる米沢マノン! ベッド際で火が付いたGM…レスコー兄に助けをもとめ…GMから金を受け取る兄…毛皮のコートを着たマノンは去る前にベッドに手を当て、頰ずりし…GMと連れだって立ち去るときデ・グリューが出て行った方(シモテ)をチラッと見る。…

2幕1場「高級娼家でのパーティ」音楽は《アルザスの風景》「酒場で」。豪華で頽廃的な群舞の中央でクキクキ踊る娼婦は少年(小姓?)に扮した五月女遥。12年の再演からずっとそう。これほどキレよく踊れるのは五月女しか居ないか。この〝少年〟娼婦にむしゃぶりつく大柄の客は趙載範! …酔った渡邊レスコーに肩を貸しながら場違いな井澤デ・グリュー登場。レスコーの泥酔ダンスと木村愛人のPDDはオペラ《クレオパトラ》3幕「カルデア人の踊り」。…二人の娼婦(直塚・根岸)のケンカ直後、GMと連れ添うマノン登場。水を得た魚のような米沢マノンのソロ、音楽は《絵のような風景》「バレエの調べ」。ソロの終わりでカミテ奥の趙(客)がマノンを持ち上げ、いろんな男に次々リフト(値踏み)されるシークエンスへ。音楽はヴェリズモ・オペラ《ナヴァラの娘》間奏曲「夜想曲」。価値の高い女(モノ)を扱う男たち…

GMがグラスをデ・グリューに渡すとき、落としかけるも中家が素早くキャッチ…その後の井澤は工夫があってもよい(そのグラスは愛するマノンを金で買った男の飲み残し)。…デ・グリューと二人きりになったマノンは、彼の苦しむ姿に感情を露わにする(米沢マノンならでは)。出会いPDDで奏された「エレジー」再び。マノンが出て行ったあとのデ・グリューは歌曲「雨が降っていた」のオケ版で苛立ちと苦悩をソロで踊る。…

デ・グリューがカードで〝いかさま〟する…左手を伸ばし上着のポケットを探る…それを娼婦らが後ろから見る位置は以前より近い? 

…木村愛人は渡邊より奥村レスコーの方が、〝その場で生きる〟感が顕著だった。

2幕2場「デ・グリューの下宿」…荷造りするデ・グリューはオラトリオ《イヴ》第1部 前奏曲。弱音の弦楽が厚みを増し…オペラ《グリゼリディス》アリア「彼は春に去ってしまった」…チェロの旋律でブレスレットPDDへ… 高価なドレスを持っていく、行かないの争い。…元神学生のデ・グリューは右手を天高く上げ、今度は左手を高く…この世(地)の富に固執するマノンはその手を下ろさせる… 天と地の抗争。ブレスレット(富/虚飾)を誇るマノン。それをデ・グリュー井澤は外そうとするが外れなかった…

前場でデ・グリューに斬られた腕を包帯で巻くGMが縛られ傷ついたレスコー(渡邊)と警官たちを従え登場…オペラ《クレオパトラ》3幕「スキタイ人の踊り」…GMに打擲され撃たれる兄、駆け寄るマノン。兄の腹から血が…。連れ去ろうとするデ・グリューを払いのけるマノン…

オペラ《ドン・キショット》序曲を前奏に 3幕1場「港」の幕が開く… デ・グリューの顔まで汚すの初めて見た。落ちぶれてぼろぼろでも、1幕同様歌曲《田園詩》第5番「黄昏」であのステップを踏むマノン…。

3幕2場「看守の部屋」…辱められたマノン…ご褒美のブレスレットに怯えるマノン…井澤デ・グリューは看守の殺し方にもっと激しさがほしい。その後の踊りも。

3幕3場「 沼地」前半でマノンは上体を起こし、これは…なに?…まざまざと(客席の宙空を)見る、走馬灯のように浮かんでは消える過去のさまを。この動き、初めて見た。

マノンは天に向かって飛び上がり、それを受けとめるデ・グリュー、何度も。やがて力尽き、地に横たわる。マノンの背中と大地の間に身体を入れるデ・グリュー。この動作の意味を理解した上でやっているように見えた(ステージングはテューズリー)。

今回、米沢のからだに〝気〟がみなぎっていた。

【楽日マチネ】マノン:柴山紗帆/デ・グリュー:速水渉悟/レスコー:木下嘉人/ムッシューG.M.:中家正博/レスコーの愛人:山本涼杏/物乞いのリーダー:上中佑樹/娼家のマダム:湯川麻美子/看守:渡邊拓朗

「聖母のとわの眠り」の音楽後半で幕が上がると、闇のなか黒マントを羽織り帽子を被った木下レスコーが座したまま正面(客席の先)を向いている。このレスコーはスタチュー(死者)なのか。…賑やかな音楽に変わり、人物たちが動き出すと、レスコーもドラマに加わる…(『仮名手本忠臣蔵』大序冒頭の人形振りを想起)。殺されたレスコーの妹(マノン)は〝転落〟した果てに聖母のように被昇天しようとする(ように見える)が叶わない。そのドラマがいま始まる…

レスコーは木下の造形が最も腑に落ちる。愛人の頰を張り…酩酊して踊る…つねにレスコーだ。ワルで知的な近衛兵… 狂言回しのインテリヤクザ。1幕1場のソロの足技に見応えがあった。…《劇的風景》組曲第3番「フィナーレの情景」…脚が交互に素早く動く(ように見える)のは木下だけ。山本愛人は少し元気がよすぎの感ありだが、木下レスコーとの絡みとPDD(「カルデア人の踊り」)では、ペーソスは出ないが面白い。

…速水デ・グリューの自己紹介ソロ、今回では踊りとして一番よい。かたちもきれいだし、うまいが、なんか足りない。陰影(メリハリ)? その踊りから出てくるもの(マノンへの思い)が視えにくい(役を生きる相手なら出るかもしれない)。

柴山マノン、デ・グリューが初めて視界に入ったときけっこう長めに見た。リフトされる柴山は重そうに見える。リフトされ方はマノン造形を左右する(2-1でマノンソロのあと屈強な客(趙)がマノンを持ち上げるとき珍しくよろけたのも、体重の問題ではなさそう)。

ベッドルームPDDはよい(トランペットが少しへたったが)。ただ、柴山マノンはデ・グリューとの恋の絶頂からGM(贅沢な愛人生活)への移行が急変というか(実際そうだけど)、(心理的)プロセスが視えない。見えなくとも小野のように、マノン像の説得性(内的必然)があればよいが。

原作小説ではマノンの内面はわからない、すべてデ・グリューの語りを老貴族が書き取った設定。つまり読者には、デ・グリューを通して見たマノンしか与えらない。とはいえ、ダンサーがマノンとして動き踊るには、解釈が必要となる。さもないと、ダンサーは舞台で〝生きる〟ことができないはず。

3幕1場「港」…速水デ・グリュー、看守(渡邊拓朗)に目を付けられたマノンを庇う。マノンへの熱い思い… オペラ《サッフォー》第4幕「1年間あなたの妻でした」に見合う、気持ちの入った踊り。連れ去られたあとを、思い切り追いかける。グッときた。拓朗看守はとてもよい。

3幕2場「看守の部屋」…速水デ・グリューが看守を殺す。そのあとの毛羽立った内側を感じさせる激しい踊り。とてもよい。

3幕3場「沼」走馬灯。1幕1場で出てきた鼠取りの男が近づく。それを柴山マノンは直接見る(米沢マノンは見ない/小野マノンは…)。柴山マノンただ上へ飛び上がり、速水デ・グリューそれを受けとめる。それも悪くない。

速水は『ジゼル』同様、尻上がりによくなった。スロースターターなのか。

【楽日ソワレ】マノン:米沢 唯/デ・グリュー:井澤 駿/レスコー:渡邊峻郁/ムッシューG.M.:中家正博/レスコーの愛人:木村優里/物乞いのリーダー:石山 蓮/娼家のマダム:関 優奈/看守:小柴富久修

冒頭の前奏曲はとても美しい…「聖処女(聖母)のとわの眠り」を〝祈る〟音楽で幕が上がり、このあと「聖処女の(被昇天の)法悦」の音楽で幕を閉じる…

1-1 米沢マノン登場。まず兄(渡邊)にサポートされリフトされる。次にGM(中家)にされる。振り子のように軽やかに。かつ気持ちよさそうに。

井澤デ・グリューの自己紹介ソロ。2日前より伸びやかで、井澤の個性に見合う心情の籠もった踊り。とてもよくなった。

その後のパ・ド・ドゥも、井澤ソロの好さ(思い)が米沢に伝播したかに見える。米沢のリフトされるあり方は、人形のような軽やかさ、と同時に自分をリフトする相手のあり方を感じつつ(と思わせる)。顔と顔の近さ。次第に喜びが高まっていく。

1-2 ベッドルーム、チェロが印象的な「サンドリヨンの眠り」から歌曲「君の青い瞳を開けてよ」のPDDへ。喜びが内からどんどん湧き出てくる。その音楽・振付に見合う踊りだった。

…レスコーとGM登場。マノンは下着姿だからと戸惑いを兄に… そこに毛皮のオーバーが…そのなかへ飛び込むようにからだを入れる… 次第にその豪華さに魅了されていくマノン… 官能的なトロア開始。兄の耳打ち、おまえ(妹)の色香で焦らしやれ… 火が付いたGM… ちょっとこの人やりすぎよ、兄さん… 素早く毛皮の方へ… 私はこの(毛皮)ためだから… すべてが舞台の〝いまここ〟で動機づけられ、マノン(さらにレスコー、GM)の行動が自発的かつ必然的に見える。三階席からでも、舞台の時間と空間を秒単位・ミリ単位で経験しているかのようだった(米沢の舞台に眼が離せない理由)。

…帰ってきた井澤デ・グリューと渡邊レスコーの争いは《劇的風景》「前奏曲(テンペスト=あらし)」の音楽で。

2-1 つねに男は女を値踏みする。…チェロ群のメロディ「バレエの調べ」でマノンのソロ… カミテのテーブルでグラスが床に落ちると、もう…ったく、とマノンがテーブルへ(アクシデントも自然に対処)…

踊る紳士の中島瑞生、小川、李… 2日前よりよくなった。小川は踊りがテューズリーに似てる?

3-1 …憔悴した米沢マノン、マノンを庇い守ろうとする井澤デ・グリュー。その必死さ。

この後の転換で、2011年にイエイツが加えた間奏曲が奏される(ピアノ曲集《七つの即興曲》第3番「悲しく非常にゆっくりと」を弦楽化した曲)。チェロの深い音色が印象的な、悲しく美しい音楽だ。

これまで「あってもよいが無くてもよい」と書いてきたが、本当はやはりない方がよい。今回そう思った。続く「看守の部屋」と「沼地」の場面を考えれば、ここで静かに悲しむのはおかしい。拉致されたマノンをデ・グリューが死に物狂いで追いかけた直後、観客は、当然、胸がざわつくだろう。新編曲の2011年以前なら、心穏やかでないまま「看守の部屋」のおぞましい出来事(辱めと殺人)を目の当たりにしてきた。それを、間奏曲の「非常にゆっくりした」「悲しい」音楽で鎮めてしまうと、ドラマが生み出す感情の流れを阻害することになる。マクミランなら、反対したと思う。

3-2「看守の部屋」の見ていられないシークエンスが演じられ、踊られるのはこんな歌詞のついた音楽だった…

「これが私の運命なのね 愛を与えること――でもそれは、私の魂か唇かを奪おうとする人たちへ ああ!…あなたが苦しんでいるなら 私が穢れているのなら ふさわしくない私を どうか責めてください」オペラ《ドン・キショット》4幕 デュルシネの歌

井澤デ・グリューがオラトリオ《エヴァ 》(イヴ)「呪い」の音楽で看守を殺し、踊る… 前回より激しさが増した。

3-3「沼地」走馬灯の場面、やはり米沢マノンは身を起こして見てる。前回と見方は違うけど。…音楽「聖母の法悦」(被昇天)が奏され、米沢マノンは天に向かって回転しながら飛び上がり、井澤デ・グリューをそれを受けとめる。何度も。…マノンは地に倒れ、デ・グリューはそれを阻止しようとするが、息絶える。井澤の嘆きは前回より大きかった。…

それにしても編曲のレイトン・ルーカスとヒルダ・ゴーントの功績は計り知れない。イエイツの新編曲は、以前より洗練され美しいとは思う。それはいい。ただ、2012年以降、プログラムから二人の名前が消えたのは、やはり残念というほかない。

キャスト表は以前(2012年まで)のように、ねずみ捕りの男、警官隊長、人夫等々まで、すべて記してほしい。

2年前来日したパリオペラ座『マノン』(NBS)の配役表には、すべての役名とダンサー名が各場ごとに記載され、同じ人物が複数の場に登場するときは役名のみ記された。これで、どの役を誰が踊るかだけでなく、どの場にどんな役名の人物が登場するのかも分かる。舞台を理解するうえで、大いに役立つだろう。

新国立も、以前の販売プログラムには記されていた。無料配布プログラムで無理なら、ネット配信キャスト表にぜひ。

   

これまでの『マノン』感想メモ。

1999年の英国ロイヤルバレエと2003年の新国立劇場バレエ団公演はメモがない(見始めの頃はメモする習慣がなかった)。

2011年 小林紀子バレエ・シアター(島添/テューズリー/奥村)

2012年 新国立劇場バレエ団(小野/福岡/菅野)

2012年 新国立劇場バレエ団(ウェッブ/C.ウォルシュ/古川和則)

2012年 新国立劇場バレエ団(本島/山本隆之/福田圭吾)

2012年 新国立劇場バレエ団(小野/福岡/菅野)2回目+総括

2013年 小林紀子バレエ・シアター(島添/ワトソン/奥村)

2014年アメリカン・バレエ・シアター(ヴィシニョーワ/ゴメス/シムキン)

2014年アメリカン・バレエ・シアター(ケント/ボッレ/コルネホ)(セミオノワ/ジェームズ・スターンズ/ホワイトサイド)

2020年 新国立劇場バレエ団(米沢/ムンタギロフ/木下)(小野/福岡/渡邊)

2024年 パリ・オペラ座バレエ団(ジルベール/マルシャン/レガサ)(パリエロ/モロー/ムーラ) 

*1:1999年4月英国ロイヤルバレエ公演(NHKホール)で見たのはギエム/コープ/ムハメドフの回のみだが、これで一気に持っていかれた。そのあと日本での上演を見たのは次の通り。2003年10月 新国立バレエ フェリ/テューズリー/ウォルシュ 酒井はな/イレール→ウォルシュ/テューズリー オスタ/マトヴィエンコ/小嶋直也、2005年7月 英国ロイヤルバレエ(東京文化) ギエム/ムッル/サモドゥーロフ バッセル/ボッレ/ハーヴェイ コジョカル/コボー/セルヴェラ ロホ/コープ→テューズリー/マルティン、2011年8月 小林紀子バレエシアター(新国立オペラ) 島添亮子/テューズリー/奥村康祐、2012年6月 新国立バレエ 小野/福岡/菅野 サラ・ウェッブ/コナー・ウォルシュ/古川和則 本島/山本隆之/福田圭吾、2013年8月 小林紀子バレエ 島添/エドワード・ワトソン/奥村、2014年2-3月 ABT(東京文化) ヴィシニョーワ/ゴメス/シムキン ケント/ボッレ/コルネホ セミオノワ/ジェームズ・スターンズ/ホワイトサイド、2020年2月 新国立バレエ 米沢/ムンタギロフ/木下 小野/福岡/渡邊 米沢/井澤/木下(コロナ禍で中止)、2024年2月 パリオペラ座(東京文化) ジルベール/マルシャン/レガサ パリエロ/モロー/ムーラ ウルド=ブラーム/ガニオ/サリ*(*この回のみ未見)。

*2:2002年のNBJ初演『ロミ&ジュリ』もテューズリーが主演(ジュリエット:デュランテ/マーキューシオ:熊川哲也)し、デ・グリュー役では05年のRB来日と11年の小林紀子バレエシアターでも踊った。どの舞台も素晴らしかった。

*3:音楽については、これまで新国立の初演プログラム(2003)に掲載された髙橋英郎氏のコラムを頼りにCDをあれこれ買いもとめ、どの曲がどの場に使われたかを調べていた。今回は、榊原律子氏のコラム(『ジ・アトレ』2012年3月号)、特に井田勝大氏の作成資料を参照することができた。マーティン・イエイツの新編曲版が2012年に初めて新国立劇場で上演されたとき井田氏は副指揮者を務め、2019年11月の「バレエ・カレッジ」で『マノン』の音楽を取り上げた。聴講はしていないが、知人から配布資料を入手。修正の必要箇所もあったが、大いに参考となった。