BCJの《マタイ受難曲》初日を聴いた(4月18日 金曜 18:30/オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル)。感想メモを翌日ツイートしたが、字数を気にしてつい舌足らずになりがち。以下、その連ツイを基に加筆補足する。
#166 定演 受難節コンサート2025 J. S. バッハ《マタイ受難曲》BWV 244/指揮:鈴木雅明/エヴァンゲリスト:吉田志門/ソプラノ:ハナ・ブラシコヴァ、安川みく/アルト:マリアンネ・ベアーテ・キーラント、青木洋也/テノール:櫻田 亮/バス:ヨッヘン・クプファー、加耒 徹/合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
2003年以来、鈴木雅明(後年は優人)指揮の《マタイ》を毎年聴いてきたが、これまでと印象が違う。イエスにオペラもよく歌っているヨッヘン・クプファー(2003年マタイではバスⅡ)、アルトⅠにカウンターテナーでなく女声のマリアンネ・キーラント、若い吉田志門の素朴だが奥行きある福音史家等が相乗し、新鮮に響いたのかも知れない。いずれにせよ、洗練とは一線を画す、古風な、あくまで地上から天を臨む(当然だが)人間的な、初心にかえったような演奏(古楽が流行る前の往年の音楽家の精神を古楽で引き継いだような)。
福音史家の志門は昨年の《ヨハネ》より成長していた。あの時かなり不安定で力みがあり、感情をうまくコントロール出来ていないように見えた。今回も受難の事柄を聴衆に手渡すより、受難/パトスの感情/パトスを自ら味わいがち(ヴィブラートが細かくなる)だが、集中と臨場性は高かった。彼は第Ⅰ群が歌うときその方を向く(初めて見た)が、これはオペラの演奏会形式を想起させる。クプファーは容赦ない声量でイエスの言葉を厳しく歌う一方、「わが心よ、自らを潔めよ」(65番)等のアリアでは温かい歌唱で魅せた。アルトのキーラントはより強度がほしい所もあるが、今演奏の(人間的)志向には合っていたともいえる。

ハナ・プラシコヴァと管きよみのトラヴェルソ共演「愛により」(49番)は本作の頂点といえるが、この夜も名演が聴けた(ハナの声は年齢とともに多少天上から地上に降りてきたが)。プラシコヴァは自身の歌と言葉が喚起する情動に巻き込まれない稀有な歌手。いつもシャーマンを想起する。櫻田亮のレチタティーヴォとアリア「耐え忍べ!」(34番)は素晴らしかった(ただし「忍耐と沈黙」を教える歌詞はつねに20世紀の災厄ショアーと反動的イスラエルを想起させ、モヤモヤする)。加耒徹のアリアは端正だった。ペテロや祭司長等も好かったが、ピラト妻のひと節(藤崎美苗)は妙にリアルだった。合唱のみならずオケにも若手が散見され、Ⅱチェロの上村文乃やヴィオローネの布施砂丘彦はパワフルな演奏で音楽に生命を吹き込んだ。優人氏の組立式パイプオルガンは受難曲に華やかさを添えた。なにより終演時の沈黙が保たれたのは、本当に喜ばしい。
BCJ 初体験が22年前の《マタイ》だった。2003年春、米国ツアーから帰国したメンバーたちはこのオペラシティで意欲的な演奏を披露した。今回そこで歌ったクプファーと、当時を知らない若手の台頭を同じ舞台で見るにつけ、感慨深かった。