五戸真理枝 作・演出『わたしの紅皿』の初日と中日を観た(3月19日 水曜 19:00,25日 火曜 14:00/劇団銅鑼アトリエ)。
「紅皿」は西日本新聞が1954年に開設した女性投稿欄のこと。10年間に寄せられた3000篇のうち戦争関連300余から42篇を収録の『戦争とおはぎとグリンピース』(西日本新聞社、2016)が今回の素材。
こころが動いた。あの投稿からよくここまで掘り下げ、史的文脈を補い、舞台化したと思う。
舞台から色々と考えさせられた。戦争の〝加害と被害の問題〟もそうだが、個人的に安克昌の『心の傷を癒やすということ——大災害と心のケア』やハン・ガンの『少年が来る』等の小説群を読み進めるなかで生じた「心的外傷と回復」(ハーマン)への興味関心がさらに深まった。
ただ、全員で朗唱する場面は当時の初頭教育を彷彿させて興味深いが、その都度、直前のやりとりを吟味する余白が狭まる印象から、少し混乱した。それも含め、もう一度見たくなり中日マチネを再見(アトリエはご近所さんだし)。舞台は初日より〝育って〟いた。
以下、例によってだらだらメモを記す(時系列や前後関係は2回見てもあやしい)。
作・演出:五戸真理枝/美術:長田佳代子/照明:鷲崎淳一郎/音響:坂口野花/衣装:宮本宣子/舞台監督:長沼 仁/演出助手:柴田愛奈/舞台監督助手:大竹直哉/衣装スタッフ:中村真由美/音声ガイド:佐藤響子/タブレット字幕:舞台ナビLAMP/イラスト:さいとうりえ/宣伝美術:山口拓三(GAROWA GRAPHICO)/制作:平野真弓/助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))独立行政法人日本芸術文化振興会/共催:板橋区立中央図書館/後援:西日本新聞社
谷川さほ(ひろ子の祖母):谷田川さほ/田ノ浦光雄(小学校教諭)&森本至(正幸の戦友):館野元彦/松橋美津子(ひろ子の母):竹内奈緒子/松橋恭介(ひろ子の父):久保田勝彦/高山正幸(ひろ子の夫):野内貴之/松橋ヨシ子(ひろ子の義姉):福井夏紀/高山ひろ子(主婦):宮﨑愛美/野中朝子(隆志の婚約者):齊藤美香/杉坂清(正幸の戦友):伊藤大輝/松橋隆志(ひろ子の弟):中山裕斗
セット(長田佳代子)は高めの白っぽい舞台で両側に赤の台が段違いに設えられ、後方にキッチンの有孔パネルに似た同色のパネルが三枚。何かを象ったものか。孔に赤の×印が点在している。地図に記された爆撃跡の印か、千人針をイメージしたものか。カミテの少し大きめのパネルには旭日旗が描かれているが、線画のため〝どぎつさ〟はない。
舞台に小さなラジオが置かれ、リアル放送が聞こえている。開演時には係の人がスイッチを切り、諸注意後に持ち去った。芝居の小道具ではない。とすれば、つねにアクセス可能なネットメディアに慣れた観客を、当時の、敗戦から9年後の感覚にチューニングさせるためかもしれない。
壁に映し出された投稿「鳥目」を劇団員がリレー式に読み、あれこれ話し合っている。なんで夜に水を汲みに行ったのか、鳥目なら昼に行けば塹壕に落ちることはないのに。それは昼間だと敵の米兵に狙われるから。復員後まもなく結婚したとあるから、2人はたぶん知り合いの同級生で…。
鳥目 高山ひろ子
私たち夫婦は、結婚して八年余りになります。それは、主人が復員してまもなく結ばれたからです。
私と主人は、至って幸福に暮らしています。これまでの間に、生活に風波など一度もありませんでした。私たち夫婦にとってただ悲しいことは、子供のないことなのです。
それともう一つは、主人が戦争の恐怖からまだ逃れられないで、何かにおびえているようなときがあることです。もう戦後九年を迎えようというのに、主人は深夜になると身ぶるいします。深夜、ものに憑かれたように突然私をゆり起こしては、恐怖につかれた子供のように呆然とするのです。
「どうなすったの……」
「塹壕に落ちたんだよ」
「まあ、いやねえ。早くお忘れなさいよ」
私はいつもこういって、主人を慰めているのです。あの激戦の中で、鳥目である主人は、夜が来ると一寸さきも見えなかったのです。斥候に行って、その都度塹壕に落ちたそうです。
ある夜、水を汲みに行って、それも比島(フィリピン)のジャングルの中の二百メートルもある谷底から汲んで帰り道に、つまずいて、折角苦労して汲んだ水をこぼしてしまったそうです。その当時の苦労と恐怖がまだ、主人の頭脳から忘れさらないのでしょう。
1954(昭和29)年2月28日[実名は 平川由記子 主婦・32歳 熊本県下郷村]
芝居(劇中劇)はひろ子(宮﨑愛美)の実家に家族が集う正月の場面から。女たちがお椀を箱に仕舞っていると、ひろ子の母(竹内奈緒子)登場。様子がおかしい。息子(ひろ子の弟(中山裕斗))に自衛隊(保安隊 改め)を志願したいと言われ、戦争で長男を亡くした母は嘆いているのだ。他にひろ子の父(久保田勝彦)や祖母(谷田川さほ)、戦死した兄の妻(福井夏紀)や弟の婚約者(齊藤美香)等が、まもなく発足する自衛隊について意見を言い合う。世代間のギャップが露わに…。
ひろ子は夫の正幸(野内貴之)と帰る途上で下駄の鼻緒が切れる。下駄も古いが着物も一番古いのを着てきたと。なぜか。夫を亡くし女手一つで二人の子を育てる兄嫁への気兼ねから(子のないひろ子はかつて綺麗な着物を兄嫁から妬まれた)。そこへ小学時代の恩師田ノ浦先生(館野元彦)に呼び止められる。正幸の代は戦死者が多いから覚えていると。ひろ子は別の女生徒と間違われる。別れたのち正幸が吐露する教諭への冷評(戦場体験を免れた上の世代への複合感情か)。
帰宅後、妻は寝床で新聞を読むが、いつの間にか寝入り、夫は自分でお酒を一本つけ手酌で飲み始める。突如、軍服姿の戦友(伊藤大輝)が床下から現れ、自分の水筒から正幸の水筒に水を注ぐ。…すまない。当たり前だ。…鳥目のため水を汲めない正幸にとって、戦友の杉坂は恩人だったろう。おれは迫撃砲が飛んできたら、お前の盾になる。杉坂は笑いながら、そうなったら二人とも吹き飛ぶさ。…
ひろ子は新聞の婦人投稿欄「紅皿」のファンで、毎回切り抜きをノートに貼り付けている。それを博幸に見せるひろ子。投稿された「夫の遺影に」「酒と父」「墓標」「黒いおワン」を団員等が寸劇で演じる。
…ひろ子は夫のことを書いて投稿すると言い、書き上げた「鳥目」を〝わたしの紅皿〟として読んで聞かせる。正幸は、かっこよく書いたねと。「かっこよく」…それならよかったけど、とひろ子。
…再び戦友の杉坂が現れ、正幸の「生きていることが申し訳ない」という言葉の内側、「かっこよく」ない真実が吐露される。いつも自分を助けてくれた杉坂は迫撃砲で両脚がふっとび、それを自分は見殺しにして逃げた…。泣き崩れながらひろ子に話す正幸。ひろ子は、この人を連れて行かないでと死者に懇願する。銃後の者には計り知れない「戦場の恐怖」(「戦争の」ではない)が垣間見える場面。
…「夫の遺影に」の場だったか、カミテで正座したひろ子の義姉(ヨシ子/福井)が居住まいを正して話す、自分は仕合わせよ、日々の生活で何があったか亡夫に毎日手紙を書いているから、この〝きずな〟はあなた(ひろ子)には分からないでしょうけどと。…これを聞いた正幸は、その手紙は〝みんな〟で読んでいると思う、自分も戦地で年上の戦友(森本/館野)が家族からの手紙をわれわれに読ませてくれたと。このとき、舞台後方にその、もう一人の戦友森本(館野)の姿もあった。いまも死んだ戦友たち(の記憶)と共に生きる正幸にとって、「みんな」とはヨシ子の亡夫ら死者たちのことだろう。

…投稿の「愛国心」をひろ子の母(竹内)が小さな拡声器で読み訴える場面は興味深い。「最近再軍備をめぐって、愛国心とは何かと云う議論をよく聞」くが「真の愛国心とは、国土を愛し、国民を愛すること」、つまり「吾々の田畑を愛し、吾々の生活を愛し守ることではないでしょうか。過去の愛国心は、政府の特定政策への絶対的忠誠を愛国の美名の下に強いられ、盲従させられていた国民感情の麻酔剤でしかありませんでした。その結果は、真之愛国心とは全然逆な生活の破壊でありました」云々。

…皆で朗唱される「今は、田うゑの さいちゅうで…」の「田うゑ」や「日カサナレバ、月トナリ…」の「四季」(坪内雄蔵『國語読本 尋常小學校用』)などは、この「真の愛国心」や日々の生活を大切にするヨシ子の言葉と見事に響き合っていた。
…だが、自衛隊には、息子の隆志(中山)だけでなく、その婚約者(齊藤)も志願したいと言い、母の嘆きは更に大きくなる。
…演じ終え、普段着に戻った劇団員として再軍備の問題について意見を交わす。そこに演じた役も重なって見えるのが面白い。すなわち、孫や子を戦争で奪われた祖母や父と母の世代、復員後の男性と結婚した「紅皿」の筆者や夫を戦争で亡くした義姉や若い弟の世代等々。彼女らは世代や性別の違いをこえて話し合う。…他国(朝鮮)の戦争で日本は経済的に潤い…、自然災害時にこそ自衛隊の意議はある、【有事のために自衛隊に入隊した人は居るのか*1】、「戦争反対」の連呼だけでは国は守れない、有事に他国は助けてくれない、祈るしかない、等々。
そして、戦場体験者を演じた団員(野内)は言う、ひろ子(リアルでは71年前の平川由記子さん*2)があの投稿原稿を書いたからこそ、われわれ(団員/台本作者)はこの話を受けとめることができた、これが希望ではないか、と。この「希望」の言葉は、初日はさほどでなかったが、二度目の語りは食い込んできた。この舞台を見た者もなにがしかを受けとめる。たしかに、そこに希望があるのかもしれない。
本作は重層構造になっている。「紅皿」が開設され「鳥目」等が書かれた1954年頃の物語がメインだが、それを舞台化する2025年の劇団員らの現在と、さらに、「鳥目」が内包する戦時の、三つの位相(時間軸)が複合的に描かれるのだ。演じる役者の位相をフレーム化するのは、五戸演出では新国立劇場の『どん底』に前例があった。どちらも、観客が芝居の中身を〝自分事〟として受けとめやすくする工夫だろう。
「紅皿」には書かれていない「戦争の恐怖」の中身を、戦場体験として描いた場面は印象的だ。作者は「鳥目」から「生きていることが申し訳ない」という〝生存者罪悪感(サバイバーギルト)〟を読み込んだ。これはPTSD患者の症状に合致していたと思う*3。さらに、この体験を妻に語る行為は回復への一歩になるのだろう。
プログラムには、坪内雄蔵(逍遙)の『國語読本 尋常小學校用』(東洋館=冨山房の前身1900/冨山房インターナショナル2012)から四つの文を引用したとある。見てみたくなり区の図書館を検索したがヒットせず、フリマで安価入手(『戦争とおはぎと…』は収蔵してた)。読んでみると、滅法面白い(五戸氏に感謝)。単純な言葉の学習かと思いきや、平易な言葉やフレーズが巧みに文脈を与えられ、関連する話題や事項が次々にリンクして、学習者の興味が膨らむよう作られている。明治33年当時は教科書が検定制から国定制に変わる端境期のため、使用されたのは3年間にすぎない。だが、後の教科書にも影響を与えたようだ。読み上げたらリズムがとても心地好い。こんな教科書で勉強したら、知識も身につき読書が好きになるだろう。当時の(も?)初等教育は「(教育)勅語奉読式」に象徴される〝詰め込め式〟が主流で、坪内は、評伝によれば「『内より自然に誘発せられずして外より強ひて注入せらるヽ…塗飾的にして浅慮的』な教育手法を心底にくむようになった」という(津野海太郎『滑稽な巨人——坪内逍遥の夢』)。作者は、あえて「幻の教科書」として坪内の読本を使ったようだ。

ひろ子役の宮崎愛美はクッキリしたキャラで声がよく通る。正幸役の野内貴之は、平凡で気弱な優男だが生存者罪悪感に苦しむ男をよく造形した。二人とも地声でしみじみ語るシーンは、初日とは別の、リアルな情感が湧出した。正幸の戦友を演じた伊東大輝は不気味なたたずまいや水筒に水を注ぐ手つきなど、妙なリアリティがあった。また、バリトンの落ち着いた科白回しは『ガラスの動物園』のジム役同様、みるべきものがあった。〝試合が作れる〟弟の中山裕斗はジャグリングも大したもの。若い斎藤美香の他、脇を館野元彦、久保田勝彦のベテランや古参の矢田川さほが固め、年齢的にも奥行きのある舞台に仕上がった。この奥行きは、とりわけ戦争や再軍備の問題を話し合う場面で活きた。
若手俳優には声を張る傾向が感じられる。本作の特に団員の位相では、館野氏や久保田氏のような静かな語り口で発話すると、メインの物語との差別化ができるし、なによりリアルさが増すように思われた。
五戸演出を見たのは『どん底』(新国立 2019)が最初で、『コーヒーと恋愛』(五戸脚本/文学座アトリエ 2022)、『貴婦人の来訪』(新国立 2022)、『兵卒タナカ』(吉祥寺シアター 2024)、そして本作が5作目だ。彼女の演出は、フィクショナルな芝居に現在のリアルをリンクさせる個性的な手法と、死者の扱いが印象深い。どちらも、芝居でなくては味わえない〝演劇的快楽〟と繋がっている。演出プランの緻密さもあるが、そこに一番の魅力を感じる。
*1:『心的外傷と回復』増補新版の訳者 阿部大樹によれば、自衛隊のイラク派遣では戦闘による死者はゼロだが、参加した自衛官のうち陸上自衛隊員 22名、航空自衛隊員 8名が在職中に自殺しているとのこと。PTSDを発症していた可能性が高い。
*2:1954年に32歳なら1922(大正11)年生まれか。だとすれば母方の伯母と同年。私は投稿の翌年に生まれた。
*3:「罪悪感が特に激烈となるのは、生存者が自分以外の人間の苦しみ、特に死の目撃者となった時である。自分以外の人間が自分より悲惨な道筋を辿ったのに自分はまぬがれたということは意識にとって大変な重荷である。災害や戦争の生存者には、自分が救うことのできなかった死者たちのイメージがとりついてはなれなくなる。生命を賭して自分以外の人を救おうとしなかったこと、あるいは死に行く人たちの求めに応じ切れなかったことに罪の意識を抱く。戦闘において戦友の死を目撃する兵士は特にPTSDのリスクが大きい」ジュディス・L・ハーマン『増補新版 心的外傷と回復』中井久夫・阿部大樹訳。【ただ、戦争神経症は以前から存在していたはずだが、この精神障害に「外傷後ストレス障害(PTSD)」の診断名が与えられたのはやっとベトナム戦争後(1980)にすぎない。】
