佐藤俊介 plays J. S. バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲 2023

佐藤俊介のJ. S. バッハ作曲 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲を聴いた(3月15日 水曜 14:00/所沢ミューズ キューブホール)。

ここで全曲を聴くのは5年振り(前回の感想メモ)。楽器はいつもの指板に模様のある明るめのヴァイオリンとは違うようだ。これもバロックなのか。音もモダンのような感触があった気がする。

ドゥーブル(変奏)はもとより、つねに即興の趣きがある。アゴーギクというのか、テンポやリズムを自在に伸び縮みさせ、まるで楽譜に小節線の縦棒が付いてないみたいだ。高音の鮮烈な美しさにはいつも目を見張る。

ソナタ 第1番 ト短調BWV1001

 1.アダージョ 2.フーガ:アレグロ 3.シチリアーナ 4.プレスト

パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002

 1.アルマンド 2.クーラント 3.サラバンド 4.テンポ・ディ・ブーレ

ソナタを経て、パルティータ第1番。クーラントは文字通り疾走し、そして突然止まる。独特のユーモアは相変わらず。舞曲を演奏しながら佐藤は踊っているようにも見える。

ここで15分休憩。前回はソナタ第3番とパルティータ第3番を挟み20分の休憩が1度きりだったが、今回は15分が2回。

ソナタ 第3番 ハ長調BWV1005

 1.アダージョ 2.フーガ 3.ラルゴ 4.アレグロ・アッサイ

パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006

 1.プレリュード 2.ルール 3.ガヴォット・アン・ロンドー

 4.メヌエット .5.ブーレ 6.ジー

パルティータ第3番のプレリュードは印象的。素速いパッセージの連続だが、フワッとした感触が広がる。佐藤の意識は、一音一音は手が勝手に弾いてくれると言わんばかりに、音楽が創り出すべき世界をじっと見据え、そこに向けて一心に進んでいく。テクニックはそのためにあると。

ここで15分休憩。

ソナタ 第2番イ短調BWV1003

 1.グラーヴェ 2.フーガ 3.アンダンテ 4.アレグロ

パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004

 1.アルマンド 2.クーラント 3.サラバンド 4.ジーグ 5.シャコンヌ

ソナタ第2番を終え、下手へ退場。拍手は止まず再登場し、そのままパルティータ第2番のアルマンドを弾き始めた。そしてクーラント…素晴らしい…サラバンドは心に沁みた…ジーグの途中でグッときた。奏者はゾーンに入ったのか、一心不乱に弾いている。周りの世界が消えているかのよう。同期するように、時おり聞こえた客席の咳はぴたっと止み、みな息をするのも忘れたように聴き入っている。そして最後のシャコンヌへ。前回より重厚で悲劇的な趣きも…。入魂の演奏は続き、後半の転調した穏やかなパートでやっと佐藤は辺りに目を向ける。客席もふっと息をついた。…終曲では何もなかったかのようにあっさり終わる。

満員の観客は割れるような拍手とスタンディング。ソナタ第3番のラルゴで着信音が鳴ったときはやれやれと思ったが、佐藤の集中が途切れることはなかった。これまで何度も佐藤の演奏を聴いたが、ここまでの没入に同席したのは初めてだ。あれだけの才能豊かなアーティストがゾーンに入るととんでもない世界が現出する。これで3700円とは! 航空公園に来た甲斐があった。

18日(土)は佐藤俊介の弾き振りで「ベートーヴェンと交流があった」というシュポアのヴァイオリン協奏曲第8番、ベートーヴェン交響曲第1番、そしてメンデルスゾーンの弦楽のための交響曲第8番が聴ける(サントリーホール)。楽しみだ。それにしても、バッハの無伴奏全曲を弾いた3日後にこのコンサートとは。心身の体力が尋常ではない。