新日本フィル定演 #40 鈴木雅明の《エロイカ》

新日本フィル定演 #40 ルビー〈アフタヌーン コンサート・シリーズ〉の初日を聴いた(7月9日 金曜 14:00)。鈴木雅明の《エロイカ》は素晴らしかった。近年はバッハ以外の演奏にも力を入れる鈴木氏だが、ベートーヴェンでは《ミサ・ソレムニス》、《シンフォニー第9番》、《ミサ曲ハ長調》、《第5番》をBCJで演奏し、今回は新日本フィルを相手に《第4番》と《第3番》を振った。いずれも意欲的な演奏だった。

今日の客席はけっこう埋まっていた。コロナ禍の中止を経て再開後のトパーズ(トリフォニーシリーズ)定演では、団員が登場すると拍手が起き(BCJではコロナ以前からそうだったが)、団員たちは正面を向いて立ったままコンマスの登場を待つのが慣例になった(当初団員のスタンディングはなかった)。ただしアフタヌーン・シリーズでは拍手は起きなかったと記憶するが(経験の範囲では)、今日は拍手が出た。椅子に座ろうとしていた団員は「えっ?」という感じで少し慌てて(そう見えた)立ち上がり、畏まって客席の方を向いた。観客は、この状況で生の演奏が聴けるのはやはり「有り難い」と思っているのだろう。

交響曲第4番 変ロ長調 op. 60(1806)

Ⅰ.Adagio – Allegro vivace

Ⅱ.Adagio

Ⅲ.Scherzo-trio: Allegro vivace

Ⅳ.Allegro ma non troppo

ためらうような、不安げな序章。その後の全奏は本格的な響き。やはり生演奏はいい。第1楽章の後半、トランペットの入りがちょっと気になった。ティンパニの音程も。首席不在のオーボエは月替わり(?)のゲストだが、少し音色の線が細い印象。フィナーレの後半は木管など大変だけど面白い。(本作にフルートが1本しか編成されないのは、大崎滋生(しげみ)によれば、委嘱者オッパースドルフ伯の宮廷小楽団が18世紀の名残を留めるフルート1本編成が理由と推測している。)ここで20分休憩。

交響曲第3番 変ホ長調 op. 55「英雄」"シンフォニアエロイカ"(1804)

Ⅰ.Allegro con brio

Ⅱ.Marcia funebre: Adagio assai

Ⅲ.Scherzo: Allegro vivace

Ⅳ.Finale: Allegro molto 

第1楽章。いいですね。速いけど速すぎない。ヴィブラートを減じた弦の響きは透明で美しい。鈴木氏の〝気〟がオケに伝わり、熱量は高いが軽快に進んでいく。…長大な楽章を締め括るコーダで、トランペットがテーマを高らかに鳴らすことはなく(聞き慣れたあの咆哮はハンス・フォン・ビューローの改変らしい)もちろん鈴木氏は楽譜通り。頂点はまだ先にある。

第2楽章の葬送行進曲では、第1ヴァイオリンが震えるように主題を奏し、そこにチェロと弦バスが重しを添える。客席は耳を澄ませて聴き入っている。音が休符で途切れると、指揮者の呼吸音が。溜息のようでもある。葬送のテーマは、オーボエに受け継がれ反復されるが、やがて悲嘆は次第に明るさへと転調し…。ティンパニーの乾いた強打音がよく効いていた。

第3楽章のスケルツォでは、ホルンの三重奏が野獣のようにバリバリ歌う。ヴァルブを吹いていたはずだが、ナチュラルのような感触もあり、思わず頬が緩んだ。シンフォニーでホルンを三本使ったのは《エロイカ》が初めてらしい(4番では2本に戻っている)。

間を入れずアタッカで第4楽章へ突入。嵐のような全奏の導入後、テーマとヴァリエーションが始まる。鈴木氏はこのテーマをかなりゆっくりめのテンポで奏し、テーマの終わりは必ずリタルダンドする。これがとても効果的。第2楽章もそうだが、バッハが常食(ご飯)の鈴木氏は、変奏やフーガの快楽を知り尽くしている。10回の変奏を経て、次第に弱まり、再び冒頭の全奏に。今度はホルンが主導し、ティンパニが激しく打音したのち、さほど誇示せず終曲。グッとくる演奏だった。

鈴木氏は一通りのカーテンコールを終えると、いつも(BCJ定期)のようにマイクを持って再登場。一瞬、これ新日フィルの定期だよな、と思わず笑った。ユーモアを交えた話は、来場者へのお礼、新日本フィルベートーヴェン交響曲全曲プロジェクトの最終回を担当できた光栄(そういえば弟の鈴木秀美が指揮した5番も素晴らしかった)、昨年はベートーヴェン生誕250年で多く演奏されるはずがコロナ禍で中止になったこと(鈴木雅明N響BCJコーラスでの《ミサ・ソレムニス》は聴きたかった)、それで思い出にアンコールを演奏したいと。予想通り、バレエ音楽《プロメテウスの創造物》(1800-01)の終曲だった。《エロイカ》のフィナーレで使われた素材だ。だが、聴いてみると、感触がまったく違う。編成が違うとしても、ずっと若々しくて軽やかだ。途中でホルンが出を間違えたのは、ご愛敬か(昨年末BCJが第9をやったとき4番の難しいソロをナチュラルホルンで見事に吹ききったプレイヤー)。とても充実したコンサートだった。