新国立劇場オペラ《ドン・ジョヴァンニ》2019

ドン・ジョヴァンニ》の初日を観た(5月17日 18:30/新国立劇場オペラハウス)。簡単にメモする。

指揮:カーステン・ヤヌシュケ(フランチェスコ・ランツィロッタは本人の都合でキャンセル)

演出:グリシャ・アサガロフ

美術・衣裳:ルイジ・ペーレゴ

照明:マーティン・ゲプハルト

再演演出:三浦安

舞台監督:斉藤美穂

このプロダクション(2008年12月初演)では、演出のグリシャ・アサガロフ(ドイツ) が舞台をドン・ファンのセビリアからカサノヴァのヴェネツィアに移している。ルイジ・ペーレゴの美術・衣裳がとても美しく、何度見ても気持ちが好い。三回目となる今回も歌手が揃っており、十分に楽しめた。

ドン・ジョヴァンニ:ニコラ・ウリヴィエーリ

騎士長:妻屋秀和

レポレッロ:ジョヴァンニ・フルラネット

ドンナ・アンナ:マリゴーナ・ケルケジ

ドン・オッターヴィオ:フアン・フランシスコ・ガテル

ドンナ・エルヴィーラ:脇園彩

マゼット:久保和範

ツェルリーナ:九嶋香奈枝

合唱指揮:三澤洋史

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

 レポレッロのジョヴァンニ・フルラネット(イタリア)は導入曲の出だしを乗り損ね、途中から歌い始めるアクシデント。ボーッとしていたのか。ノラリクラリは役と合ってはいるが……。タイトルロールのニコラ・ウリヴィエーリ(イタリア)は歌唱・演技とも余裕綽々。色悪ながらノーブルさを失わない(それが〝色悪〟か)。ドンナ・アンナのマリゴーナ・ケルケジ(クロアチア)は(体型も)豊かで柔らかな歌唱。優美さもある。ドン・オッターヴィオのフアン・フランシスコ・ガデル(アルゼンチン)は立ち姿が美しい。第10-a 曲「彼女の安らぎこそ」ではダイナミクスのレンジを目いっぱいとり、弱音は消え入るかのよう。美声をたっぷりと聴かせた(少しやり過ぎか+この劇場は弱音に堪えられない客が少なくない)。ドンナ・エルヴィーラの脇園彩は、期待どおり海外の歌手たちと遜色ない歌唱を聴かせた。日本人歌手にいつも感じる平板さは皆無で、声が立体的に響く。2幕 第21-b 曲「なんてひどいこと」の印象的なアリアの音型は、さらなるクッキリ感がほしい。演技もよいと思うが、少し入れ込みすぎの感あり(気持ちは分かるが)。なにせ親がアトレ会員で高校生の頃から劇場に来ていたと(インタビュー)。この劇場も少しずつ歴史を刻みつつある。マゼットの久保和範はレチタティーヴォではまずOKだが、アリアになると声が引っ込んでしまう。ツェルリーナの九嶋香奈枝は少し音程が不安定な所もあるが、よく役割をこなしている。騎士長の妻屋秀和は、2幕の石像では声にもっと凄味があってもよい。

いつも楽しみな2幕の23曲「私が残酷ですって? 違います」のレチタティーヴォで1階席の左右から足音が。選りに選ってここで? と思いきや、右手のノイズは急病人(?)を外へ連れ出したものかも知れない。舞台上でも聞こえたはずだが、ケルケジは集中してアリアを歌いきった。オペラは高齢者の割合がかなり高い。今後もこうした事態が増えるだろう。

指揮のカーステン・ヤヌシュケ(ドイツ)は若手のようだが、ピリオド奏法を選択し、ティンパニを含めドライな音を引き出した。テンポはきびきび感もなくはないが、アリア等ではたっぷり歌わせるため、少しまったりした。オケ(東フィル)ではアレッサンドロ・ベヴェラリのクラリネットがアリア等の要所でよく効いていた。

ドン・ジョヴァンニが騎士長の石像に地獄へ引き込まれた後、関わった女三人と男三人で「これが悪人の末路」と快活に歌う。が、女たちはジョヴァンニの遺品(男レポレッロはカタログ)をそれぞれ手にして名残惜しそう(特にエルヴィーラ)。悪を糾弾する歌詞とは裏腹に、「罰せられた放蕩者」の魅力が後に残る舞台である。