『音楽と舞踊の小品集〜水・空気・光』横浜美術館企画展「モネ それからの100年」によせて

『音楽と舞踊の小品集〜水・空気・光』のソワレを見/聴いた(8月30日 19:00/横浜みなとみらいホール 大ホール)。
このホールは、たしかサヴァリッシュ指揮のフィラデルフィア管弦楽団を聴いたのが最初で最後。調べたら2001年5月だった。「開館20周年」なら、あれはオープン三年目だったのか。
【第一部〜水】はドビュッシー「喜びの島」(Pf 福間洸太朗)から、チェロ・ソナタ 第2楽章・第3楽章(Vc 門脇大樹/神奈川フィル 主席)&ヴァイオリン・ソナタ 第1楽章(Vn 崎谷直人/神奈川フィル ソロ・コンマス)を経て、サン=サーンス「白鳥」(門脇)とマスネ「タイスの瞑想曲」(崎山)で締める。横浜美術館の「モネ展」にリンクさせた選曲・構成・曲順等が見事。門脇の「白鳥」はいきなり倍音が出てしまったが、それでもゆったりと自然でよい演奏だった。崎谷のヴァイオリンは音は綺麗だが呼吸感が乏しい印象。

舞踊が入る【二部〜空気】はスクリャービンピアノ曲から、ラヴェル「ツィガーヌ」を経て、メシアン「時の終わりのための四重奏曲」まで、踊りがひとつの作品のように連続する。小さな椅子を巧みに用いた振付も質が高い(中村恩恵 監修・振付)。袴を思わせる衣装は、3.11を経たヨウジヤマモトの袴パンツを想起。
スクリャービン「12のピアノ練習曲 」作品8より第11番(Pf 齊藤一也)は首藤康之のソロ。グレーの袴パンツに白の長袖シャツ。椅子に座ったまま手の動きから…。その間、他のダンサーたちは後方の椅子に座り見守る…。やがて、カミテ端の米沢はハケて、中村が前に進み出ると、ラヴェルの「ツィガーヌ」(Vn 崎谷+Pf 齊藤)が始まる。
ヴァイオリンのソロが続く部分は中村ひとり。やがてピアノが入ると中島瑞生・渡邉拓朗(新国立バレエ団)が加わる。「ツィガーヌ」(ジプシー/ロマ)の曲想から、どうしてもカルメンを思い出す。中村の黒に赤の模様入り衣装も同じイメージだろう。その意味でもヴァイオリンに野性味や身体性があればもっとよかったか。
次はメシアンの四重奏曲より第5楽章 “イエスの永遠性の賛美”(Vc 門脇+Pf 齊藤)。黒の上着に袴姿の首藤と濃い赤の斑模様のトップスに黒のパンタロン姿の米沢唯(新国立バレエ団)によるパ・ド・ドゥ。最も注視させる踊り。後方で踊り終えた中村も二人を注視する。だが、踊りを言葉で表現するのは難しい(やはり『ベートーヴェン・ソナタ』やなぜかニジンスカの『結婚』を想起)。最後は、最初と同様、首藤が中央でひとり椅子に座り、光に照らされた椅子を残し、消えていく。
暗転後、中央にベンチ。コダーイ「9つのピアノ小品」作品3より第2番(Pf 齊藤)で折原美樹(マーサ・グラハム[グレアム]舞踊団)が座ったまま"Lamentation"を踊る。中村作品とのトランジションは悪くないが、作品についてはよく分からない(後期ベケットの感触)。齊藤のピアノは〝気〟が強い。ベートーヴェンを聴いてみたい。
最後に同じベンチに門脇大樹が座り、カタロニア民謡(カザルス編)「鳥の歌」を弾く。これについてはツイッターで記したとおり、「このうえなく自然で虚心坦懐な演奏。それでいて、いやそれ故に、そこには見えない世界や宇宙が呼び出されてくる。胸が熱くなった。この曲を初めて聴いたのは、カザルスがケネディ大統領に招待されホワイトハウスで演奏したときの録音レコード(もう手元にないが)。門脇の演奏はそれとも似ていない。誰の物まねでもない。そこが素晴らしい」。

【第3部〜光(演奏)】
ドビュッシー「月の光」(Pf 齊藤)/ラヴェル組曲マ・メール・ロワ」より 第1曲 眠れる森の美女のパヴァ―ヌ,第3曲 パゴダの女王レドロネット,第5曲 妖精の園(Pf 福間+Pf 齊藤),ピアノ・トリオより第3・4楽章(Pf 福間+Vn 粼谷+Vc 門脇)

齊藤のドビュッシーは朦朧とならずくっきり。ラヴェルの連弾は聴いていて楽しい。福間は人と合わせるのが巧み。
それにしても開演前の銅鑼はいくらなんでも激しすぎないか。これから音楽に耳を澄ますという時に。