新国立劇場 演劇『焼肉ドラゴン』2016

『焼肉ドラゴン』再演の五日目を観た(3月11日 18:30/新国立小劇場)。
本作の初演は2008年4月。舞台に圧倒され、帰りにチケットを取り一週間後に再度見た。11年2月に再演したときは常連客の呉信吉役のみ新キャスト(体調不良のため)であとは全員同じ配役。それでも一名変わるだけで随分感触が違ったのを覚えている。三回目の今回、母親役で好演したコ・スヒの出演がキャンセルとなり、結果、全員新たなキャストで上演された。感想を簡単にメモする。

作・演出:鄭 義信
翻訳:川原賢柱
美術:島 次郎
照明:勝柴次朗
音楽:久米大作
音響:福澤裕之
衣裳:前田文子
ヘアメイク:川端富生
擬闘:栗原直樹
振付:吉野記代子
演出助手:趙 徳安
舞台監督:北条 孝 大垣敏朗
[配役]
金 龍吉(56)「焼肉ドラゴン」店主:ハ・ソングァン
高 英順(42)龍吉の妻:ナム・ミジョン
金 静花(35)長女:馬渕英里何
梨花(33)次女:中村ゆり
金 美花(24)三女:チョン・ヘソン
金 時生(15)長男:大窪人衛
清水(李)哲男(40)梨花の夫:高橋 努
長谷川豊(35)クラブ支配人:大沢 健
尹 大樹(35)静花の婚約者:キム・ウヌ
呉信吉(40)常連客:櫻井章喜
呉 日白(38)呉信吉の親戚:ユウ・ヨンウク
高原美根子(53)長谷川の妻:あめくみちこ
高原寿美子(50)美根子の妹・市役所職員:あめくみちこ
阿部良樹(37)アコーディオン奏者:朴 勝哲
佐々木健二(35)太鼓奏者:山田貴之

後援:駐日韓国大使館 韓国文化院
主催:新国立劇場

初演(二回目の再演も含め)と比べると、どうしてもそれが基準になってしまうため、前者の方がよく見える。たしかに初演は個性豊かな役者がいずれも適材適所に配役され、素晴らしい出来だった。ただ、舞台芸術において、役を演じることが、「役を生きる」ことだとすれば、これはこれでひとつの「生」だ。そう思えば、それなりに面白く味わえる。それなりにドラマが立ち上がる(のが見てとれる)。
次女役の中村ゆりとリヤカーでうどん汁をこぼした直後の呉日白のシークエンスはよかった(中村は初演の占部より少し意識が見えすぎるが)。三女の役のチョン・ヘソンも芸達者でなかなかのもの。哲男役の高橋努は個性の強い千葉哲也の呪縛から抜け出ていない印象。が、後半で「やっぱりオレには静ちゃんが必要なんや」と泣きながら静花に縋り付くシーンはよかった。生きられていた(ここは呪縛が解けたか)。長女(馬渕英里何)は黙ってみんなのありようを見ている場面が多いが、もっと存在感(無意識の領域で生きること)や暗さが欲しい。 母役のナム・ミジョンは、初演のコ・スヒと比べると喜劇的要素(笑いのポイント)はかなり減ったが、それなりに役を生きることでまた別の味わいを残した。こんな在日の母も居ただろう。父役は初演より感情が直接的(歳が若い?)。「働いた、働いた・・・」「返してくれ、ワシの腕を、息子を・・・」。「娘のこと、よろしくお願いします」と彼が頭を下げる度にグッときた。こんな在日の父も居ただろう。屋根の上の息子の叫びは、作者の叫びだろうと今回も思った。大嫌いだった、が、その「大嫌い」が失われてしまったいま、かけがえのない「大好き」なものとして、舞台に現出させる。いや、失われたものを舞台化することで「大好き」に変わったというべきか。クラブ支配人役の大沢健は、わざと下手に踊るシーンはさすが。ただ、「和解」後、アボジにビールを注ぐときの左手で右腕を支える韓国式仕草は、もっとうまく「ぎこちなく」できるはず。全般的にいろいろと不満もあるが、感動はあった。特に父親のことはよく書き込んでいる。台詞は多くないのに。総じて、韓国の俳優の方が、無意識の領域で生きられているように感じた。日本の役者は、感情を無理に(意識的に)引き出そうとする傾向が見られる。演劇教育の質の違いなのか。
終演後、大きな拍手が起こり、次々とスタンディングしていった。やはり本がよいのだと思う。今回、韓国で上演しないのは大変残念。日韓でキャストを変えて今後も上演し続けてほしい。『その河をこえて、五月』も。
舞台芸術は一回性のもの。同じ演技を、同じ感情(感動)を繰り返すことはできない。そこが、映画等の複製芸術と本質的に異なる点だ。生身の俳優と生身の観客が、いまここで、同じ時空間に現前することから何かが生まれる(かも知れない)。両者のありようによっては何も生まれないかも知れない。ただし、信じがたいような奇蹟的瞬間が現出することもある。それが舞台芸術の醍醐味であり難しさでもある。