F/T15 飴屋法水『ブルーシート』

『ブルーシート』を観た(11月14日 14:30/豊島区 旧第十中学校 グラウンド)。
東日本大震災原発事故、福島の高校生の被災体験を扱った演劇。本作は、2013年1月、福島県立いわき総合高等学校 総合学科 芸術・表現系列(演劇)第10期生アトリエ公演として上演され、その上演台本が、翌年の第五十八回岸田國士戯曲賞を受賞した。
選評を見ると評価は二つに分かれたようだ。強く推したのは野田秀樹宮沢章夫。むしろ積極的に推せなかった岩松了岡田利規の評からいろいろ考えさせられた。共に3.11という主題を特権化せず、冷静に、作品の良し悪しとは別次元の問題に触れていたからだ。「吐き出せない」こと、「思うままに吐き出せないそのリアクションが人を迷路に誘い込」み、そこにドラマ(芝居)を見出すと語る岩松。彼は、本作が「歌うことにも似たアクションのみの演技を」、つまり「吐き出す演技」を要求していると感じ、反対はせずとも「諸手をあげて」とはいかなかったらしい(岩松の「吐き出す演技」批判は、ブレヒトの「美食的オペラ」批判と繋がっているのか)。岡田利規は、戯曲とは「この先の未来に生まれる上演における条件となりうるテキストのこと」と考える。本作は「戯曲というよりは、スペシフィックな上演のドキュメント」であり、ゆえに「戯曲賞」の名のもとで評価する意味を見出せなかったという。これらの評は、二人の作品の特徴をまざまざと想起させ、同時に彼らの創作の生理を告げてもいて、興味深い。
今回の再演は、「初演を経験した元高校生も参加、新たな出演者と共に」「流れていく月日、いわきと東京との場所の隔たりをも引き受け、いま、ここでしかない2015年の『ブルーシート』」を生み出すという。
観たのはもう二ヶ月以上も前だが、直後の走り書きを基に少しメモしておく。

作・演出:飴屋法水
出演:いわき総合高等学校 卒業生 他(飯島もも、大蔵郁弥、大谷ゆうか、小野愛莉、志賀竜也、中川鈴菜、飛知和有沙、飛知和寿輝、古山和泉、佐々木優花)
演出助手:西島亜紀
美術・音響:飴屋法水
技術監督:寅川英司
舞台監督:鈴木康郎
音響コーディネート:相川 晶(有限会社サウンドウィーズ)
制作:奥野将徳、中村 茜(precog)、松宮俊文、小島寛大、市村作知雄(フェスティバル/トーキョー)
主催:フェスティバル/トーキョー
協力:福島県立いわき総合高等学校

小雨の中みなカッパを着て観劇。椅子席が横長に四列、後ろは立ち見。結構来ていた。雨は強くはないがずっと降り続いているため、席に敷かれたビニールには既に水がかなり溜まっている。気温もいくぶん下がってきた。受付で配られたビニール袋には使い捨てカイロが入っている。
上演時間が近づくと校庭に無造作に置かれたディスプレーが中央へ移動される。椅子が中央に数台、転倒した椅子もあちこちにいくつか。上手にタイヤなど。やがていわき総合高校で本作が上演された時のビデオが流される。たぶん開演前に担当の先生が趣旨などを説明しているのだろう(あとで出演者の台詞から校長だと判明。しかも、その後、癌で亡くなったという)。画面のなかで校長が話をしているとき、その回りを一人の女性がうろうろしている。すると、このグランドにも同じようにデイパックを背負った一人の女性が現れた。おそらくビデオのウロウロと同じ女性だろう。やがてケータイが鳴り、この女性は通話し始める・・・。全部で9人の若者たち(高校生に見える)が点呼をとったり等々・・・オムニバス形式の劇を始める。前半は、「死体」との出会いを扱ったシークエンス等もなぜかさほどイメージを結ばず・・・。が、終わり近くで質問ゲーム(「地震の後、引っ越した人?」「家が、10キロ圏内だった人?」「福島原発が東京へ電気を供給していたのを知っていた人?」・・・)や椅子取りゲームが始まると、彼らの生き生きしたありようが会場にみなぎり頬が弛んだ。ゲームが進み、椅子が一つとなり、残った二人は「椅子取り」合図の太鼓が鳴っても反応せず。すでに椅子が取れず見物に回っていた他の者らと一緒に、またビデオを中央の、以前より奥へ移動させ、皆その場から退く。
学生服の男ひとり(大蔵郁弥)だけ下手に残り、ダンスを始める。何かをつぶやきながら。ビデオの画面では震災後に身籠もった女性が仮設住宅でインタビューされている。男はそのままダンスを続ける。彼のつぶやきは家が崩壊していく様を語っていた。最後は「ランニングマン」。地面を踏みしめ、同じ場所を足でこすって走る動きをしながら。「逃げて! 逃げて! 逃げて! 逃げて! こっから! 逃げて! こっから! この場所から! 逃げて! ・・・」と叫ぶ。叫び続ける。かなり長い時間、何度も何度も。「逃げて! 逃げて! こっから! 逃げて!」・・・ 雨の中、ランニングの動作を続けながら、大地を踏みしめながら、身体全体の力を振り絞って、声が嗄れるほど、全身で叫ぶ。なにか途方もなく巨大なものに、どうすることも出来ないものに対峙するように。グッときた。かなりきた。福島原発から電気の供給を受けていた東京の一居住者として、この若者の叫びは、強烈に身体へ食い込んできた。
飴屋法水は震災を経験した福島の高校生たちと協同でこの演劇作品を創った。そこにどんなプロセスがあったのかは分からない。たとえば、ピナ・バウシュがダンサーたちとの対話(質問・応答)から得たメモをコラージュし、構成するタンツ・テアターのような創作方法はとられたのか。いずれにせよ、初演や今回の再演のように、実際に災厄を被った者が演じれば、そこで受けた当事(演技)者の心的な傷や苦悩に何らかの効能が働くのかも知れない。一方、この台本で、別の、震災当事者ではない役者が演じたらどうなるか。やはり演劇としての強度は弱まるのか。もしそうなら、先の岡田利規の疑問も頷ける。それでも、もちろん今回の再演に充分意義があったことは認めてよい。