新国立劇場バレエ「ニューイヤー・バレエ」2016

新春を祝うバレエのガラ公演を観た(1月9日 18:00,10日 14:00/新国立劇場オペラハウス)。

指揮:ポール・マーフィー
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:大原永子

『セレナーデ』
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
振付:ジョージ・バランシン
ステージング:パトリシア・ニアリー


寺田亜沙子(ワルツバレリーナ
細田千晶(ロシアバレリーナ
本島美和(ダークエンジェル)
菅野英男(ワルツカヴァリエ)
中家正博(エレジーカヴァリエ)


川口 藍 仙頭由貴 玉井るい 中田実里 広瀬 碧 若生 愛 朝枝尚子 飯野萌子 今村美由起 加藤朋子 小村美沙 柴田知世 関 晶帆 成田 遥 原田舞子 盆子原美奈 益田裕子 山田歌子(交替出演)
中島駿野 林田翔平 福田紘也 宝満直也

美しい。ダンサー、衣裳、踊り、音楽、すべての要素が揃い、素晴らしい作品と感じさせる舞台。月明かりにシースルーの白い長めのチュチュ。清潔なエロティシズムが漂う。プロットレスといわれるが、女性たちが片手を額にかざしたり、第一楽章の終わりにワルツバレリーナ(寺田亜沙子)が束ねた髪を解いて倒れ込んだり、片手で顔を覆ったりすると、様々な感情がわき起こる。初日では、第二楽章ワルツの冒頭で上手から菅野英男(ワルツカヴァリエ)が登場するとなせかグッときた。菅野は寺田の女性的なやわらかさや腕使いの美しさをしっかりと下支えする。信頼感の菅野。細田千晶(ロシアバレリーナ)はパキパキした踊りで躍動感溢れる第三楽章(原曲では第四楽章)によく嵌まっている。本島美和(ダークエンジェル)は大きな踊りと存在感で運命の女神を想起させる。その女神(エンジェル)に両目を隠され導かれる中家正博(エレジーカヴァリエ)が登場すると、嬉しくなった。ラストでワルツバレリーナが男性三人にリフトされ列のなかを運ばれていくシーンは、ブルノンヴィルの『シルフィード』におけるフューネラルを想起した(来月この演目を見ることが出来る)。東フィルもよい。このオケは元々弦はよいのだ。初日のカーテンコールでパトリシア・ニアリーが菅野に呼び出された。彼女の指導力もあるが、カンパニーのコマが揃ってきた点も見逃せない(これだけのパフォーマンスが二人の看板プリンシパルなしに出来たのは大きい)。【幕切れの拍手があまりに早すぎる。二日目も早かったが初日よりは少しましか。いずれにせよ、まだelegiacな音楽が継続しダンサーたちが踊り続けているのに拍手する人は、芸術作品というより、スポーツ(競技)として見ているのではないか。フェッテ等の回転技やジャンプしながら舞台を一周する時(グラン・ジュテ・アン・トゥールナン?)拍手するのも同様だろう。】
休憩25分
〈パ・ド・ドゥ集〉

『フォリア』
音楽:アルカンジェロ・コレッリ
振付:貝川鐵夫
照明:鈴木武


丸尾孝子 玉井るい 益田裕子 輪島拓也 池田武志 中島駿野

初演の舞台は小劇場だったが、オペラ劇場で見ると印象がだいぶ異なる。ドゥアトを想起させるが、貝川作品には音楽への愛が強く感じられる。初日は9列目で見たせいか、照明に改善の余地ありと感じた。が、15列目から見た二日目は、濃淡の案配が日本的な味わいで悪くないと思った。初演時は輪島が印象的だったが、今回は池田、中島の踊りの大きさに眼が行った。
初日は、拍手がしばらく続いたがカーテンは閉じられたまま客電が点いた。なんたる暴挙。客席がカーテンコールを催促しているのに、それを拒否したのだ。信じがたい。舞台監督(伊藤潤)は何を考えているのか。それとも劇場側の意向なのか。カーテンコールのないガラ公演などありえない。
二日目は、ちゃんとカーテンコールが行われた。なぜ初日からできないのか。

『パリの炎』パ・ド・ドゥ
音楽:ボリス・アサフィエフ
振付:ワシリー・ワイノーネン

[9(土)18:00]
柴山紗帆
八幡顕光

[10(日) 14:00]
奥田花純
福田圭吾

初日。柴山は先月の『くるみ割り人形』の金平糖の精でその真価を発揮したが、この日も期待を裏切らない。ターボエンジンを備えた高性能の踊りで魅せた。これ見よがしでないところがこの人らしい。八幡は力みからか少し軋んだがまずまず。
二日目。奥田は何があってもやり切る大胆さが身上だ。これはこれでよい。福田はダイナミックなジャンプや回転など、いわゆるケレンをきれいに見せる。柴山とのペアで見てみたい。

『海賊』パ・ド・ドゥ
音楽:リッカルド・ドリーゴ
振付:マリウス・プティパ
衣裳:林なつ子

[9(土)18:00]
木村優
井澤 駿

[10(日)14:00]
長田佳世
奥村康祐

初日。木村は体型に恵まれ技術もある。その意味で〝普通の〟ダンサーが入団したことを喜びたい。あとは舞台や客席への構え(対話的なあり方等)が身につけば、愛されるバレリーナになるかも知れない(この顔は子役時代に舞台で見た覚えがある)。井澤は回転技はきれいでノーブル(アリ役だが)。あとはサポート力を磨くべし。若い二人の踊りは、カンパニーに奥行きを感じさせた(必ずしも若々しい踊りではないが)。
二日目。長田は少し不安定だが、独特のバレエ美がある。そんな長田を奥村が必死でサポート。そのせいか、奥田はアダージョ後のレヴェランスではマジ顔でハアハア息を切らしていた。ヴァリエーションも歯を食いしばっての踊り。長田のソロは少し衰えを感じさせたがきれいに踊った。

『タランテラ』
音楽:ルイス・モロー・ゴットシャルク
振付:ジョージ・バランシン
ステージング:パトリシア・ニアリー

[9(土)18:00]
米沢 唯
奥村康祐

[10(日)14:00]
小野絢子
福岡雄大

初日。二人ともキレキレで、見ているこちらの身体が思わず動いてしまう(ミラーニューロンが発火しまくり)。難しい技をハイスピードで繰り出すのに、遊んでいるように見える。幕切れに下手で奥村が米沢の頬にキスすると、米沢は「あら!」 この日は熱い拍手が続いてもカーテンは開かず容赦なく客電を点灯。
二日目。小野はコミカルな色気を発散。福岡はさすがの運動神経。快活で生き生きした踊り。二人はあくまでも「遊び」ではなくスタイリッシュに踊る。ラストのキスで小野は「何すんのよ!」福岡は「えっ? マジで?」 カーテンが閉まった後、パ・ド・ドゥの三組全員でレヴェランス(なぜ初日からそうさせない?)。小野のふっきれたような笑顔が印象的。福岡はそうでもなかったが。

『ライモンダ』より第3幕
音楽:アレクサンドル・グラズノフ
振付:マリウス・プティパ
演出・改訂振付:牧 阿佐美
装置・衣裳:ルイザ・スピナテッリ
照明:沢田祐二

[9(土)18:00]
ライモンダ:小野絢子
ジャン・ド・ブリエンヌ:福岡雄大
[10(日)14:00]
ライモンダ:米沢 唯
ジャン・ド・ブリエンヌ:井澤 駿


チャルダッシュ:堀口 純 マイレン・トレウバエフ
グラン・パ・クラシック:寺田亜沙子 奥田花純 柴山沙帆 原田舞子(寺井七海が怪我のため) 細田千晶 丸尾孝子 若生 愛 飯野萌子
江本 拓 奥村康祐 中家正博 池田武志 木下嘉人 小柴富久修 清水裕三觔 原 健太
ヴァリエーション:寺田亜沙子(五月女 遥が怪我のため)

初日。久し振りの美術。チャルダッシュはトレウバエフだけ別次元の踊り(昨年八月小林紀子バレエシアターの同演目で大和雅美のチャルダッシュがそうだった)。それだけに堀口の元気のなさが気になる。8組のペアが同時に女性を男性の肩に乗せるリフトは迫力満点。小野・福岡のパ・ド・ドゥは、リフト時に少しヒヤッとしたが特に問題ない(アントニアと雪の女王が後を引かなければよいが)。福岡のヴァリエーションは抑えた踊りで充実。さすが。小野のヴァリエーションもよい(『ホフマン物語』第二幕のソロの方が印象深いが)。コーダやギャロップでのユニゾンでの高まりは、いつ見てもぞくぞくする(ビントリーの『アラジン』にもジーン中心の似たようなユニゾンがあった)。ドリ伯爵夫人の本島美和とアンドリュー2世王の貝川鐵夫がいい。特に本島は風格すら漂う存在感で舞台が引き締まった。
二日目。米沢のゆったりとした呼吸に井澤のリフトもさほど危うさを感じさせない(井澤はこども版『シンデレラ』『ホフマン物語』『くるみ割り人形』の例があるだけに多少難易度を下げていたようだが)。井澤のヴァリエーションはハンガリアンな部分はもう少しタメがほしいが、まずまずか。米沢のヴァリエーションは例によって時間が細分化され、すべての動きを見ることができる(ように感じさせる)。手を叩く音もすべてしっかり聞こえる(ロシア派はあまり音をさせないようだが)。右手の甲を額にかざす仕草が『セレナーデ』と呼応してとても印象的。動きの全てを自分の身体に一度くぐらせた結果、こうなりました、というような踊り。その中身を言語化することはできないが、何か儀式のような趣があった(そもそも結婚の儀ではあるが)。コーダでフィナーレへと追い込むシークエンスや、ギャロップでアッチェランドするユニゾンなどは、米沢の〝気〟が相手役の井澤はもちろん他のダンサーたちやオケまでも指揮しているような印象を受けた。初日は『セレナーデ』の美しさに打たれたが、この日は『ライモンダ』の充実に心が動いた。
二日目は16列中央にキャロライン・ケネディ米国大使が座っていた。カジュアルな服装等から、公式ではないのかも知れない。彼女はABTの名誉会長を務めていたらしいので、本当にバレエを見に来たのだろう(二年前のABTガラも見に来ていた)。
今回の公演では、小野、米沢の二枚看板を筆頭に、細田や柴山や奥田らが成長し、本島や寺田の成熟が確認できた。そこに若い木村が加わったのだ。一方、男性陣では福岡、菅野、奥村、井澤らに中家が加入し、カンパニーの層に厚みが出来た印象だ。芸術監督は喜んでいるだろう。
ポール・マーフィー指揮の東フィルはよい演奏で公演を盛り上げた。本来一月は東京交響楽団のはずだが、演目が多いためバレエ音楽に慣れている東フィルを使ったのかも知れない。
カーテンコールについては、何度書いても改まらない。二日目にできることがどうして初日にできないのか。カーテンを上げることで多少時間が伸びたとしても、それが観客の要請ならそれに従うのが舞台芸術を仕切る側の最低限の務めである。国立の劇場でそれすら出来ないと、この国の芸術文化に成熟は望めない。