新国立劇場オペラ《こうもり》2015/この国を覆う重苦しさのなかで

1月20日以来、何をやっても重苦しさから解放されない日々が続いた(最悪の結末を迎えた1月25日そして2月1日を経たいまも、この国自体いっそうひどい状況にあることが露呈)。そんななか《こうもり》の再演にぶつかった。このオペレッタは聴く(見る)者を幸福感で満たしてくれる。その意味で、いつも長谷川潾二郎の「猫」や海老原喜之助の「ポワソニエール」を連想してしまう。二作とも〝幸福〟と結びつけた洲之内徹の文章で知った絵画だ(『絵のなかの散歩』『さらば気まぐれ美術館』)。特に後者は、洲之内にとり、戦争体験と密接に関わっていた。洲之内は学生時代に左翼活動にのめり込み、検挙されて転向し、戦時の中国でこともあろうに対共産軍調査班の班長として日本軍の「三光(燼滅)作戦」の作戦資料を作っていた。そうした過酷な現実においては、「知的で、平明で、明るく、なんの躊いもなく日常的なものへの信仰を歌っている」「ポワソニエール」の複製は、ひとつの「救い」だったという。喜歌劇《こうもり》の場合はどうか。こちらは、内容もそうだが、作曲・初演された歴史的背景からいっても、「現実逃避」という方が当たっているかも知れない。いずれにせよ、ある種の芸術には、辛い現実を忘却させ、一時的にせよそこから撤退することを可能にする力が備わっている。「逃避」というと、ネガティヴに捉える向きもあろうが、必ずしもそうとばかりはいえない。人間は、現実(社会)のなかでしか生きられないが、だからこそ、時には、そこからいったん撤退し、みずからのありようを相対化してみることは、精神衛生の上からも必要だろう。これこそ、芸術文化が有する社会的機能のひとつである。
オペレッタ《こうもり》の初日を観た(1月29日 19時/新国立劇場オペラハウス)。
本プロダクションの初演は2006年6月。その後09年1月と11年12月に再演されている。直近の11年公演では、オルロフスキー侯爵役で出演予定のアグネス・バルツァ原発事故による放射能汚染への懸念から、夫でフランク役のギュンター・ミッセンハルトと共にキャンセル。4度目となる今回も偶々オルロフスキー役とフランク役が降板し、下記の二人が出演した。
過去三回の新国立版を振り返ると、印象的なのはやはり初演か。アイゼンシュタイン役のヴォルフガング・ブレンデルが〝無茶な演技〟(特に三幕)で腹から笑わせてくれたし、オルロフスキー役のエレナ・ツィトコーワが歌うクプレはかなり強烈だった。が、全体の出来栄えは、どの回もいまひとつ。特に前回はエッティンガーの音楽作りがシンフォニーのような重い響きで柔軟性を欠き、閉口した。ただ、アイゼンシュタイン役のエレートは、未だ災厄が後を引き東京ですら来日アーティストのキャンセルが続出するなか奮闘好演した記憶がある。
新国立以外では、08年5・6月のウィーン・フォルクスオーパー来日公演が想い出される。《こうもり》以外にもスッペの《ボッカチオ》とフロトーの《マルタ》を上演。《こうもり》は、キャストは一見豪華だがあまり感心しなかった(S氏が日本語の台詞をいっさい禁じ、舞台と客席のオペレッタ的交流が封じられた)。素晴らしかったのはあとの二作で、特に素朴な味の《マルタ》ではライオネルを歌ったヘルベルト・リッペルトのナイーブかつ気品のあるまっすぐな歌声が極上だった。
リッペルトといえば、前年の07年9月に新日本フィルの定演《こうもり》でテノール歌手としてアイゼンシュタイン役を歌った。セミ・ステージ形式ながら楽しく見応えのある舞台だった。

《こうもり》全3幕(1874)ドイツ語上演 字幕付
作曲:ヨハン・シュトラウス2世(1825-99)
原作:アンリ・メイヤック/ルドヴィック・アレヴィ
台本:カール・ハフナー/リヒャルト・ジュネー


指揮:アルフレート・エシュヴェ
演出:ハインツ・ツェドニク
美術・衣裳:オラフ・ツォンベック
振付:マリア・ルイーズ・ヤスカ
照明:立田雄士
再演演出:アンゲラ・シュヴァイガー
合唱指揮:三澤洋史
音楽ヘッドコーチ:石坂 宏
振付補:石井清子
舞台監督:斉藤美穂


ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン(金持ちの銀行家):アドリアン・エレート
ロザリンデ(その妻):アレクサンドラ・ラインプレヒト
フランク(刑務所長):ホルスト・ラムネク(フランク・ブレースは健康上の理由で降板)
オルロフスキー公爵(ロシアの大金持ちの貴族):マヌエラ・レオンハルツベルガー(アドリネー・シモニアンは「出産準備のため」降板)
ルフレート(声楽教師/ロザリンデの元恋人):村上公太
ファルケ博士(公証人):クレメンス・ザンダー
アデーレ(アイゼンシュタイン家の小間使い):ジェニファー・オローリン
ブリント博士(弁護士):大久保光哉
フロッシュ(刑務所の看守):ボリス・エダー
イーダ(アデーレの妹):鷲尾麻衣


合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団


芸術監督:飯守泰次郎


バレエ:東京シティ・バレエ団(キム・ボヨン、小林洋壱、堤 淳、春野雅彦、李 悦、尾之内亜紀、草間華奈、坂本麻実、友利知可子、土肥靖子)

今回は、傑出した声や派手さは不在だが、歌手のアンサンブルがよく、オペレッタとしてまとまりのある舞台だった。指揮者を含め八名の来日アーティストのうち七名がオーストリア(ほとんどウィーン)出身で、唯一アメリカ人のジェニファー・オローリンもウィーン・フォルクスオーパーの現役メンバーである。つまり、キャスティング自体がティームワーク重視の舞台づくりを目指すディレクションの結果だったのだろう。
序曲。指揮者デビューがフォルクスオーパーだったというアルフレート・エシュヴェと東京交響楽団。音色に艶や洗練はないのだが妙に古風な味がある。ローカルなよさ。特にオーボエ(荒絵里子)はウィナー・オーボエを想わせる響き。シャンパンの泡がはじける華やかさには乏しいが、これもよい。
舞台には紙で作ったような額縁舞台があり、アイゼンシュタイン家の屋敷や背景なども歌舞伎のセットみたいにあえて平板なつくり。幕の冒頭でファルケが他の出演者と耳打ちするシーンが短く挿入され、夫が去った直後、妻ロザリンデのもとへ郵便が届いて幕となる。つまり、作品全体がファルケの仕組んだアイゼンシュタインへの復讐劇だと事前に分かるよう配慮した演出。紙細工のようなセットも、すべては儚いひとときの芝居であることを告げている。
第1幕。アルフレート役の村上公太は初役ゆえかやはり硬い。歌唱自体にはやわらかさもあるが、他の歌手(特に女性)とのやりとりになるとぎこちない。村上に限らず、総じて日本の男性歌手は、異性間コミュニケーション(特にラブシーン)に慣れる必要あり。アデーレ役のジェニファー・オローリンは芝居も歌も快調。嘘泣きでこれだけ笑いを取った歌手は初めて見た。さすがにフォルクスオーパーだ。ロザリンデ役のアレクサンドラ・ラインプレヒトは適度の重さのある声と色気で好演。エレートは、前回の好印象とは裏腹に、1幕ではアイゼンシュタインに適役かどうかちょっと疑問に感じたが、尻上がりによくなった。ロザリンデ、アイゼンシュタイン、アデーレの三重唱は実に楽しい。三者三様に腹の中ではうきうきだが、それを隠して悲しげに歌う面白さ・・・。
第2幕。オルロフスキー侯爵邸の広間は、アール・デコ風の装飾的な美術にクリムトの「接吻」をイメージした図柄が印象的。アデーレとイーダ(鷲尾麻衣)の対話がとても自然。鷲尾は《ドン・ジョヴァンニ》のツェルリーナ役でジョヴァンニ役のエレート等と絡んだ経験が活きたか。役の大きさがツェルリーナとは異なるとはいえ、身体から力が抜けていた。アイゼンシュタインとフランクの怪しいフランス語の対話はかなり受けていた(隣のご婦人三人連れは手を叩いて大笑い)。オルロフスキー公爵のマヌエラ・レオンハルツベルガーは、台詞では人物造形が弱く感じたが、クプレ「私は客を招くのが好き」を歌うと途端に濃いキャラのロシア人に変身した。ロザリンデとアイゼンシュタインの時計をめぐるやりとりはまずまずか。ロザリンデのチャルダッシュ「故郷の響き」は少し物足りないが、芝居としてはOK(歌の後半で男性ダンサーが彼女と絡む演出は別のプロダクション?)。直後にポルカ・シュネル「ハンガリー万歳!」でバレエが入り、ハンガリーの伯爵夫人を自称するロザリンデに花を添える。踊るのは東京シティ・バレエ団。新国立バレエ団が出演したのは初演だけだった。その後、「雷鳴と電光」でどんちゃん騒ぎ。「兄妹たち、姉妹たち」のコーラスは、さほど歌い上げず、あまり突出させない方針のよう。休憩なしで第3幕へ。
第3幕。フロッシュ役のボリス・エダーは40代半ば。本プロダクションの四回中たぶんもっとも若い。さすがにフォルクスオーパーの伝統を感じさせたが、少し日本語を多用しすぎた。あまり多いと新鮮さがなくなる。フランクが葉巻で新聞紙に穴を開けるシーンで、ラムネクは火を点けずにやった。煙草が嫌なのか。アデーレの「田舎娘を演じて」では芝居と歌がひとつになっていた。アイゼンシュタインが弁護士のブリント博士になりすまし、妻の「浮気」を探る場面は大好き。エレートは芸達者で面白いが、初演でブレンデルが見せたハナ肇のような破格さに比べると、少し小粒な印象。最後は、刑務所の向こう側に夜会の広間が出演者全員と共に現れ、「シャンパンの・・・」で大団円になる。が、最後にフロッシュが笑いながらアイゼンシュタインを刑務所へ連行する演出で幕。
観客聴衆はよく分かっている。カーテンコールでは、特定の個人に対してより、アーティスト全員に何度も“bravi!”が飛んだ。
四月にはローラン・プティ振付のバレエ版が再演される。初役の米沢唯を含め全4キャストを見る予定。とても楽しみだ。