新国立劇場バレエ『シンデレラ』2014

『シンデレラ』を3キャストで観た(12月14日 14時・18日 19時・20日 18時・21日 14時/新国立劇場オペラハウス)。初日の小野/福岡組、米沢/菅野組は結局2回、寺田/井澤組。

芸術監督:大原永子
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
振付:フレデリック・アシュトン
監修・演出:ウェンディ・エリス・サムス
装置・衣裳:デヴィッド・ウォーカー
照明:沢田祐二
指揮:マーティン・イェーツ
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団
児童バレエ:日本ジュニアバレヱ(指導:鈴木理奈)

【12月14日(日)2:00p.m.】  
シンデレラ : 小野絢子
王子:福岡雄大
義理の姉たち : 山本隆之、野崎哲也

【12月18日(木)7:00p.m.】
シンデレラ : 米沢 唯
王子:菅野英男
義理の姉たち : 古川和則、高橋一輝

【12月20日(土)6:00p.m.】
シンデレラ : 米沢唯
王子:菅野英男
義理の姉たち : 古川和則、高橋一輝

【12月21日(日)2:00p.m.】
シンデレラ : 寺田亜沙子
王子:井澤 駿
義理の姉たち : 山本隆之、野崎哲也

【初日=12月14日(土)14時】小野絢子・福岡雄大
[第1幕 シンデレラの家]マーティン・イエイツ(イエーツ)指揮の東フィルは『眠り』とは打って変わり、序曲だけでこころに響いた。しっとりと鳴らす弦楽器等。音色にも気を配り、音が消滅して次の曲へ移る際のトランジション等もおろそかにしない。いままで気づかなかった声部が随所でよく聞こえる。バンダのヴァイオリン二人の弾き方も従来とは異なる印象。コンサートマスターはプログラムに依田真宣とあるが、初めて見る名前。新任か、それともゲストコンマスか。
「醜い義理の姉たち」の山本隆之はのりきれずあまりコミカルな味が出ない。初日のせいか。野崎哲也はまずまず。小野絢子のシンデレラはきわめて快活。姉の真似をする直前の表情など、感情を表に出す度合いが以前より高い。仙女の本島美和は、芝居はいつも通りよいが、踊りに成長のあとが見える。四季の踊りはみなよく踊っている(冬の精の始まりに携帯が鳴った)。秋の精の奥田花純は運動神経のよさを感じさせる。星の精たちの踊りにキレと勢いがある。
[第2幕 宮殿の舞踏会](舞台から遠くない1階席で見たのだが、1幕から隣の女性がオペラグラスを使う度に降ろす腕がこちらの肘に当たり、その度に舞台への集中が削がれる。東京文化会館の狭すぎる座席ならともかく、ここはかなりゆとりがあるはず。自分の腕が他人の身体に触れても気づかないのだろうか。この幕の初めにまた当たったのでその旨を告げると、彼女は「あっ」と言い、阻害状況は一応解消された。が、1幕では演技の度にやたらと拍手していたが、それ以来、まったく拍手しなくなった。そのことでさらに心理的な阻害が続く事態に・・・。こうした場合、いったいどうすればいいのか。)
八幡顕光の道化を見ていて、前回からやり方が改善されたのを想い出した。が、今回の八幡の動きはまた以前のように少しぎこちないところも。ウェリントン(貝川鐵夫)とナポレオン(高橋一輝)のデコボコのシーンはまずまずか。山本は二幕では動きがよりスムーズになった。王子の友人たちは江本拓、池田武志、福田紘也、井澤駿。池田と福田に強度を感じる。小野は感情や気持ちの持ち方にかなり気を配っている。ヴァリエーションは丁寧できれい。福岡はノーブルな佇まいがかなり身についてきた。ヴァリエーションも『眠り』ほどではないがかなりよい。アダージョ倍音が出るところはまではいかないが小野は気持ちを入れようとの意思が見えた(なんか涙ぐましい)。小野と米沢は互いに相手から学ぼうとしているように思われる。素晴らしい同僚だ。イエイツは音楽的。音が消え入るまで丁寧な音作り。
[第3幕 舞踏会の後]家に戻ったシンデレラ。想い出しての踊りはやはり思いっきり。義理の姉たちの靴の試し履きは二人とも再考の余地あり。シンデレラがあの美しい姫だと分かったあと義理の姉たちが上手から退くとき、ペーソスが出るとよいのだが。アモローソでは音楽が素晴らしい。二人の在り方がよいからそう聞こえる。いつも感じるのだが、カーテンコールで小野はもっとゆったりとレヴェランスしてもよい。客席ではもっとあなたを見たいのですよ。
【二日目=12月18日(木)19時】米沢唯・菅野英男
[第1幕 シンデレラの家]醜い義理の姉たちは古川和則と高橋一輝。二人で動きを合わせるところなどは詰めの甘さもあるが、特に古川が作り出す空気がとてもコミカル。ダンサーの人間性が出る。その意味では、意地悪さが足りない憾みもあるほど。だが、見ていると頬が緩んでくる。父親役は輪島拓也。なんか真面目なお父さん。米沢唯は二年前の初役時とは違う。前回はシンデレラの役を徹底して身体に入れ、あとは舞台でいわば無意識にその役を生きる、そんな感じだった。だが、今回は〝ゾーンに入る〟のではなく、いろいろと分かった上で演じ踊っている。余裕があるといえば、そう見えなくもない。無意識にあるいは自然に身体が動くというより、ある程度は意識的に踊っている。そう見えた。踊り相手の箒を椅子や壁に立て掛けるとき、前回は、ほとんど無意識の動作のように見えて倒れる気がしなかったが、今回は、倒れないように注意して意識的に置いていた(見ていて倒れなければいいがと思った)。それでも、たとえば亡き母の肖像画を暖炉の上に飾り灯明をあげるシーンでは、今回も、母と対話しているように見えた。その後、両手で顔を覆い泣く。父の存在に気づいてはっと我に返り、泣いたことを隠すような仕草。このあたりの米沢は俳優顔負けの細やかさ。仙女の堀口純はまずまずの美しい踊り。あとは役の腹というかパトスの問題だ。夏の精の踊りのときクラリネットの歪んだ音がしたが、なんとかセーフ。この曲でのオーボエのスラーは難しいのはわかるが、もう少しスムーズさがほしい。
[第2幕 宮殿の舞踏会]道化の福田圭吾はおっとりした佇まい。きりきりやらず、ぎこちなくない。ウェリントンの小柴富久修は貝川や退団した小笠原ほどの上背はない。クシャミで義理の姉へのサポートを外すシークエンスはもっと練習が必要。二人の姉たちは楽しいが、要所でツボを外さぬように。王子の菅野英男は舞台に居るだけでロイヤル。周囲の空気を一変させるgoodnessが漂う。シンデレラの登場で正面奥の階段を降りてくるシーンは、今回も見応えがある。初めての晴れの舞台で緊張して会場へ入ってきて、中央手前で初めて王子に気づき、挨拶するシンデレラ=米沢。その後、王子に促されて踊るソロは静かで端正で清楚な踊り。このとき、後方の壇上でシンデレラの踊りを見守る王子=菅野の佇まいがじつにいい。なあ、道化よ、なんて美しいんだ! と。続く王子のソロはまだ少し重いが、『眠り』のときより格段に持ち直し、気品のある踊り。二人のアダージョは難しいシークエンスを少しもせかせかせず流れるように踊っていく。カエル脚にも違和感がない。菅野はサポート時もノーブルなまま。やはり二人は相性がよい(前回の米沢と厚地康雄のペアもよかったが)。時計のシーン。「あーどうしよう!」とシンデレラ。イエイツの指揮は間をたっぷり取る。
[第3幕 舞踏会の後]義理の姉妹がドレスを脱ぐシーン等。菅野王子の登場。くすんだ室内にロイヤルな気品との対照の妙。妹をおどけて慰める道化に、姉が、もういいから、と制し、上手へ去るシーンは、やはりペーソスが出ない。かつてのアクリの演技にはかなり悲哀を感じた記憶がある。だが、シンデレラの足とガラスの靴がぴったり合ったのち、シンデレラが義姉とハグしたとき、古川は米沢の頬に手をやり「よかったじゃない」と祝福した。これは「醜い義理の姉」のキャラをはみ出すかも知れないが、悪くない。ここでも古川の人間性がにじみ出た感じ。ラストの二人のアモローソ。高音のきらびやかな旋律を低音(チューバ)が支える荘厳な音楽にふさわしいシンデレラと王子。幕切れのチェレスタの上昇音階が、美しいおとぎ話の舞台を見事に完結させた。
【12月20日(土)18時】米沢唯・菅野英男の2回目
この二人をまた見たくなり、三階左バルコニーやや後方壁際のチケットを入手。14時から東京バレエ団の『くるみ割り人形』(東京文化会館)を見た後、初台へ駆けつけた。前に座る二つの頭の間から舞台を覗く感じ。オケピットで視野に入るのは上手端のティンパニーぐらい。指揮者はまったく見えない。
[第1幕 シンデレラの家]醜い義理の姉妹たちが回転しながら背中をぶつけ合うシークエンスはこの日はまずうまくいった。暖炉前の唯ちゃん、火の粉を払う素早い仕草がすごいリアル。バケツの水で雑巾を絞るところも。この左上からの角度からだと、中央の姉妹たちに照準を合わせたまま、その延長線上に居るシンデレラの動きがよく見える。福田圭吾のダンス教師はバンダへの合図など、芸が細かい。仙女の堀口はやはりよい。きれい。四季の踊りは前回同様。オケは昼夜ダブルのせいか、ヴァイオインの音程が少しずれたり、トランペット等で少し疲れがみえる。
[第2幕 宮殿の舞踏会]王子の友人たちはまずまず。奥村康祐の道化は初役だと思うが、悪くない。やりようによってはイギリス人俳優が造形するシェイクスピアの道化のような味が出るかも知れない。菅野の王子はやはり別格。存在の有り様だけで、その場に居る人々を肯定し祝福する。米沢のヴァリエーションは結構勢いをつけて踊っているように見えた。強度の高さ。かたちもよいし、完璧に近い。菅野のソロは木曜日より出来がよい。王子の風格と品格がにじみ出る。アダージョ。カエル足でよいと思うことはめったにないが、よい。菅野は笑顔のアウラを醸しながらしっかりサポートする。素晴らしい。パーフェクトのパ・ド・ドゥ。
[第3幕 舞踏会の後]古川はおもろい。ドレスを脱いだ後、身体を掻く仕草がリアル。ロイヤルな王子。ラストの場。あらたまった雰囲気。米沢の絶妙なバランスは、二人の信頼関係を見事に表象している。アモローソのクライマックスでトランペットが高らかに鳴らす。グッときた。木曜日より音楽に高揚感が増した。イエイツはステージをあまり見ないで振る指揮者のようだが、何かを感じ取ったのだろう。この高揚は劇場全体に充溢した。
この日は公演が始まると隣席の二人のご婦人から「ほら、唯ちゃんよ」「唯ちゃーん!」の声が。途中でも彼女が登場すると何度も「唯ちゃん!」と思わず口から出たというように呟いていた。それがとても真率なため、周りの誰も咎めない。どうやら米沢唯の幼少期を知っている人たちだったらしい。いろいろな人たちに見守られている米沢唯。
【12月21日(日)14時】寺田亜沙子・井澤駿
[第1幕 シンデレラの家]醜い義理の姉妹の山本と野崎は初日よりかなり改善されていた。父親のトレウバエフと共に、動きが演技というよりダンス的。父親役はトレウバエフがやると、何気ない一挙手一投足が舞台芸術そのもの。見応えがある。さすが。寺田亜沙子のシンデレラはよいと思うが、もっと自信を持てばさらによくなるはず。雑巾がけのバケツを重そうに移動させる動きはリアル。亡き母の肖像画へ燈明をあげ、両手で顔を覆って泣いたあと、父の元へ駆け寄る。それぞれの動き自体はよいのだが、二つのシークエンスを心理的に切れ目なく繋げばもっとよい。仙女の本島は相変わらず思い切りのよい演技だが、踊りは初日の方がキレていた。
[第2幕 宮殿の舞踏会]福田圭吾の道化は観客席とのコンタクトが堂に入ってきた。『パゴダの王子』の道化経験が大きいのではないか。王子の友人たち四人は揃っているとはいえないが、活力があってよいと思う。特に池田武志。林田翔平は勢いはあるが少し様式性から外れがち。王子の井澤駿には姿形と精神性の希有な両立が見られる。若いなりに重みと弾性のある踊り。サポートも悪くなさそうだ。寺田のヴァリエーションは、後半、音楽がワルツになってアッチェレランドするさいシェネのマネージュで勢いを増すには至らなかったが、それなりにきれいにまとめたと思う。後方で、道化(福田=夫)がシンデレラ(寺田=妻)のことを「綺麗ですね」と王子にマイム(!)。井澤のヴァリエーションは、ジャンプしてアラベスクするとき少しぎこちなかったが、回転はとても美しい。初役でこれだけやれれば大したもの。場数を踏めばもっとよくなるだろう。パ・ド・ドゥでは井澤のサポートが、寺田の特に上半身の美しさを際立たせた。女装した山本と野崎の〝妖しいアウラ〟を今回再認識した。この役には本来それが必要なのだろう。大小のオレンジのやりとりで山本はミスったが、問題ない。野崎はステップを忘れた時の仕草がとてもよい。
休憩時ベンチに座っていると声をかけられた。久し振りに会う知人だった。二十数年振りか。だが、彼はバレエと結びつかない。教え子が、ゼミ生が出演している? 井澤駿のこと? この王子は大学生だったのか。
[第3幕 舞踏会の後]戻ってからのシンデレラ。寺田はリラックスして踊っている。役として? ソロやパ・ド・ドゥが終わったから? 見る側も、久し振りに再会した知人の話が、その余燼が頭の中でくすぶっている。集中だ。帰宅した義理の姉たち。二人とも思いっきり演じている。王子来訪。ソロ、とてもよい。なかなか脱げない靴。大きな笑い。ここで最も時間をかけたのは井澤かも(奥村康祐の王子はどうだったのか)。かなり役者。山本の義姉はシンデレラとハグする時とても淡泊。井澤王子はシンデレラをリフトしてステップを降りるとき、下を見ながらモノを運ぶような感じ。ここはもっと荘厳に。寺田シンデレラはバランスでポアントが落ちた。シンデレラの喜びや幸福感の表出を切らさなかった点はよい。だが、寺田ならこれくらい(といっても難しいとは思うが)出来るはず。昨年6月の『ドン・キホーテ』でキトリを、7月の「バレエ・アステラス」で『サタネラ』を踊った寺田が頭にあるからだ。今後の飛躍を期待している。
今回は指揮者イエイツのお陰で音楽がよかった。それとカーテンコールのやり方が改善されていた(舞台監督:伊藤潤)。