2014ボリショイ・バレエ『ドン・キホーテ』12月6日マチネ+ソワレ/成熟したアレクサンドロワに大歓声

ボリショイ・バレエによる最後の演目『ドン・キホーテ』を昼夜ダブルで観た(12月6日 12:30・18:30/東京文化会館)。

≪ドン・キホーテ≫全3幕
音楽:ルートヴィヒ・ミンクス
台本:マリウス・プティパ
原振付:マリウス・プティパ,アレクサンドル・ゴールスキー
改訂振付:アレクセイ・ファジェーチェフ(1999年)
舞台美術デザイン:セルゲイ・バルヒン
衣裳復元:タチヤーナ・アルタモノワ,エレーナ・メルクーロワ
音楽監督:アレクサンドル・コプィロフ
照明:ミハイル・ソコロフ
美術助手:アリョーナ・ピカロワ
指揮:パーヴェル・クリニチェフ
管弦楽ボリショイ劇場管弦楽団


<出演>【マチネ】/【ソワレ】(「/」なしは同じキャスト)
キトリ/ドゥルシネア:マリーヤ・アレクサンドロワ/エカテリーナ・クリサノワ
バジル (床屋):ウラディスラフ・ラントラートフ/ミハイル・ロブーヒン
ドン・キホーテ (さすらいの騎士):ニキータ・エリカロフ/アレクセイ・ロパレーヴィチ
サンチョ・パンサ (ドン・キホーテの剣持ち):アレクサンドル・ペトゥホフ/ローマン・シマチョフ
ガマーシュ (金持ちの貴族):ヴィタリー・ビクティミロフ/デニス・メドヴェージェフ
フアニータ、ピッキリア (キトリの友人):アンナ・レベツカヤ、ヤニーナ・パリエンコ
エスパーダ (闘牛士):ルスラン・スクヴォルツォフ
街の踊り子:アンジェリーナ・カルポワ/アンナ・チホミロワ
メルセデス :クリスティーナ・カラショーワ/オクサーナ・シャーロワ
ロレンソ (宿屋の主人/キトリの父):アンドレイ・シトニコフ
ロレンソの妻 (キトリの母):アレフティナ・ルーディナ
公爵:イリヤ・ヴォロンツォフ/アレクサンドル・ファジェーチェフ
公爵夫人:ヴェラ・ボリセンコワ
居酒屋の主人:ローマン・シマチョフ/アレクサンドル・ペトゥホフ
森の精の女王:アンナ・ニクーリナ
3人の森の精:ネッリ・コバヒーゼ、オルガ・マルチェンコワ、
       アナ・トゥラザシヴィリ
4人の森の精:アンナ・ヴォロンコワ、スヴェトラーナ・パヴロワ、
       エリザヴェータ・クルテリョーワ、ダリア・グレーヴィチ
キューピッド:ユリア・ルンキナ
スペインの踊り:ニーノ・アサチアーニ、 ヴェラ・ボリセンコワ、マリーヤ・ジャルコワ/マリーヤ・ジャルコワ、ヴェラ・ボリセンコワ、ニーノ・アサチアーニ
ジプシーの踊り:アンナ・バルコワ/クリスティーナ・カラショーワ
ボレロ:オクサーナ・シャーロワ、アントン・サーヴィチェフ/アンナ・バルコワ、ヴィタリー・ビクティミロフ
グラン・パの第一ヴァリエーション:アンナ・チホミロワ/エリザヴェータ・クルテリョーワ
グラン・パの第二ヴァリエーション:アナ・トゥラザシヴィリ

新国立と同じファジェーチェフ版。
【マチネ】
第1幕。バルセロナの広場。キトリ役のマリーヤ・アレクサンドロワは舞台上で楽しんでいる。そう見えた。とにかく自由無碍。ベテランのジャズ奏者がその場で自在にアレンジして演奏しているみたい。バジル等との芝居が実に楽しい。バジルの背中を叩くシーンでは、まだギターを背負っていたため「パッコン!」と音がした。キトリの友人たちをバジルから追い払う仕草も半端ではない。下手手前でじっさいに指を数回鳴らしてから、二人で中央へ赴きフィンガースナップを取り入れた例の踊りを踊ったり。踊りは、たとえばカスタネットを持って後ろに反り返る動きなど、反りは全然足りないが、関係ない。彼女の精神が舞台に偏在し、それが客席にまで及んでくる。素晴らしい。バジルのラントラートフはやる気十分。ヴァリエーションでもキレがあり、片手でキトリをリフトしたとき、片足上げまでしてみせた。1幕のカーテンコールでアレクサンドロワは〝大量のキス〟を掌に入れ二度客席に投げかけた。ナイフは刃を上に向けて床に置くやり方。なまじ立てそこなうよりこの方が現実的か。オケは多少疲れがあるはずだが、まずまず。
第2幕。居酒屋のシーン。キトリとバジルが思い切り踊った後、アレクサンドロワはポワントで膝下を後ろへ蹴りながら下手のテーブル椅子へ退いた。バジルが黒マント姿で下手から登場する際、ガラスが割れるような音がした。アクシデント? それとも効果音?(ソワレで後者だと分かった)。ギター(スペイン)の踊りはふつう(ニーノ・アサチアーニ)。メルセデスのクリスティーナ・カラショーワはいかにもスペイン風。幕切れでキトリがパンサから一輪の赤バラをもらうとき、アレクサンドロワはパンサ(アレクサンドル・ペトゥホフ)の頬にキスをした。陶然とするパンサ。ジプシーの野営地。ジプシーたちの群舞はさほどキレがない。やはり疲れか。ジプシー女のソロがあった。新国立は同じ版のはずだがカットしている。人形劇の箱馬車をキホーテが槍で壊すが、あまり崩れないつくり。キホーテの夢のシーン。ドゥルシネアのアレクサンドロワはキトリとは打って変わった別人格。とても丁寧な踊り。森の精の女王のアンナ・ニクーリナは少し線は細いが(アレクと比べたら誰だって細いが)きれいな踊り。キューピッドのユリア・ルンキナもよい。ただ、カーテンコールで真っ先に退くと、アレクサンドロワが客席に向かって肩をすくめた(ソワレでは主役の後から退いた。注意されたのだろう)。
第3幕。貴族の館。ファンダンゴの後、例のアントレの曲が聞こえるといつもわくわくする。アダージョでは、ラントラートフがキレのある動きで盛り立てるなか、アレクサンドロワがゆったりと気を漲らせて踊る。後ろ脚を思いっきり天に突き上げ(垂直以上)、手は床に着かんばかりの姿勢。特に踊りで何かが優れているというよりも、彼女のパトスが動きやバジルとの関わり方から伝わってきて、皆が喜ぶのだ。グラン・パ第1ヴァリエーションのアンナ・チホミロワはジャンプが高く踊りもきれいで気に入った。バジルのヴァリエーションは、むずかしい動きを随所に取り入れて気を吐いた。キトリの扇のヴァリエーションは、ダイナミックなハープと共に、踊りの成熟度が高く素晴らしい。バジルの喜びが身体=動きのすみずみまで漲っていた。コーダーではフェッテではなくシェネで上手から登場し、そのまま舞台を二周した後、下手へ突っ込んでいった。しかも超高速回転で。客席からは大歓声が沸き起こった。
カーテンコールで、アレクサンドロワは例によって跪いてのレヴェランス。二人揃って跪くシーンも。数度のコールのあと客電が点いてからも拍手は一向に衰えず、いっせいにスタンディング。アレクサンドロワは何か叫びながら客席に向かって思いっきり拍手を返す。つられてラントラートフも。やがて、彼女は両手で顔を覆い感涙の態。するとラントラートフがその肩を優しく抱く。最後は手を振って退いた。客は本当に喜んでいた。結局、われわれは何が見たいのか。卓越したテクニックか。もちろんそれは前提だが、それだけでは満足しない。できない。舞台と客席の交流。それこそ舞台芸術の究極の目的ではないのか。身体的にはやや峠を過ぎたアレクサンドロワの成熟したパフォーマンスから、いろいろ考えさせられた。
【ソワレ】
キトリ=エカテリーナ・クリサノワ/バジル=ミハイル・ロブーヒンの若手ペア。全般的に軽やかに飛び跳ねる。それにしても実に楽しい演目だ。改めてそう思う。ボリショイの『ドン・キ』はよい。オケは疲れからかさすがに少し乱れ気味。ホルンがフライング。チェロのソロはマチネとは別人か。キホーテ役のアレクセイ・ロパレーヴィチはもっと鷹揚であってもよい。プロローグでパンサは剣に一度しかキスしない。いろいろやり方があるようだ。
第2幕のギター(スペイン)の踊りはこっち(マリーヤ・ジャルコワ)の方がよい。パンサから花をもらってもキトリ(クリサノワ)はキスしない。アレクサンドロワが変則なのだろう。野営地でのジプシーの踊りもこっち(クリスティーナ・カラショーワ)が印象的。森の場面でドゥルシネア=クリサノワはふんわりした踊り。彼女はあまりロシア的に見えない。むしろフランスを含むラテン系の風情か。オケは今度はトランペットがフライング。だいぶお疲れの様子。
第3幕。アントレのテンポがかなり速い。アダージョに入っても前半はゆったり感が乏しい。後半からテンポを落とした。ヴァリエーションは男女ともによいと思う。クリサノワのフェッテは超高速で、はじめはダブル、後半からシングルで回りきった。かなりのテクニシャン。だが、マチネほどの喝采は起きない。カーテンコールでも、客電が点いたら拍手は止んだ。