新国立劇場オペラ研修所 試演会《秘密の結婚/ラ・ボエーム》(抜粋上演)/新所長と新音楽主任講師に期待する

オペラ試演会《秘密の結婚/ラ・ボエーム》(抜粋上演)を観た(8月2日 14時/新国立小劇場)。

研修所長:永井和子
指揮:河原忠之(音楽主任講師)

永井和子の所長就任は知っていたが、河原忠之が音楽主任講師に着任したのは初耳だった。彼の音楽との出会いは、2007年1月に昭和音大グラインドボーン音楽祭の理事長と総監督を招いた公開講座。後半の「公開オーディション」で歌手のピアノ伴奏を務めたひとりが河原氏だった。それは単なる伴奏の次元をこえており、激しくこころを動かされた。ピアノ一台でオペラのドラマを現出させようとする気迫とパトスが尋常ではなかった。あとでスタッフに問い合わせたほどである。その後、彼のピアノで歌手が歌う「リサイタル」のチラシを何度か見たが、都合がつかず一度も聴けていない。あのとき感じたものを確かめる絶好の機会となった。

ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)《ラ・ボエーム》(1896)3・4幕より抜粋上演

演出:三浦安浩(演出講師)
ピアノ:高田絢子
【キャスト】
ロドルフォ:菅野 敦(2日)/水野秀樹(3日)
ミミ:上田純子(2日)/原 璃菜子(3日)
ムゼッタ:清野友香莉(全日)
マルチェッロ:岡 昭宏(全日)
コッリーネ:松中哲平(全日)
ショナール:小林啓倫(全日)

素晴らしい。やはり、指揮の河原忠之の存在が大きい。彼が音楽のすべてを、ピアノはもちろん、歌手の歌唱や呼吸を導き、作り出している。そう感じた。歌手はみなよい。声を持っているし、(日本の歌手にありがちな)妙な癖もなく、歌う喜びを感じながら素直に歌っている。演出は特にいうことはない。動かし方はもっとあると思うが、音楽を邪魔しなければよい。ピアノの高田絢子は夾雑物がなく、虚心に指揮者の意を汲んで演奏した。
七年ぶりに河原氏の〝実演〟に再会した。今回は指揮者として。期待どおり、彼は無音でもドラマティックな空気を作り出せる。今後はオケを振るとどんな響きがするのかぜひ見て(聴いて)みたい。
ミミの上田純子とロドルフォの菅野敦のデュエットには、聞き手を引き込む何かがあった。マルチェッロを歌った岡昭宏の美声、ムゼッタ役の清野友香莉の姿のよさも楽しめた。

ドメニコ・チマローザ(1749-1801)《秘密の結婚》(1792)短縮版

演出:粟國 淳(演出主任講師)
ピアノ:石野真穂
チェンバロ:大藤玲子
【キャスト】  
ジェロニモ:松中哲平(全日)
エリゼッタ:竹村真実(2日)/飯塚茉莉子(3日)
カロリーナ:城村紗智(2日)/種谷典子(3日)
フィダルマ:高橋紫乃(2日)/藤井麻美(3日)
ロビンソン伯爵:大野浩司(2日)/小林啓倫(3日)
パオリーノ:岸浪愛学(2日)/小堀勇介(3日)

演技・動きがよい。指揮者はさすがにプッチーニほどのノリはないが、要所を押さえた音楽作り。ピアノ(石野真穂)は少しぎこちない箇所もあったが、まとめにくい音楽だと思われるので健闘したといえる。
とにかくみな芝居がうまい。粟國淳の指導の成果か。喜劇が一番むずかしいはずだが、そのセンスを感じさせる。特に、所長と同じ音域の、フィダルマを歌った高橋紫乃メゾソプラノ)がとても気に入った。芝居もいいし、歌唱も素晴らしい。歌声に、色合いというか、ひとつの際立った感触のようなものが、すでにある。オペラ劇場で見(聴い)てみたい。ロビンソン伯爵の大野浩司(バリトン)は存在感があり、ノーブルな佇まいに喜劇的な味も出せる。歌はまだ精進が必要だが、モーツァルトなどで見(聴い)てみたい。パオリーノの岸浪愛学(テノール)は素材がよい。難しいアリアをよく歌いきった。チェンバロ(大藤玲子)はフォルテピアノを思わせる響き。終了後ピットを覗くと、キーボードが見えた。電子チェンバロなのか。
4月から新所長を迎えたオペラ研修所は、幸先のよいスタートを切った。今後の展開が楽しみだ。