新国立劇場バレエ『ファスター/カルミナ・ブラーナ』初日・二日目/成熟した湯川麻美子と瑞々しい米沢唯/合唱は素晴らしいがソリストが

ビントレーの近作と旧作をカップリングしたバレエ公演『ファスター/カルミナ・ブラーナ』の初日と二日目を観た(4月19日 18時・20日 14時/新国立劇場オペラハウス)。
湯川さんと唯ちゃんのフォルトゥナをもう一度見たかった。が、昨夜(25日)はフィリップ・ジャルスキーカウンターテナー)&ヴェニスバロック・オーケストラのコンサートとかち合い、今日明日(土・日)は溜まった仕事を月曜までに仕上げねばならないため、自宅に缶詰。残念(といいながら、こうしてブログを書いているのだが)。

「ファスター」Faster(初演 2012年)
音楽:マシュー・ハインドソン Matthew Hindson
衣裳:ベックス・アンドリュース Becs Andrews
照明:ピーター・マンフォード Peter Mumford
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra
キャスト
跳ぶ (AERIALS): 本島美和、菅野英男、奥村康祐【19日、20日、27日】/長田佳世、小口邦明、輪島拓也【25日、26日】
投げる(THROWERS):福田圭吾、米沢唯、寺田亜沙子【19日、20日、27日】/八幡顕光、堀口純、丸尾孝子【25日、26日】
闘う(FIGHTERS):小野絢子、福岡雄大【19日、25日、27日】/奥田花純、タイロン・シングルトン(バーミンガム・ロイヤル・バレエ)【20日、26日】
ラソンMARATHON):五月女 遥 ほか全員【19日、25日、27日】/竹田仁美 ほか全員【20日、26日】

2012年のロンドン五輪を祝して作られた作品。人間の限界に挑戦するアスリートたち。過酷なトレーニング。「跳ぶ」ではオーボエやヴァイオリンのソロのなか、本島美和がかつての(東欧の)体操選手を思わせる美しい肢体と動きで魅力を発揮。菅野と奥村をハイジャンプのバーに見立て、本島が助走して背面跳びをみせる。奥村はもっとシュアなサポートを。フェンシングのチームAやバスケットのチームBの動きも面白い。
ファイターズが見せるアスリートの負の側面。怪我や敗北。弦楽器の軋みやチェロのハイトーンが呻吟する選手の孤独や苦しみを表出。ここでパ・ド・ドゥを踊る趣向が面白い。アスリートの挫折を、助け合いで克服する。初日の小野絢子と福岡雄大はそこに愛を感じたが、二日目の奥田花純とタイロン・シングルトンでは、仲間同士の支え合いが強調された。奥田の物怖じせず、果敢にトライするメンタリティに好感を持った。『パゴダの王子』での桜姫役が楽しみ。
再び走る。走る。達成感。栄光。再度、スタートラインへ。(マラソンクラウチングスタートは変だが、走る行為を様式化したのだろう。)五月女遥の身体能力の高さは相変わらず。福田圭吾の前傾で走る姿がよい。久し振りの寺田亜沙子はやる気十分。シンクロの原田舞子も目に付いた。それにしても、ダンサーたちはこんなに走らされたのでは大変だろう。

カルミナ・ブラーナCarmina Burana(初演 1995年/新国立劇場初演 2005年)
音楽:カール・オルフ Carl Orff
装置・衣裳:フィリップ・プロウズ Philip Prowse
照明:ピーター・マンフォード Peter Mumford
指揮:ポール・マーフィー Paul Murphy
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra
ソリスト歌手:安井陽子(ソプラノ)Yasui Yoko/高橋淳(テノール)Takahashi Jun/萩原潤(バリトン)Hagiwara Jun
合唱:新国立劇場合唱団 Chorus : New National Theatre Chorus(合唱指揮:三澤洋史)
キャスト
【4月19日(土)6:00p.m.、25日(金)7:00p.m.、27日(日)2:00p.m.】
運命の女神フォルトゥナ : 湯川麻美子
神学生1 : 菅野英男
神学生2 : 八幡顕光
神学生3 : タイロン・シングルトン(バーミンガム・ロイヤル・バレエ)
恋する女:さいとう美帆
ローストスワン : 長田佳世
【4月20日(日)2:00p.m.、26日(土)2:00p.m.】
運命の女神フォルトゥナ : 米沢 唯
神学生1 : 奥村康祐
神学生2 : 福田圭吾
神学生3 : 福岡雄大
恋する女:小野絢子
ローストスワン : 本島美和

ティンパニーの打ち下ろす乾いた響きを合図に合唱のフォルトゥナへの呼びかけが始まる。ほどなく暗やみの舞台に照明が当たり、セクシーな運命の女神が姿を現す。見事な演出。改めてビントレーの演出の巧さに感心する。湯川麻美子のハイヒールの踊りは実にカッコイイ。これで三度めのフォルトゥナか。完成度の高い彼女の踊りに思わずグッときた。菅野英男の神学生1は、神学生に見える。踊りは端正。神学生2の八幡顕光は、手慣れた動き。神学生3のタイロン・シングルトンは背が高くマッチョ。湯川との絡みでは、あまりサポーティヴに見えなかった。それでも湯川=フォルトゥナは何のその。初日の舞台を見事に締め括った。
二日目のフォルトゥナは初役の米沢唯。前半の「ファスター」でかなり足を使った後のハイヒール踊り。ちょっと心配したが、杞憂に終わった。フレッシュな運命の女神。実にしなやかで瑞々しい踊り。サングラスに赤いドレスのシーンでは前日の残像が残っている分やや幼く見えた(四年前の小野絢子ほどではないが)。だが、ラストの、再び黒のドレス姿で神学生3(福岡雄大)を突き放すシーンには眼を見張った。男の方には目もくれず、ただ突き飛ばすのだ。それから、怯えている男(福岡)に冷たい視線を向ける。一見イノセントなフォルトゥナだが、そうした外見と実体の乖離がかえって女神の怖さを倍加した。湯川さんのような成熟した女神を模倣するのではなく、いまの自分の身の丈にあった運命の女神を内側から造形する。結果、イノセンスの残酷さが運命の女神の属性として見事に現出した。いかにも唯ちゃんらしい。神学生3の福岡も踊りが十全で、素晴らしい。神学生2の福田圭吾も巧さを発揮。神学生1の奥村康祐は踊りが少し雑に見え、役作りとしても神学生の出自があっさり消えすぎる印象。小野絢子の恋する女はとても楽しげ。茶髪のリーゼントが出てくる場面では、トレウバエフが本当に楽しそうに踊る。見ていてこちらまで嬉しくなる。
今回、東フィルはできがよい。海外ツアーの好影響か。指揮のポール・マーフィーもこれまでのような不満は感じない。なんといっても新国立劇場合唱団が素晴らしい。60人でこれだけの密度と強度が出せるとは。それに比べ、声楽ソリストがあまりに貧弱。特にソプラノの安井陽子はパ・ド・ドゥの「21.ゆれ動く、わが心」でまったく心が入っていない。つまり歌っていないのだ。続く「23.私のいとしい人」でのコロラトゥーラを意識するのは分かるが、これでは舞台上の二人が気の毒。テノールの高橋淳はやり過ぎ。前回もそうだった(オペラでも〝勘違い〟が実に多い)。いくらなんでも音楽の枠をはみ出したらおしまいだ。舞台上の演技の邪魔になるだけ。
それにしても、カーテンコールで合唱団員を一度しか立たせないのはなぜ? 客席では、ソリストの三人よりも、合唱にもっと賛辞を送りたいとの思いが渦巻いていた。二人の指揮者には分からなかったのか。