新日本フィル#522定演/後半のメルクルは別人

準・メルクル指揮の3つ目の公演を聴いた(3月14日 19:15/すみだトリフォニーホール)。

シューマンゲーテの『ファウスト』からの情景」序曲

初めて聴いた。「序曲と七つの情景で構成される」全曲を聴いてみたい。そう思わせる演奏。

シェーンベルク 浄められた夜 op. 4(弦楽合奏版)

この曲を聴くと、未だに山崎広太と平山素子の踊りが頭に浮かぶ(2001年/東京芸術劇場小ホール1)。そのせいか、もっとザワザワした感じ、鮮烈な響きが欲しくなる。ソロではヴィオラの吉村知子の芳醇な音色が印象的。コンマス西江辰郎はもう少し音量が欲しい。オケは皆一所懸命に弾いているのだが、音が聞き手の直前で止まってしまうような印象。山崎広太のようなキチガイじみたアーティスト(指揮者)の演奏を聴きたい。

ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調 op.92

開始直後、悪くない予感。リピートの快感。第二楽章のチェロとヴィオラがテーマを奏でると初めて頬が弛んだ。第一ヴァイオリンにテーマが移行しても中声部を朗々と歌わせる。三楽章のプレストは本当にプレスト。迷いなど一切なく快調に進み、四楽章へ。ここでやっとキタ。メルクルの棒は、スピノジのようなフェンシングというより、居合の日本刀を思わせる。剣士の殺気が漲っていた。オケも明らかにノリノリで、怒濤のフィナーレへ。この日は、本当のブラボーが飛んだ。先日の気のない「レクイエム」は何だったのか。デイヴィッド・ヘルツォークのトランペットは切れ味がよい。白尾彰のフルートはいつもながら日本の横笛のような味わい。