新国立劇場バレエ『白鳥の湖』2014/四日目/米沢唯という表現者2

白鳥の湖』四日目(2月22日 14時/新国立劇場オペラハウス)。
再び米沢唯&菅野英男組。16日は1階15列目のほぼ中央で見たが、二回目のこの日は3階左バルコニーから。二人の『白鳥』を初めて見た二年前と同じ席。
プロローグ。オデット姫は下手から登場後、何かただならぬ気配を感じ窓(外)に眼をやる。編み物(刺繍)は、初回同様、いったん針を上から下へ刺したのち、なかなか上へ通さないこだわりのリアリズム(プログラム)。その後、魔力に引き寄せられるように窓辺の方へ後ずさりし、思わず見上げると頭上から巨大な羽根が覆い被さり・・・。初回と微妙に異なる(ように見える)動きから、続くドラマへの期待が高まる。ビントレー監督に「storyteller」と言わしめた米沢の面目躍如。
第一幕。菅野英男は、初回ほど調子がよくなかったかも知れない。それでも、王子としてのノーブル(善美)ぶりを内側から放散していた。
第二幕。王子との邂逅後、オデット姫の囚われの身としての哀しさが確かに伝わってきた。二人のやり取りはやはり見応えがある。やがて、ロートバルトが現れ、王子に手を差しのべながら上手へ去って行くオデット。二年前は、ここで姫がなにか言葉を呟いているように見えた。「私のことを忘れないで・・・」と。今回は、言葉が聞こえるというより、白鳥の身体全体が悲痛さを帯びている感じ。
第三幕。素晴らしいグラン・パ・ド・ドゥ。実に雄弁な踊り。静かで美しいフェッテ。トリプルやダブルを入れてもバクランのテンポが高速のため、そのように見えないほど。オディールのヴァリエーションは、蘇演時にチャイコフスキーピアノ曲集『18の小品 Op. 72』から第12番「いたずらっ子」( L'espiegle)をドリゴがアレンジして挿入した曲だ。直前の王子のヴァリエーションはオデット姫に再会した(と思い込んだ)王子の喜びの踊りだろう(初めてそう実感したのはコレーラがマーフィを相手に牧公演で踊ったとき)。では、このソロはどうか。オディールの思いは、オデットのふりをして王子を欺し誘惑すること。曲想からもその線が妥当なように思われる。米沢唯のソロを見ながらそう感じたわけではない。踊り手の身体を取り巻く空間が見終わった後々まで頭に残り、思考を促すのだ。
第四幕。健気に踊っている白鳥たちとオデットのコミュニケーション。二回目のこの日の方が、幕切れはグッときた。

米沢唯の踊りは、これまで、身体よりも精神のかたちの方がよく視えた。だが、今回は、身体(のライン)もよく見える。その分、以前より外側からの意識量を増やしたのかも知れない。これは新たな局面への入り口なのか。見る側は、息を詰めて見入るというより、ゆったりとした踊り手の身体に同調しながら、踊りが創り出していく時空間に立ち会うような、そんな感じ。注視させる求心性はもちながら、息苦しさは微塵もない。むしろ踊りが開いていく空間で気持ちよく呼吸することができる。その意味では古楽に似ていなくもない。添加物が入っていないピリオド演奏の音楽に。米沢唯の今後の展開がますます楽しみになってきた。