アメリカン・バレエ・シアター『くるみ割り人形』【訂正】

ABTの『くるみ割り人形』を「ジャパン・アーツ夢倶楽部公演招待」で見せてもらった。(2月21日 13時/BUNKAMURA オーチャードホール)。

世界初演:2010年12月23日、ニューヨーク、ブルックリン音楽アカデミーのハワード・ギルマン・オペラハウスにて(主演:ジリアン・マーフィー&デイヴィッド・ホールバーグ)]
振付:アレクセイ・ラトマンスキー
装置・衣裳:リチャード・ハドソン
照明:ジェニファー・ティプトン
指揮:オームズビー・ウィルキンズ
管弦楽東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

こんな楽しい『くるみ』は初めて。
台所から始まるとは(そういえばホフマンの原作には台所のシーンがあったような)。料理人や召使いや子ネズミまで。そこへクララ(アデレード・クラウス)やフリッツ(グレゴール・ギレン)がつまみ食いにやって来る。ドロッセルマイヤーも顔を出す。面白い。
やがて舞台は広々としたリビングへ。クリスマスパーティだ。子供たちの地面を踏み鳴らす一連の踊りがいい。親たちへの不満? プレゼントのおねだり? この動きは何度か変奏していく(第二幕のキャラクターダンスにも)。K-Ballet Schoolの子供たちも生き生きと踊り、演じていた。
ドロッセルマイヤー(ヴィクター・バービー)が人形たちを箱から出すやり方、踊りも新鮮。くるみ割り人形は初めから人形ではなく人間=子供(ダンカン・マクイルウェイン)が演じるが、いったん人形に変わったりもする。
ツリーが大きくなるシーン。もちろん本当は(客観的に見れば)クララの方が小さくなるのだ。だから、人形とネズミたちとの戦いを、クララは巨大な(人形大に縮小したクララにはそう感じる)椅子の上から見守ることになる。新国立の『ヴァルキューレ』(トーキョーリング)第一幕のセットを想い出した。
冬の松林は、竹林のようにも見える。パ・ド・ドゥになると、クララとくるみ割り人形(子供)が下手手前にオン・ステージのまま、上手後方に大人の二人(シオラマ・レイエス&エルマン・コルネホ)が現れる。はじめ、両カップルは同じ振りをしていたが、やがて、うしろの二人は本格的な大人のパ・ド・ドゥを踊る。一種の鏡像舞踊(mirror dance)だ。そうか。これはクララ(下手)の頭の中(夢)なのだ。文字どおりのmirror danceはブルノンヴィルのブリュージュの大市』【正しくは『ラ・ヴェンターナ』】で初めて見た。二人のダンサーが実像と鏡像を同期させて踊る。変奏としては、エイフマンの『アンナ・カレーニナ』(2005)やノイマイヤーの『ロミオとジュリエット』(1971/81)に見出せる。前者では、ヴロンスキーとアンナが各自の寝室で同じ動きを踊り、互いの恋情を表現(音楽はたしかチャイコフスキーの「悲愴」第一楽章)。後者では、パリスとの縁談に苦しむジュリエットと、追放されたロミオが同期ダンスを踊り、物理的な距離を超えた愛を示唆する。エイフマンとノイマイヤーの趣向は似ているが、ラトマンスキーの場合はより斬新で創造的といえなくもない。
雪片のシーンは、雪景色の中で子供が楽しそうに遊んでいる感じ(つい先日、雪に覆われた近所の公園で同じような光景を見たばかり)。雪の精たちは勢いがあり野性味も感じる。まさに自然なのだ。やがてドロッセルマイヤーが橇を持ってきて二人を乗せる。
第二幕は、第一幕ほどの驚きはないが、やはり面白い。基本的に、バレエにありがちの気取ったマナーから外れたような率直な動き、仕草が目につく。アメリカを意識してのことだろう。
キャラクターダンス。アラビアの踊りでは女性たちが男をリフト。中国の踊りのゲイブ・ストーン・シェイヤーのキレ。花のワルツは、花の精と蜜蜂か。なるほど。
グラン・パ・ド・ドゥでは子供の二人はステージ奥の家の中へ(この〝家〟は開幕前のカーテンに描かれていたのと同じ)。レイエスとコルネホは、難しい振りや力技をなんなくこなす。やがて男は女に愛を誓い、結婚へ。
ほどなく、クララが眠るベッドが運び込まれて、夢の世界から現実へ。クララが目を覚ますと下手に大人のくるみ割り人形(コルネホ)、上手に子供のそれ(マクイルウェイン)がぞれぞれ立っている。クララがまず大人のくるみ割り人形に近づこうとすると彼は下手の袖へ去り、子供の人形の場合も同様に。ベッド後方の窓外にはドロッセルマイヤーの姿が見えたかと思うと、いつの間にかクララの手にはくるみ割りの人形が。これで幕。
貴族主義的な価値観から高度な文化を練り上げてきたヨーロッパとは異なる、大衆文化の国アメリカを強く意識した振付・演出だと思う。見ていて、何度もアメリカの画家ノーマン・ロックウェルが描く少年少女を想い出した。ラトマンスキーを初めて見たのは、デンマーク・ロイヤル・バレエの一員としてブルノンヴィルの『ラ・シルフィード』を踊ったとき(2000年)。重心の低い、プロっぽい踊りが印象に残っている。振付作品は『シンデレラ』『明るい小川』『アンナ・カレーニナ』等を見た(『夢の中の日本』はビデオで)。そして今回の『くるみ』を見ると、彼は、それぞれの場(コンテクスト)に合わせて自在に創作できる、じつに引き出しの多い振付家だということがよく分かった。
オームズビー・ウィルキンズ指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は、瑞々しい響きを奏でながら快速で進んでいく。とても気持ちのよい演奏だった。