新国立劇場 オペラ《フィガロの結婚》/アンサンブルはよいが、歌の喜びは乏しい/再演演出の品質管理を

フィガロの結婚》再演の初日を観た(10月20日 14時/新国立劇場オペラハウス)。
ホモキ版《フィガロ》は2003年の初演だが、今回の上演は何度目だろう。

指揮:ウルフ・シルマー
演出:アンドレアス・ホモキ
美術:フランク・フィリップ・シュレスマン
衣裳:メヒトヒルト・ザイペル
照明:フランク・エヴァ
再演演出:三浦安
合唱指揮:冨平恭平
音楽ヘッドコーチ:石坂 宏
舞台監督:佐藤公紀


アルマヴィーヴァ伯爵:レヴェンテ・モルナール
伯爵夫人:マンディ・フレドリヒ
フィガロ:マルコ・ヴィンコ(健康上の理由によりキャンセルとなったアリス・アルギリスの代役)
スザンナ:九嶋香奈枝
ケルビーノ:レナ・ベルキナ
マルチェッリーナ:竹本節子
バルトロ:松位 浩
バジリオ:大野光彦
ドン・クルツィオ:糸賀修平
アントーニオ:志村文彦
バルバリーナ:吉原圭子


合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団


アンサンブルがよかった。個々のアリアはもっと美味がほしいところだが。この版の初演を指揮したウルフ・シルマー(ドイツ)は、今回も総じて快速のキビキビした棒さばき。音に艶が欲しいところもあったが。
アルマヴィーヴァ伯爵役のレヴェンテ・モルナール(ルーマニア)は歌唱・芝居とも質が高く、ノーブルでありながらコミカルな味も出せる。そのうえ献身的で、彼の存在が舞台を引き締めた。
スザンナを歌った九嶋香奈枝は新国立ではたぶん初の主役級。よく演じ、よく歌ったと思う。達成感があったのか、カーテンコールでは少々感涙も。この人は、相手が誰であろうと物怖じしない。その意味でもスザンナははまり役だろう。27番(第4幕)のアリア「早くおいで、すばらしい喜びよ」もなかなかのものだが、最後はあっさり歌い終えた。ここは〝美味〟を出すためにも、自分の好きなように歌いきってもよいのでは。あとは指揮者が合わせてくれるはず。
伯爵夫人のマンディ・フレドリヒ(ドイツ)は、第2幕冒頭のカヴァティーナ「愛の神様」(第10番)では緊張のせいか少しフラット気味でいまひとつ。次第に調子は上がり、第3幕のアリア「甘さと喜びの美しい時は」(第19番)はまずまず。
タイトルロールのフィガロ役は当初配役されていたアリス・アルギリスがキャンセルのため、マルコ・ヴィンコ(イタリア)が代役を歌った。この役は狂言回しの機知に富んだありようが歌唱にも芝居にも求められる。そうした味が全体的に乏しく、歌もキビキビした軽みが足りない。好みもあろうが。
ケルビーノのレナ・ベルキナウクライナ)は、第1幕のアリア「自分で自分がわからない」(第6番)では歌詞どおり気持ちの高ぶりを出そうとしたのか、力みで声が音楽的に響き損ねたような印象。第2幕のアリエッタ「恋とはどんなものなのか」(第11番)はまずまずか。芝居は悪くない。
松位浩がバルトロ役を歌うのは初めて見/聴いたが、歌唱にヴォリューム感と温かみがあり、好演した。バルバリーナの吉原圭子は小柄なため外国人歌手の前に立つと子供に見えかねないがロングヘアーで補っていた。この作品で唯一単調の、第4幕冒頭のカヴァティーナ「失くしてしまった」(第23番)は意味深長だ。ホモキ版では、直前に、バルバリーナが侯爵に貞操を奪われたかのように暗示する絡みが入る。失ったのはピンに過ぎないのだが。実にうまい演出。マルチェッリーナの竹本節子はじつに手慣れたもの。レチタチーヴォは歌いすぎの感がなきにしもあらずだが、安定感は高い。ドン・クルツィオ役の糸賀修平は声に艶があり、よい仕事をした。アントーニオの志村文彦も何度か見ているが、今回もそつなくこなした。
最後の、侯爵による "Contessa perdono!" からコラール風のテュッティを聞くと、涙がでるし、急にアレグロ・アッサイになり怒濤のようにエンディングを迎えるシークエンスでは、いつも胸が高鳴り心が躍る(田辺秀樹も同じらしい/プログラム)。今回もそうだった。ひとつの時代や制度の崩壊は、その後に来る新しい時代を予告するものでもある。エンディングの音楽はそうした〝希望〟のような何かを感じさせるのか。
再演演出について
この担当者が再演したステージは過去にも首をかしげることが何度かあった(T氏による再演では、初演よりよくなったと感じたこともあったが)。今回はとりわけ集団(合唱)の動きにキレがない。なぜここでこう動くのか、的確に〝内的必然性〟を付与しないと、一見かたちだけ整っても舞台そのものが死んでしまう。集団部以外では歌手たちが演技力で補っていたため今回はさほど目立たなかったが、本来の演出意図からズレている(勝手に動いている)と感じる箇所が散見された。再演演出にはもっと劇場側で〝品質管理〟を徹底しないと、せっかくの遺産(レパートリー)が台無しになりかねない。