新日本フィル #513 定期演奏会/アルミンクのラストコンサート/Auf Wiedersehen, Christian!

私はトリフォニー・シリーズ第1夜(金)の会員だが、今回は音楽監督アルミンクの最後のコンサートに立ち会うべく、第2夜(土)にも足を運んだ(8月2日 19:15・3日 14:00/すみだトリフォニーホール)。  
アルミンク恒例のプレトークもこれが最後。曰く――マーラーの第三交響曲は10年まえ音楽監督の就任披露で演奏した素晴らしい作品。その締め括りに、同じ作品を取り上げて〝本を閉じる〟ことにした。マーラーは各楽章を精神的な段階(境位)と捉えていたようだが、終楽章のアダージョについては「すべてが解放され、静けさのなかに存在がある」(すべてが存在の静けさへと溶解される)と言っている。マーラー自身のこの言葉を今回の私のモットーとしたい。それでは、「さよなら」ではなく、ドイツ語の字義どおりに "Auf Wiedersehen"(また会う日まで)と挨拶を送りたい――。最後の曲がマーラーの9番ではなく3番なのが、42歳のアルミンクの自己認識であり、見識なのだろう。

マーラー作曲 交響曲第3番 ニ短調
Gustav Mahler: Symphony No.3 in D minor


I. Kräftig. Entschieden 力強く、決然と(序奏:牧神は目覚める/第1楽章:夏が進みくる[バッカスの行進])
II. Tempo di Menuetto. Sehr mäßig. Ja nicht eilen! メヌエットのテンポで、 きわめて中庸に(野の花が私に語ること)
III. Comodo. Scherzando. Ohne Hast 心地よく、スケルツァンド、急がずに(森の動物たちが私に語ること)
IV. Sehr langsam. Misterioso. Durchaus ppp とてもゆっくりと、神秘的に、 一貫してpppで(人間が私に語ること)
V. Lustig im Tempo und keck im Ausdruck テンポは快活に、表情ははずんで(天使たちが私に語ること)
VI. Langsam. Ruhevoll. Empfunden ゆっくりと、落ち着いて、感情をこめて(愛が私に語ること)


指揮 Conductor:クリスティアン・アルミンク Christian Arming
アルト Alto:藤村実穂子 Mihoko Fujimura
女声合唱 Chorus:栗友会合唱団 Ritsuyukai Choir
合唱指揮 Chorus Master:栗山文昭 Fumiaki Kuriyama
児童合唱 Children Chorus:東京少年少女合唱隊 The Little Singers of Tokyo
児童合唱指揮 Chorus Master:長谷川久恵 Hisae Hasegawa
コンサートマスター Concertmaster:崔 文洙 Munsu Choi


主催:公益財団法人 新日本フィルハーモニー交響楽団 New Japan Philharmonic
共催:すみだトリフォニーホール Sumida Triphony Hall
協力:オーストリア航空
後援:オーストリア大使館
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)

最後までアルミンクらしさが感じられた演奏。つまり、伸び伸びとして明るく、押しつけがましさが微塵もない、色彩感のある豊かな音色で、気品があり・・・。こられの特色がマーラーに合っているかどうかは別問題だが。
両日聴いてみると、やはり二日目の方がよかったか。弦はとても充実していた。崔文洙のヴァイオリンソロは輝きを重視し、いつものロシア的な渋めの音色は抑え気味。ホルンはよく健闘した。トロンボーンのソロ(箱山芳樹)は両日とも雄弁で素晴らしい演奏。トランペットは一日目は十全ではなかったが、二日目はある程度持ち直した。ポストホルンのソロは、残念ながら初日は致命的な傷になってしまった。二日目も決してプロの演奏とは言いがたいが、ある意味、自分を捨てて、アルミンク最後のコンサートにできる限りのことをやろうとしたのだろう。結果、〝致命的な傷〟とまではいかなかったと思う(あの響きは〝ポストホルン〟だったか。ステージで吹いていた通常のトランペットとさほど変わらないように聞こえた。ソフトミュートを着けていたのかも知れないが。ところで、オフステージの〝ポストホルン〟は1st トランペット奏者の持ち替えではなく、分担でもよかったのではないか。できればデイヴィッド・ヘルツォークで聴きたかった)。
藤村実穂子は自分の役割(作品におけるアルト独唱の意味+当公演の意義)を十全に理解し、第一級のパフォーマンスで、記念すべき演奏会をいっそう特別なものにした。栗友会合唱団の女声合唱と東京少年少女合唱隊の児童合唱も質の高い歌唱で、アルミンクのラストに花を添えた。
両日とも終曲時の沈黙が破られることはなかった。長い静寂。指揮台のうえのアルミンクは〝すべてから解放され、静けさのなかにただ存在している〟ように見えた。プレトークで語られた言葉(すべてが解放され、静けさのなかに存在がある)が現実化された奇跡的な瞬間だ。ところで、約100分ものあいだホールを満たしていた音楽が消失していくときの、あの希有な沈黙は、1800人の聴衆全員が協同することなしには現出しえない。これは、ある意味、アルミンクが聴衆にもたらした最高の音楽的成果ではなかったか。
何度目かのカーテンコールの後、団員たちの足踏みでアルミンクだけが呼び出された。二日目はほぼ全員がスタンディングで万雷の拍手(もちろん私は両日ともスタンドした)。アルミンクは例の両手を膝に当てる丁寧なお辞儀でかなり長いあいだ頭を下げていた。時間が静止したような光景。やがて、オケも次々と退き始めたが、拍手は鳴り止まない。すると、コンマスの崔文洙がアルミンクを〝拉致して〟再びステージへ。一緒に出てくるところがじつに崔らしい。拍手が一段と大きくなるなか、指揮台の上で再度ハグする二人。残っていた数名のオケや合唱団員が見守るなか、アルミンクは聴衆へ最後のレヴェランスをし、下手へ去っていった。

初めてアルミンク=新日本フィルを聴いたのは演奏会形式のオペラ『レオノーレ』(2005年3月)。続いて、同じく『火刑台上のジャンヌ・ダルク』(2006年2月)。どちらもドメスティック(インティメット)な感触と質の高さを感じさせる素晴らしい公演で、06年9月から定期会員になった。やはり年に一度のコンサート・オペラは『ローエングリン』(2007年3月)、『こうもり』(2007年9月)、『バラの騎士』(2008年9月)、『ペレアスとメリザンド』(2010年5月)のいずれもたいへん印象深い。
オルフの『カルミナ・ブラーナ』(2006年9月)やシュミットのオラトリオ『7つの封印を有する書』(2009年7月)も好い演奏だった。こうしてみると、アルミンクは声楽入りの音楽が向いているのかも知れない。
芸術監督としてのアルミンクは演奏会のプログラミングが抜きん出ていた。日本の聴衆にも馴染みの深い作品と新奇なものとを巧みに関連づけた魅力的なプログラム。シーズンを通してのテーマ設定もそうだが、個々の定演における曲目のカップリングにもちゃんとリンケージが隠されていたりする。おそらくこの人には、人一倍そうしたコンテクストを作り出す才能が備わっているのだろう。毎年、様々なオケの定演プログラムを宣伝するちらしが出回るが、どれもありきたりの定食メニューを見るようで、食指が動くことは滅多にない。いかにアルミンクのプログラミングが優れていたかよく分かる。
客演指揮者やソロイストの選定にもアルミンクの高い見識が存分に発揮された。ブリュッヘン、ハーディング、メッツマッハー、スピノジ、上岡敏之イオン・マリン等々。いずれも聴き応え十分。器楽のソロイストも、ベルリンフィルの主席チェロ奏者ルートヴィヒ・クヴァント(デュティユー:チェロ協奏曲『はるかなる遠い国へ』/指揮マルク・アルブレヒト/2008年2月)や同じくBPhのホルン奏者シュテファン・ドール(ウィリ:『永劫〜ホルンとオーケストラのための協奏曲』/2008年7月)等。また〝裸足のヴァイオリニスト〟パトリツィア・コパチンスカヤの破格な演奏は忘れ難い(リゲティ:ヴァイオリン協奏曲/2010年7月)。トリフォニーで初めて聴いた名歌手も少なくなかった。
1971年生まれのアルミンクは、32歳から42歳までの十年間を新日本フィルで過ごしたことになる。といってもまだ若い。いろいろあったが、オーケストラの音楽監督としてよい仕事をしたと思う。錦糸町ではじつに充実した時間を過ごさせてもらった。これからはまた別のかたちで彼の音楽に触れたいものだ。とりあえず、Auf Wiedersehen, Christian!