イェール大学合唱団&ジュリアード音楽院古楽オーケストラ演奏会/教育者 鈴木雅明

J. S. バッハの《ミサ曲 ロ短調BWV 232 を聴いた(6月2日/東京藝術大学 奏楽堂)。
指揮は鈴木雅明、演奏はイェール大学スコラ・カントールム合唱団(Yale Schola Cantorum)およびジュリアード音楽院古楽オーケストラ(Juilliard 415)。全席自由とはいえ、2000円とかなり安価。主催は Yale Institute of Sacred Music(イェール大学教会音楽研究所)。
翌日の3日(月)は仙台(東北大学東北学院大学河北新報社 共催)で、6日(木)には大阪のいずみホール毎日新聞 主催)で、さらに9日(日)にはシンガポールで公演するらしい。このツアーはチケット料金からすると興行というより教育に主眼を置いたものか。もちろんアーティストにとって、興行の本番以上に成長できる場はないが。開場10分前にはすでに長蛇の列が出来ており、開演時には1102席の会場はほぼ埋まっていた。
2日前にBCJの演奏を聴いた耳には合唱も古楽オケも幾分くすんで聞こえ、もっと透明な輝きが欲しくなる。だが、考えてみれば前者はプロだが、後者は(Juilliard 415は別としても)現役の学生なのだ。このコーラスメンバーは「全イェール大生からオーディションで選ばれる」らしい(プログラム)。ソロイストはみな声楽科だが、ほかは合唱指揮やトランペットを専攻する音楽学生をはじめ、英文(国文)や物理学の学部生、音楽理論専攻の大学院生等も含まれる。いずれにせよ、イェール大の学生たちは鈴木雅明に指導されてほんとうに幸せだ。
ステージには音楽家であると同時に教育者でもある鈴木雅明が躍動していた。BCJの時より指揮の振りが強く大きい。そう見えた。学生たちの気持ちを鼓舞しているかのよう。後半、コーラスがみな鈴木に合わせて身体を大きく揺らしながら歌っているのに気づいた。特に三拍子。そのうねりが客席までひしひしと伝わってくる。その証拠に、何人かの聴衆の持ったプログラムが同期的に揺れている。ラストの "Dona nobis pacem" が消えていく余韻はとても美しかった。
一斉に熱い拍手が湧き起こる(会場の聴衆は質が高かった)。すると、舞台上の若者たちは互いに顔を見合わせ実に嬉しそうな表情に。約2時間の演奏のなかでも前半より後半の方が躍動感も音の透明度も増したように感じた。雅明氏の教育の成果か。むろんそれもあるが、イェール大の教育力を思わずにはいられない。アメリカという国は、若い才能を育てるために世界中の優れたアーティストや学者を〝発掘し〟自国の教育現場へ惜しまず招聘する。これにはもちろんお金も必要だが、より重要なのは人を見る眼と決断力だろう。うらやましいかぎりである。
[ジュリアード古楽オケのトランペットはなかなかのものだった。ただ、楽器はおそらく4つ孔(?)のモデルらしく音がかなり鋭く現代的。これを聴くと、二日前のBCJ定演でジャン=フランソワ・マドゥフらが吹き鳴らした指孔なしのナチュラル・トランペットが、いかに柔らかく豊かな響きであったことか。その違いがよく分かった。後者はたしかに平均律的な意味での〝正確さ〟は多少損なわれるかも知れない。だが、あの「高貴な響き」はなにものにも代え難い。あらためてそう感じた。]