新日本フィル #507 定期演奏会/アルミンクの変化/収穫のとき

昨夜、新日本フィルハーモニー交響楽団の第507回定期演奏会を聴いた(4月19日/すみだトリフォニーホール)。指揮はクリスティアン・アルミンク
前半は清水和音のピアノでブラームスピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83。後半はシューマン交響曲第4番ニ短調 op.120(1851年 改訂版)。  
アルミンクの指揮ぶりが変わった。協奏曲の冒頭からそう感じた。以前よりアクションが大きい。どこか吹っ切れたように、思いっきり指揮をしている。
思えば、アルミンクの音楽監督としての任期もあと3ヶ月ほど。公演回数では今日のマチネを入れても(そろそろ終了の時刻だが)残り4回しかない。監督からすれば、オケを成長させるトレーナーとしての役目はもう終えた。あとは、プロの指揮者として、プロのオケから最高のパフォーマンスを引き出すべく残されたステージに全力を尽くすだけ。2003年の就任以来、種を撒き、肥料を与え、しっかりと育ててきた。やっとその成果を収穫するときが来たのだ。そんな感じか。気持ちよさそうに指揮をするその身体は、重荷を下ろしたようにとても軽やかだ。その結果、音楽はどうだったか。
これまでアルミンクが振ると、このオケは、どこかおっとりとした、いわば豊富な養分から滲み出る美味のようなものが感じられた。同時に、より引き締まった撓やかさが欲しいとも。今回の演奏は、引き締まっているとはいえるが、色彩感は薄い。特にシューマンでは、音色が少し痩せたような印象も。アルミンクが変わったというより、指揮者とオケとの関係が変化したというべきか。総じて、sweetと感受しうる音色がほとんど不在だったのは、この関係性の反映だろうか(震災後の例の問題が起きたときですら、こうした演奏上の変化は感じなかったのだが)。
1月にメッツマッハーが《ウィーンの森の物語》や《アルプス交響曲》を振ったとき、骨太な構築感と同時に優雅さを、スケールの大きさや豊かな音楽性を感じさせた。メッツマッハーは音楽監督ならぬ "Conductor in Residence"というよく解らないポジションではある。が、オケの彼への期待や信頼が、豊かな音色を生み出していたのか。
昨夜の最後のカーテンコールで、アルミンクは自分の未来を見据えているのか、晴れやかな表情をしていたが、オケの面々は、どこか、取り残されたような、心細そうに見えたのは気のせいか。
いずれにせよ、8月に予定されているアルミンク最後の演奏会でどんな成果が聴けるのか、楽しみにしたい。