バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の定期演奏会/非キリスト者にとっての〝教会〟

先週の金曜日、BCJの定演を聴いた(7月20日東京オペラシティコンサートホール)。今回は「教会カンタータ」ではなく〈J. S. バッハ:世俗カンタータ全曲シリーズ Vol.2〉の「結婚カンタータ」。もちろん指揮は先頃ライプチヒ市からバッハ・メダルを授与された鈴木雅明

が、BCJの場合、あまり演奏の質等についてあれこれ言語化する気が起きない。なぜだろう。
ひとつには、定演時に発行される充実したプログラムに、彼らの海外公演や教会カンタータ等のCDに対する過不足無い(と思わせる)レヴューが翻訳掲載されるため、いまさらとの思いもある。でも、それだけではないようだ。
バッハ・コレギウム・ジャパンは、2003年の始めに《マタイ受難曲》のチラシを見て突然聴きたくなり、彼らがイラク攻撃で揺れるアメリカでのツアーを終え〝凱旋公演〟(妙な言葉だ)したその年の4月、初めて聴いた(オペラシティコンサートホール)。そのまま定期会員になり、以来、文字どおり定期的にBCJの演奏に触れてきた。曲目はほとんどがバッハの教会カンタータだが、特に受難節で《マタイ受難曲》や《ヨハネ受難曲》を聴くと必ずその音楽が強く心に沁みてくる。キリスト者でもないのに。BCJは、自分のなかで、いつのまにか批評や思考の対象とは別種の、特別な存在になっていたのかも知れない。それともこれは、もっと一般化しうる事柄なのか。いまや、クラシック、特にバロック音楽を聴きに行くことは、かつてヨーロッパで、人々が教会へ足を運んでいたのと同じ意味を持っているのだろうか。
それで思い出すのは、6年前に自由学園明日館講堂で聴いたグナール・レツボールのヴァイオリン演奏だ。「究極のシャコンヌ〜ドイツ・バロック無伴奏ヴァイオリン音楽」と題するこのコンサートは、目白や池袋の歴史的建造物を使って開催されていた「目白バ・ロック音楽祭」のひとつである(2005年〜08年)。教会のような趣のある明日館の講堂で、木製の長椅子に座った30〜60才代とおぼしい男女が、目を閉じてヴィルスマイヤー、ヴェストホフ、テレマン、バッハ、そしてビーバーの音楽にじっと耳を傾けている。その様子が、過酷な社会から一時撤退すべく教会に集まってきた会衆のように見えた。同じ聴衆の一員として、ある種の共同性を感じたことをいまでもはっきり覚えている。
〝教会〟としてのクラシック演奏会。しかし、この場合、音楽はバロック、しかも古楽であることに意味があるかも知れない。古楽にはいわば添加物が入っていない。現代文明の利便性を享受しつつも、その過度な人工性から強いストレスを被った精神は、効率性を身に纏ったモダン楽器ではなく、ピリオド楽器で奏された〝自然な〟響きに懐かしさや心地よさを感じるのではないか。
BCJの場合は、その名の通り、もっぱらバッハの音楽を演奏する団体だ。ヨハン・ゼバスチャン・バッハの音楽には、聞き手の気持ちを内側に沈潜させるところがある。先頃亡くなった吉田秀和は妻を亡くしたあと、どの音楽も主張が強く聴く気にならなかったが、バッハだけは邪魔にならなかったという。よく理解できる話だ。バッハの音楽には魂を鎮める力がある。〝教会〟としての演奏会にはうってつけの音楽といえるだろう。