ダンス公演の楽しみ 『DANCE to the Future 2012』/『Shakespeare The Sonnets』/『静物画—still life』

平山素子振付によるトリプル・ビル『DANCE to the Future 2012』を新国立中劇場で観た(2012.4.21)。出演は新国立劇場バレエ団。

ひとつめは「Ag+G」
バレエ団に振り付けた新作。消臭スプレーのようなタイトルだが、平山が好きな銀(Ag)に、ダンサーが意識する重力(G)を合わせたものらしい。ぎらぎらしたハードな踊り。笠松泰洋作曲の二本のヴァイオリンによる音楽(テープ)が、男女の絡みの振付とマッチしている。寺田亜沙子がとてもセクシー。湯川麻美子はここでも舞台を担うハードワーク。五月女遥の運動神経。貝川鐵夫の骨太(「アンナ・カレーニナ」でも逞しくなった貝川が居た)。古川和則は独特の存在感。背中にこぶの付いた銀色のコスチュームは爬虫類を想起させ、苛烈な味の踊りと共に、観る者の生理に訴える。

ふたつめは「Butterfly」(音楽:マイケル・ナイマン、落合敏行)
2005年に平山と中川賢が初演したとあるが、私は初めて見た。この日のキャストは本島美和と奥村康裕(福岡雄大は怪我で降板)。ゆったりしたピアノのソロに電子音のノイズが絡む(テープ)。平山らしい烈しいパ・ド・ドゥ。十年前に観た山崎広太と平山による『浄夜』(シェーンベルクの音楽に山崎が振り付けた)を想い出した。そのときも(古典的ではなく)現代的な、ある意味ハチャメチャな男女の遣り取り。もちろん、平山作品には、広太のようにフレームを逸脱する過剰さはうすい。が、好い作品だと思う。ただ、これは平山自身が選んだダンサーなのか。正直、別の女性ダンサーで観たかった。

最後は「兵士の物語」(音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー、音楽監修:笠松泰洋
二年前『ストラヴィンスキー・イブニング』での初演を観たが、今回は少し改訂したようだ。本作のみならず今回の公演は、新国立劇場バレエのサブスクライバーとして、カンパニーダンサーの踊りを観る歓びが少なからずあった。特に道化を踊った大和雅美や兵士の福田圭吾(冒頭での両者の絡みで思わず笑みが出た)、悪魔の山本隆之、プリンセスの厚地康雄等、みなよく踊ったと思う。ただ、悪魔は少し軽すぎないか。これは山本のせいではなく、振付がそうなっている。初演時の若松美黄(悪魔に見えた)の存在感が圧倒的だったため、どうしても戯画的に見えてしまい(それを狙ったのかも知れないが)その戯画性をポジティヴに感受できなかった。さらに、後半から話の流れが、踊り(振付)の筋道がよく見えなくなり、退屈する。「語り」を入れず、プログラムにプロットも載せないで「兵士の物語」をやるなら、よほど工夫しないと観る側の集中を保つのは難しいだろう。演奏は、松本健司のクラリネットN響のトップを吹いている人だと思う)、土田英介のピアノ、竹中勇人のヴァイオリン。やはり生演奏は好い。



ついでに、昨秋観たダンス公演についてのメモを附記する。

新国立中劇場で中村恩恵首藤康之によるShakespeare The Sonnets』を観た(2011.9.30)。
三場に分かれ、はじめに詩人が登場して本を開く動作をした後、美青年やダークレディ、ロミオやジュリエットを、二場ではさらにオセローとデズデモーナ、タイテーニア(とおそらくパック)、シャイロックを、三場では詩人そして男と女を、二人で踊っていく。場の頭で詩人がソネットを短く朗読する。構成は悪くない。が、踊りは平凡。デスデモーナが死ぬところや、タイテーニアがパックの魔法により驢馬に擬した洋服のボディスタンドに抱きつくシーンは面白かった。シャイロックは金だけか。そもそもソネットと銘打つなら、三角関係を表現すべきだろう。スノッブには意味があるかも知れないが、ダンスを楽しみに来た客は満足できまい。


自由学園明日館講堂で白井剛の構成・振付・演出の静物画—still life』を観た(2011.10.28)。舞台美術:杉山至+鴉屋、照明:吉本有輝子。
とても気持ちの好い舞台。明日館講堂の空間を味わい慈しむような創り。コップ、スプーン、ビー玉、リンゴ、机、長椅子等、モノに色々なやり方で問いかけ、その手触りや存在感を確かめるふう。スプーンでコップを軽く叩く。ビー玉を机にのせたまま落ちないように二人がその机を持ち運ぶ。コップに水を注ぐ。そうした動作によって生ずるさまざまな音が、静かな室内に響く。それが「音楽」のように心地よい。いわゆる音楽を使ったのは中間部で二台のチェロ(?)によるバロック音楽ぐらい。あとは効果音の時計のチクタク音とダンサーたちの動きによって創り出される音が数秒遅れて反響される音など。基本的に静か。
芋虫歩行(跛行)。五人が文字通り目白押しで長椅子に座り向きを変え同時にゆっくりと立ち上がり、前へ移動するシークエンス。ティッシュペーパーを掌にのせ、下向きにしたり上向きにしたり、右手から左手に持ち替えたり、手にのせたまま移動したり、顔に載せて走ったり、最後に息を強く吐き出して上空へ飛ばしたり。ダンサーたちの動きが実に面白い。
五人のダンサー(青木尚哉、鈴木美奈子、高木貴久恵、竹内英明、白井剛)はみな質が高い。小柄の男性(青木?)は他の女性ダンサーと並ぶと背の低さが際立つが、ソロの時はとても伸びやかで優美さもあり目を奪われた(夏の「オールニッポンバレエガラ」で圧倒的だった凸凹コンビの片割れだとあとで教えられた)。すらっとしたショートカットの女性は、言葉を発する場面があり、清潔な気持ちの好い声が印象的だったが、烈しく速い動きになると驚くほどのキレを見せていた。