1月のフィールドワーク予定 2020/一年を振り返る【再追記】

2019年もあとわずか。この一年間、オペラ、バレエ(ダンス)、演劇にクラシックコンサートを含めた劇場文化(芸術)をフィールドワークしてきたが、公演数は117。例年と大差ない。ただ、バレエが少し減り演劇が増えている。ここで簡単に一年を振り返りたい。観客(聴衆)としての評価基準は極めてシンプル。チケットを買って再度見(聴き)たいかどうかだ。新国立劇場の公演は、オペラ・バレエ・演劇のいずれも全演目を見ている。まずはこの三部門について簡単に。

オペラでは大野和士が芸術監督になり、力のある日本人歌手が主役級に抜擢されるようになった。これは大変よかったと思う。舞台は客席と地続きであるべきだ(〝地続き文化〟についてはこちら)。ただ、昨年の《フィデリオ》に匹敵する舞台は見出せなかった。

バレエでは、やはり米沢唯。全幕物で舞台を生きるあり方に加え、美しいラインや型(様式)が単発的に求められるガラ公演でも素晴らしい踊りを見せた。『バヤデール』はすでに書いたから、『ロミ&ジュリ』について手短に。米沢は、ジュリエットが自立前の少女から恋愛と苦境を経て成長するありようを踊りで見事に表現した。終幕で自刃する時、乳母と人形で遊ぶシーンから後の生の過程すべてがフラッシュバックするかのよう。ロミオの渡邊峻郁もバルコニーシーンの踊りなど目を見張った。速水渉悟の天真爛漫なベンボーリオは、軸のぶれない回転が素晴らしく、これから楽しみ(あとはサポートか)。福岡雄大のティボルトは見応えがありロミオ役よりフィットしていた。

新国立の演劇は、残念ながらもう一度見たいと思う舞台はなし。「こつこつプロジェクト」はよいと思う(西悟志の『リチャード三世』は大変面白かった)。が、全般的に客席の身体まで熱が伝わってこない。英米物への偏りも少し気になる。オリジナルは別としても、チェーホフギリシャ悲劇まで英米の翻案を使う必要があるのだろうか。

音楽では、鈴木雅明 率いるBCJベートーヴェン 第九、特に合唱は新鮮な驚きだった。上岡敏之新日本フィルが中高生の演劇とコラボしたバレエ音楽『ロミオとジュリエット』佐藤俊介とオランダ・バッハ協会管弦楽団はどちらもブログに書いたが、特筆すべきコンサート。

2020年は4月から今より自分の時間がとれる見込みだ。その分ブログの更新を増やしたいが、果たしてそうなるかどうか。

【8日(水)岡﨑乾二郎監修「坂田一男 捲土重来」展東京ステーションギャラリー←追記

10日(金)19:00  劇団俳優座 No.340『雉はじめて鳴く』作:横山拓也(iaku) /演出:眞鍋卓嗣/美術:杉山 至/照明:桜井真澄(株式会社 東京舞台照明)/効果:木内拓(株式会社 音映)/衣裳:樋口 藍(アトリエ藍)/舞台監督:関裕麻/出演:天野 眞由美 山下 裕子 河内 浩 塩山 誠司 清水 直子 若井なおみ 保 亜美 宮川 崇 深堀 啓太朗 後藤 佑里奈 八頭司 悠友 @俳優座劇場

11日(土)14:00 新国立劇場バレエ「ニューイヤー・バレエ」『セレナーデ』振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」ハ長調  出演:寺田亜沙子、柴山紗帆、細田千晶、井澤 駿、中家正博/『ライモンダ』よりパ・ド・ドゥ 振付:マリウス・プティパ 音楽:アレクサンドル・グラズノフ  改訂振付・演出:牧 阿佐美 出演:小野絢子、福岡雄大『海賊』よりパ・ド・ドゥ 振付:マリウス・プティパ 音楽:リッカルド・ドリーゴ  出演:木村優里、速水渉悟/『DGV Danse à Grande Vitesse』振付:クリストファー・ウィールドン 音楽:マイケル・ナイマン「MGV(超高速音楽)」 美術・衣裳:ジャン=マルク・ピュイサン 照明:ジェニファー・ティプトン 出演:小野絢子、福岡雄大、本島美和、米沢 唯、寺田亜沙子、渡邊峻郁、木下嘉人、中家正博//指揮:マーティン・イエイツ/管弦楽:東京交響楽団新国立劇場オペラハウス

【12日(日)18:15-20:40 映画『パラサイト 半地下の家族』監督:ポン・ジュノ/製作:クァク・シネ ムン・ヤングォン チャン・ヨンファン/脚本:ポン・ジュノ ハン・ジヌォン/撮影:ホン・ギョンピョ/美術:イ・ハジュン/衣装:チェ・セヨン/編集:ン・ジンモ/音楽:チョン・ジェイル/[キャスト]キム・ギテク:ソン・ガンホ/パク・ドンイク:イ・ソンギュン/パク・ヨンギョ:チョ・ヨジョン/キム・ギウ:チェ・ウシク/キム・ギジョン:パク・ソダム/ムングァン:イ・ジョンウン/キム・チュンスク:チャン・ヘジン/パク・ダヘ:チョン・ジソ/パク・ダソン:チョン・ヒョンジュン/ミニョク:パク・ソジュン @イオンシネマ板橋】←追記

13日(月)14:00 新国立劇場バレエ「ニューイヤー・バレエ」『セレナーデ』出演:同上/『ライモンダ』よりパ・ド・ドゥ  出演:米沢 唯、渡邊峻郁/『海賊』よりパ・ド・ドゥ 出演:同上/『DGV Danse à Grande Vitesse』出演:同上 @新国立劇場オペラハウス

【17日(金)14:00  劇団俳優座 No.340『雉はじめて鳴く』作:横山拓也(iaku) /演出:眞鍋卓嗣/美術:杉山 至 @俳優座劇場】←追記

17日(金)19:15 新日本フィル #615 定演 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉シューベルト交響曲第6番 ハ長調 D589/ヴェルディ:歌劇『ドン・カルロ』より「王妃の舞踏会」/メンデルスゾーン交響曲第4番 イ長調 op. 90 「イタリア」指揮:上岡敏之すみだトリフォニーホール

24日(金)18:30 新国立劇場オペラ《ラ・ボエーム》全4幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲:ジャコモ・プッチーニ指揮:パオロ・カリニャーニ/演出:粟國 淳/美術:パスクアーレ・グロッシ/衣装:アレッサンドロ・チャンマルーギ/照明:笠原俊幸/ミミ:ニーノ・マチャイゼロド/ルフォ:マッテオ・リッピ/マルチェッロ:マリオ・カッシ/ムゼッタ:辻井亜季穂/ショナール:森口賢二/コッリーネ:松位 浩/ベノア:鹿野由之/アルチンドロ:晴 雅彦/パルピニョール:寺田宗永/管弦楽:東京交響楽団/合唱:新国立劇場合唱団 @新国立劇場オペラハウス

25日(土)14:00 開館65周年記念  川端康成生誕120周年記念作品 室内オペラ《サイレンス》(フランス語上演/日本語字幕付)日本初演/原作 : 川端康成「無言」/作曲・指揮:アレクサンドル・デスプラ/台本:アレクサンドル・デスプラ/ソルレイ/演出・映像:ソルレイ/美術・照明:エリック・ソワイエ/衣装:ピエールパオロ・ピッチョーリ/演奏:アンサンブル・ルシリン/出演:ジュディス・ファー(ソプラノ)、ロマン・ボックラー(バリトン)、ローラン・ストッカー(コメディーフランセーズ/語り) @神奈川県立音楽堂

【29日(水)18:25 映画『風の電話』監督:諏訪敦彦/脚本:狗飼恭子 諏訪敦彦/撮影:灰原隆裕/照明:舟橋正生/編集:佐藤崇/音楽:世武裕子/助監督:是安祐/出演:モトーラ世理奈(ハル)西島秀俊(森尾)、西田敏行(今田)、三浦友和(公平)、渡辺真起子(広子)、山本未來占部房子池津祥子石橋けい、篠原篤、別府康子 @イオンシネマ板橋】←再追記

12月のフィールドワーク予定 2019

遅ればせながら、終了した公演も含めた今年最後のフィールドワーク予定を記す。 

 1日(日)14:00 中村恩恵×新国立劇場バレエ団『ベートーヴェンソナタ振付:中村恩恵/音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/照明:足立 恒/美術:瀬山葉子/衣裳:山田いずみ/音楽監修・編曲:野澤美香/音響:内田 誠[キャスト]ベートーヴェン:福岡雄大ジュリエッタ:米沢 唯/アントニエ:小野絢子/カール:井澤 駿/ヨハンナ:本島美和/ルートヴィヒ:首藤康之//池田理沙子、井澤 諒、貝川鐵夫、 木村優里、寺田亜沙子、 福田圭吾、渡邊峻郁、奥田花純 、 木下嘉人、五月女 遥/宇賀大将、 小野寺 雄、清水裕三郎、 髙橋一輝、玉井るい、中田実里、 福田紘也、 益田裕子、関 晶帆、 中島瑞生、 渡邊拓朗 @新国立中劇場

3日(火)13:40 映画『i-新聞記者ドキュメント-』監督:森 達也/出演:望月衣塑子/企画・製作・エクゼクティヴプロデューサー:河村光庸/監督補:小松原茂幸 編集:鈴尾啓太 音楽:MARTIN (OAU/JOHNSONS MOTORCAR)「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会@イオンシネマ板橋

6日(金)19:15 新日本フィル#614 定演 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉ストラヴィンスキー:室内オーケストラのための協奏曲 変ホ長調ダンバートンオークス」/ヘンデル:合奏協奏曲 ト長調 op. 6-1 HWV 319/ヘンデル:オルガン協奏曲第1番 ト短調 op. 4-1, HWV 289*/コレッリ:合奏協奏曲 ト短調 「クリスマス協奏曲」 op. 6-8 /ストラヴィンスキー組曲「プルチネッラ」/指揮:デイヴィッド・ロバートソン/オルガン:水野 均* @すみだトリフォニーホール

7日(土)15:00 新国立劇場 演劇『タージマハルの衛兵』作:ラジヴ・ジョセフ/翻訳:小田島創志/演出:小川絵梨子/美術:二村周作/照明:松本大介/音響:加藤 温/衣裳:原まさみ/演出助手:西 祐子/舞台監督:福本伸生/出演:成河 亀田佳明 @新国立小劇場

8日(日)13:30 『泰山木の木の下で』作:小山祐士/演出:丹野郁弓/装置:石井みつる/照明:前田照夫/衣裳:緒方規矩子/音楽:斎藤一郎/編曲:淡谷幹彦/効果:岩田直行/舞台監督:風間拓洋/[キャスト]木下刑事:塩田泰久/神部ハナ:日色ともゑ/須崎刑事:吉田正朗/小使:松田史朗/マリという女:八木橋里紗/出前持ちの青年:大中耀洋/髪を垂らした女:桜井明美/磯部の奥さん:神保有輝美/田舎ふうの紳士:横島 亘/若い船員:平野 尚/漁師の女房:船坂博子/医者:天津民生/看護婦:佐々木郁美/歌を唄う男:千葉茂則/ギターを弾く男:淡谷幹彦(客演)@三越劇場

12日(木)14:00 『常盤坊海尊』作:秋元松代/演出:長塚圭史/音楽:田中知之(FPM)/美術:堀尾幸男/照明:齋藤茂男/音響:徳久礼子/扮装:柘植伊佐夫/ムーブメント:平原慎太郎/琵琶指導:友吉鶴心/方言指導:佐藤 誠/演出助手:城野 健 /舞台監督:足立充章・横沢紅太郎/プロダクション・マネージャー:安田武司/技術監督:堀内真人/制作:尾崎裕子/プロデューサー:勝 優紀/制作統括:横山 歩/出演:白石加代子 中村ゆり 平埜生成 尾上寛之 長谷川朝晴 高木 稟 大石継太 明星真由美 弘中麻紀 藤田秀世 金井良信  佐藤真弓 佐藤 誠 柴 一平 浜田純平 深澤 嵐 大森博史 平原慎太郎 真那胡敬二 [子役]山崎雄大 白石昂太郎 室町匠利 木村海翔 藤戸野絵 @KAAT 神奈川芸術劇場 ホール

14日(土)13:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』音楽:チャイコフスキー/振付:ウェイン・イーグリング/美術:川口直次/衣裳:前田文子/照明:沢田祐治/主演:米沢 唯(クララ)井澤 駿(王子)/指揮:アレクセイ・バクラン/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団/合唱:東京少年少女合唱隊新国立劇場オペラハウス

14日(土)18:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』/主演:小野絢子(クララ)福岡雄大(王子)新国立劇場オペラハウス

15日(日)18:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』/主演:米沢 唯(クララ)井澤 駿(王子)新国立劇場オペラハウス

21日(土)13:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』/主演:池田理沙子(クララ)奥村康祐(王子)新国立劇場オペラハウス

21日(土)18:00 新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』/主演:木村優里(クララ)渡邊峻郁(王子)新国立劇場オペラハウス

 

「木下晋展 いのちを描く」2019

「木下晋展 いのちを描く」を見た(11月14日、17日/ギャラリー枝香庵)。

枝香庵は2年前の「木下晋展 表現の可能性」で初めて訪れた。ギャラリーは古い銀座ビルディングの7Fと8Fにあるのだが、広い展示スペース(7F 枝香庵Flat)だけでなく、屋根裏を思わせるこぢんまりした回廊や小部屋(8F)もあり、屋上のテラスではお茶を飲みながら寛げるようになっている。とても居心地がよく、お気に入りの画廊である。

「願い」2019.7.21(125×200cm)

木下晋(1947- )は、硬さの異なる十数種の黒鉛筆を使い分けて細密な人物像を描く〝えんぴつの画家〟として知られる。これまで氏のモデルとなったのは、母、瞽女小林ハル、元ハンセン病患者 桜井哲夫等々。つまり、この画家は〝危機的〟な境遇にある人物を好んで描いてきたといってよい。そんな木下氏が近年集中的に描いているのは、パーキンソン病に罹った妻である。「願い」(上図)もそのひとつ。仕上がる直前に見る機会を得たが、完成形を見るとまた違った感触があった。

横たわる半身。薄目を開け少し口を開いた苦悶の女性。表情だけ見るとこちらも苦しくなってくる。両手はしっかり合わさってはいないが、祈っているようにも見える。なにより彼女の周りに横溢する光が印象的だ。ギャラリーでは一段高くなったスペースの奥に展示され、その両側に大小の「合掌図」が掛けられている(下図)。まさに祭壇だ。光に包まれた女性は、宗教画のような神々しさを湛えている。作者のモデルへの深い愛をひしひしと感じる。

「願い」と二つの「合掌図」

2017年の「視線の行方」も妻を描いた作品。東京で展示するのは初めてで、私もこれが初見。二重瞼が年を重ねて少し垂れ下がっている。が、そこからわずかに覗く瞳はこのうえなく美しい。2年前このギャラリーに出展されていた「視線の光」(2015)と構図は似ているが趣がずいぶん異なる。「行方」では、澄んだ眼は何かを見ているようでもあり、何かに思いを馳せているようでもある。皮膚には深く皺が入り、頭髪はほつれ毛を含めみな白い。額の中央と鼻筋上部のやや左(本人からは右)に亀裂がある。肉体を徐々に蝕んでいく老いと病。が、そうした次元とは別の、透明な何かが瞳から視える。肉体は朽ちていくとしても、そこに宿る精神(魂)が、その美しさがここにある。それを、「痛み傷ついた老人の肉体」(阪田勝三)を克明に描き尽くすことで表現しえた木下晋に、画家としての凄味を感じた。

「視線の行方」2017.11.23(125×200cm)と「合掌図」2019.11.9(110×50cm)

「視線の行方」部分

 この部屋には他に旧作の「棄民」や「待つ人」が展示されている。ホームレスを描いた「棄民」は、氏と初めて会ったとき〝できたて〟として見た作品。懐かしい。もう21年前か。

「棄民」1998(190×100)と「待つ人( I氏母堂)」1996(190×100)

8Fの小部屋や回廊には、木下氏に大きな影響を与えた瞽女小林ハルのデッザンや、猫を描いた小品、自画像等が展示されている。

映画監督の瀧澤正治氏(左)と木下晋氏

じつは、もう一度「願い」や「視線の行方」と会いたくなり、日曜の午後再訪した。この日は嬉しいことに木下さんも来ていた(前日のねじめ正一と木下氏のトークは都合がつかず断念)。また、日曜は映画監督の瀧澤正治氏が見に来られており、木下氏に紹介された。小林ハルを描いた映画『瞽女』の撮影が終わり、来年3月に公開されるという。構想を含め16年越しの完成だと。まったく知らなかった。ぜひ見たいと思う。

『刻む。ーー鉛筆画の鬼才、木下晋 自伝』城島徹 編(藤原書店)が12月に刊行される。「木下晋展」は21日(木)まで。
 

新国立劇場 演劇『どん底』2019/喜びは伝わったが

ゴーリキーの『どん底』を観た(10月18日 18:30/新国立小劇場)。楽日の三日前となったのは、12日(土)13:00の公演が台風19号の影響で中止となり、振り替えたため。

最後に『どん底』を見たのはもうずいぶん前だ。演出は千田是也(1904-94)、場所は砂防会館だったと思う。調べてみると1980年。他にも見たかも知れないがどうもはっきりしない。

どん底』(1902)全4幕/作:マクシム・ゴーリキー(1868-1936)/翻訳:安達紀子/演出:五戸真理枝/美術:池田ともゆき/照明:坂口美和/音楽監修:国広和毅/音響:中嶋直勝/衣裳:西原梨恵/ヘアメイク:川端富生/アクション:渥美 博/演出助手:橋本佳奈/舞台監督:有馬則純

 例によって時間が経過し細部の記憶は怪しいが、走り書きを頼りにメモする。

ルカ:立川三貴

サーチン:廣田高志

ヴァシリーサ:高橋紀恵

ナターシャ:瀧内公美

クヴァシュナ:泉関奈津子

俳優:堀 文明

ブブノフ:小豆畑雅一

メドヴェージェフ:原金太郎

コスティリョフ:山野史人

クレーシィ:伊原 農

アンナ:鈴木亜希子

男爵:谷山知宏

ペーペル:釆澤靖起

ゾブ:長本批呂士

ナスチャ:クリスタル真希

プロンプター 他:今井 聡

アルリョーシュカ:永田 涼

ダッタン人:福本鴻介

 セットは高速道路か新幹線の高架下。この工事現場に役者仲間が久し振りに集い『どん底』を演じるという趣向。プロンプターもいる。つまり劇中劇だ。第2幕の後半からそのフレームが外れた(というか観客に忘れられた)頃、その幕切れで、ヘルメットを被った工事作業員[高速道路職員らしい](プロンプター役の今井聡)が高架の上部から梯子をゆっくり降りてくる。すると、みな慌てて立ち去り幕。ブレヒト的異化効果? 15分の休憩後、立ち入り禁止の看板が立つ第3幕がスタート。次第に客席側も演技場に。3幕から4幕へのトランジションでは全員でセットを組む。…

第2幕でアンナ(鈴木亜希子)が死んだとき、彼女はベッドから離れ、ハケた役者としてそばで他の演技を見守る。夫クレーシィ(伊原農)が死の床の方へ来ると、アンナ役はゆっくり夫に近づきじっと彼を見る。この間、照明がななめ上から彼女を捉える。まるで死者の霊(妻)が生者(夫)を見つめているかのよう。

木賃宿の亭主コスティリョフ(山野史人)の妻であるヴァシリーサ(高橋紀恵)とペーペル(釆澤靖起)の不倫関係。さらにヴァシリーサの妹ナターシャ(瀧内公美)とペーペルの関係。ペーペルによる亭主殺害…。

様々な人間模様が展開されるが、幕切れで、ハケた役者が次々にサイドの金網ぎわに座り、仲間の芝居を見ている。最後の酒盛りでは演じ終えた役者を含め全員参加する。俳優(堀文明)が首を括ったことを男爵(谷山知宏)が告げる少し前(俳優役はすでにハケて酒盛りに参加)、観客席のカミテ出入り口から警官(今井)が登場。高架下で演じている役者たちの方へ不思議そうに近づき、ハケて見ていたメドヴェージェフ役(原金太郎)が事情を説明する風(互いに警官だ)。芝居はとりあえず最後までやりきり、みなあっという間に解散する。ひとり残った警官はサーチンが壁に描いた「人間」の文字を小声で呟き、肩に付いた無線で報告し…幕。

幕切れについて補足すると、第4幕で、不在のルカから影響を受けたサーチン(廣田高志)がルカ張りの演説をぶる。が、その悦に入ったスピーチをあざ笑うように俳優が首を括った知らせが入る。ルカの言葉に希望を抱いた俳優の死(絶望)。この幕切れは結構苦いが、その苦さ(筆名のゴーリキーは「苦い」の意らしい)は最後の警官の呟き(ニンゲン)等により、かなり弱められた。苦さよりも人間賛歌の趣き。

役者は好かった。宿の亭主コスティリョフ役の山野史人(『ゴドーを待ちながら』は素晴らしかった)、ルカ役の立川三貴はさすがの演技(チェーホフ/中村雄二郎の『プラトーノフ』はいまでも覚えている)。ナスチャのクリスタル真希は研修所の試演会でよく見たが、今回は久し振り。役にぴったりで笑った。ヴァシリーサの高橋は『アンチゴーヌ』では脇を強烈に固めていたが、ここではまた違った魅力を発揮。ペーペルの釆澤は『ナシャ・クラサ』で初めて見た。こういうヴァイオレントな役も出来るのか(さすがに文学座はよい役者を排出している)。他にも歌の巧い役者等々。

設定はとても面白い。工事現場で芝居をする役者たちは実に楽しそう。演劇(すること)の喜びはよく伝わってきた。

一方で、芝居の中身と設定(フレーム)との関係がいまひとつ判然としない。たしかに劇中にもアル中で落ちぶれた俳優が登場する。が、現代の役者一般を「どん底」生活者と見做すのはやはり無理がある(生活が楽ではないとしても、いまや〝河原乞食〟の時代ではない)。 劇の虚構性を破る作業員[高速道路職員](第2幕の終り)や警官(第4幕の終り)については、劇中のダッタン人やゾブが荷担ぎ人夫で、メドヴェージェフは警官だから、似た境遇とはいえる。

だが、社会的格差がかつてないほど広がったいま、役者や警官や作業員よりも「どん底」生活を強いられている者が外国人労働者(ダッタン人のような)を含め、もっと他にいるだろう。後味が釈然としないゆえんである。

翻訳者の作品解釈が載っていた。要するに、「現代を生きる私たちもそれぞれ形を変えた「どん底」を背負って」おり、「「どん底」と共生することこそが生きることであり、それこそが真実なのだ」と(プログラム)。

今回の舞台も同じラインから、普遍化/一般化した「どん底」のありようを描こうとしたのだろうか。

 プログラムには岸田國士(1890-1954)の「『どん底』の演出」と題する短文も掲載されていた。岸田は1954年の文学座公演で本作の演出を手がけたが、初日の前日に倒れ、翌朝 3月5日に永眠した。岸田はこの文で、パリ留学中の1922年にモスクワ芸術座の『どん底』(スタニスラフスキイのサーチン、チェーホフ夫人クニッペルのナースチャ等)を見たこと、帰国後、小山内薫訳・演出の『どん底』がじめじめして暗く、やりきれないほど「長い」こと等を指摘する。「戯曲「どん底」は、長い北欧の冬からの眼醒めを主題とする希望と歓喜の歌が、この、辛うじて人間である人々の胸の奥でかすかに響いてゐるやうな気がする。コーリキイは、「どん底」の人々の誰よりもスラヴ的「楽天家」なのである」と。

さらに岸田の「『どん底』ノート」(プログラムには未掲載)には登場人物についての短いメモが記され、たとえば、ルカは「最大の悪人、最も有害な存在。人を油断させ、人を嘘で酔はせる。空ろな希望に身を任させる。これが、やさしさの正体」とある(『岸田國士演出 台本「どん底」——神西清訳による』角川書店、1954)。

岸田が強調する作品の「明るさ」は、同じ文学座の五戸真理枝演出にも引き継がれていた。が、ルカには、岸田のいう悪人性は見られず、きわめてポジティヴな造形だった。巡礼者ルカの悪人性、有害性についてはもちろん議論の余地がある。翻訳者によれば、ロシアでもルカの人物像に関して論争があるらしい。だが、少なくともルカの言葉に踊らされた俳優が自死した結末からすれば、配布された「登場人物紹介」(上掲)の、「あったかい」「とても優しい」「おじいちゃん」との一面的な要約には、違和感がある。

ルカの悪人性を押さえたうえで、本作の明るさを読み取った岸田國士はいったいどんな舞台を創ったのか。観てみたかった。

ところで『岸田國士演出 台本「どん底」』に、演出助手を務めた戌井市郎の「稽古日誌」が載っている。興味深い記述が少なくないが、とりわけ次の指摘には強い共感を覚えた。

発声につき、所謂、音汚く怒鳴ることを極力避けるよう注意あり。

画家ブブノワ女史*1、来座。総じて日本の舞台俳優は怒鳴りすぎることを指摘。

 岸田の「注意」と、当時の在日ロシア人の「指摘」は奇しくも重なっている。こうした六十数年前の注意や指摘は、現在の日本の演劇界にもいまだに有効だといわざるをえない(今回の舞台はさほどでもなかったが)。

*1:ワルワーラ・ブブノワ(1886-1983)はロシア人美術家で、妹は、諏訪根自子や岩本真理などを育てたヴァイオリン教師の小野アンナ。オノ・ヨーコはアンナの義姪にあたる。

11月のフィールドワーク予定 2019【キャスト一部変更】【追記】【新日フィル演奏の正確な曲名】

今月は新国立劇場 三部門の上演作に注目している。オペラではドニゼッティの《ドン・パスクワーレ》が新制作され、劇場初演となる。演劇部門の『あの出来事』(2013年初演)は、極右青年がノルウェーで起こした銃乱射テロ事件を扱った作品で、登場人物は2人だが30人の合唱団とピアニストがコロスとして参加するという。どんな舞台になるのだろう。バレエ(ダンス)では2017年3月に初演された中村恩恵振付の『ベートーヴェンソナタ』が再演される。生誕200周年を来年迎える作曲家の生涯をモチーフにした秀作で、再演を心待ちにしていた。BCJの定演は《ブランデンブルク協奏曲》の全曲版。つまり声楽(合唱)なしだ。第5番は佐藤俊介(35歳)率いるオランダ・バッハ協会の演奏で聴いたばかり。鈴木優人(38歳)がBCJでどんな音楽作りをするのか。これも楽しみだ。

8日(金)19:15 新日本フィル #612 定演 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉グリーグ:序曲「秋に」 op. 11/ニールセン:ヴァイオリン協奏曲 op. 33*/チャイコフスキーバレエ音楽『眠れる森の美女』より抜粋

プログラムは不正確な曲名表記があり、スタッフの方に確認した。当日演奏された正しい曲名は以下の通り(T氏には丁寧に対応していただいた)。

序奏/プロローグより「パ・ド・シス」と「コーダ」/第2幕より「パノラマ」/第1幕より「ワルツ」/第3幕より「パ・ド・カトル」(金の精、銀の精など)と「パ・ド・キャラクテール」(長靴をはいた猫と白い猫)/第2幕より「パ・ダクション」の「コーダ」/第1幕の「フィナーレ」/第3幕の「パ・ド・ドゥ」より「ヴァリアシオン1」(デジレ王子)/第1幕の「パ・ダクション」(ローズ・アダージョ

/指揮:ニコライ・シェプス=ズナイダー/ヴァイオリン:ヨハン・ダールネ* @すみだトリフォニーホール

9日(土)14:00 新国立劇場オペラ《ドン・パスクワーレ》全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲:ガエターノ・ドニゼッティ指揮:コッラード・ロヴァーリス/演出:ステファノ・ヴィツィオーリ/美術:スザンナ・ロッシ・ヨスト/衣裳:ロベルタ・グイディ・ディ・バーニョ/照明:フランコ・マッリ/演出助手:ロレンツォ・ネンチーニ[キャスト]ドン・パスクワーレ:ロベルト・スカンディウッツィ/マラテスタ:ビアジオ・ピッツーティ/エルネスト:マキシム・ミロノフ/ノリーナ:【ダニエル・ドゥ・ニースは「本人の都合」でキャンセル】ハスミック・トロシャン/公証人:千葉裕一/合唱指揮:三澤洋史/合唱:新国立劇場合唱団/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団新国立劇場オペラハウス

【14日(木)木下 晋 展――いのちを描く@ギャラリー枝香庵7F・8F】

14日(木)19:00 新国立劇場 演劇『あの出来事』The Events [日本初演]〈日本語上演/日本語及び英語字幕付 〉作:デイヴィッド・グレッグ(Greig グレイグ)/演出:瀬戸山美咲/翻訳:谷岡健彦/出演:南 果歩 小久保寿人/「あの出来事」合唱団(五十音順):秋園美緒 あくはらりょうこ 石川佳代 カーレット・ルイス 笠原公一 かとうしんご 鹿沼玲奈 上村正子 木越 凌 岸本裕子 小口舞馨 小島義貴 櫻井太郎 桜庭由希 Sunny 白神晴代 菅原さおり 杉山奈穂子 鈴木里衣菜 武田知久 谷川美枝 富塚研二 中村湊人 松浦佳子 南舘優雄斗 柳内佑介 山口ルツコ 山本雅也 吉岡あきこ 吉野良祐/ピアノ:斎藤美香 @新国立小劇場

24日(日)15:00 BCJ #135 定演 J. S. バッハ《ブランデンブルク協奏曲》全曲 BWV 1046〜1051指揮・チェンバロ:鈴木 優人/トランペット:ギ・フェルベ/フラウト・トラヴェルソ:鶴田洋子/リコーダー:アンドレアス・ベーレン/ホルン:福川伸陽/オーボエ:三宮正満/ヴァイオリン:若松夏美、高田あずみ、山口幸恵/管弦楽バッハ・コレギウム・ジャパン東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

28日(木)19:00 新国立劇場オペラ《椿姫》全3幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ指揮:イヴァン・レプシッチ/演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール/美術:ヴァンサン・ルメール/照明:グイド・レヴィ[キャスト]ヴィオレッタ:ミルト・パパタナシュ/アルフレードイヴァン・アヨン・リヴァス【「家族の事情」でキャンセル】ドミニク・チェネス/ルモン:須藤慎吾/フローラ:小林由佳/ガストン子爵:小原啓楼/ドゥフォール男爵:成田博之/ドビニー侯爵:北川辰彦/医師グランヴィル:久保田真澄/アンニーナ:増田弥生/ジュゼッペ:中川誠宏/使者:佐藤勝司/フローラの召使:上野裕之/管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団/合唱:新国立劇場合唱団 @新国立劇場オペラハウス

29日(金)18:00 北とぴあ国際音楽祭2019 セミ・ステージ形式 オペラ《リナルド》1711年版・全3幕〈イタリア語上演・日本語字幕付〉作曲:ヘンデル/指揮・ヴァイオリン:寺神戸 亮/演出:佐藤美晴/管弦楽:レ・ボレアード(オリジナル楽器使用)[キャスト]リナルド:クリント・ファン・デア・リンデ/アルミレーナ:フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ/アルミーダ:湯川亜也子/ゴッフレード:布施奈緒子/エウスターツィオ:中嶋俊晴/アルガンテ:フルヴィオベッティーニ/魔法使い:ヨナタン・ド・クースター/シレーネ1:澤江衣里/シレーネ2:望月万里亜 @北とぴあ さくらホール

30日(土)14:00 中村恩恵×新国立劇場バレエ団『ベートーヴェンソナタ振付:中村恩恵/音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/照明:足立 恒/美術:瀬山葉子/衣裳:山田いずみ/音楽監修・編曲:野澤美香/音響:内田 誠[キャスト]ベートーヴェン:福岡雄大ジュリエッタ:米沢 唯/アントニエ:小野絢子/カール:井澤 駿/ヨハンナ:本島美和/ルートヴィヒ:首藤康之//池田理沙子、井澤 諒、貝川鐵夫、 木村優里、寺田亜沙子、 福田圭吾、渡邊峻郁、奥田花純 、 木下嘉人、五月女 遥/宇賀大将、 小野寺 雄、清水裕三郎、 髙橋一輝、玉井るい、中田実里、 福田紘也、 益田裕子、関 晶帆、 中島瑞生、 渡邊拓朗 @新国立中劇場

 

佐藤俊介とオランダ・バッハ協会管弦楽団/驚嘆すべき音楽家

佐藤俊介とオランダ・バッハ協会管弦楽団」のコンサートを聴いた(10月5日 14:00/彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール)。

音楽監督/ヴァイオリン:佐藤俊介

ヴァイオリン:アンネケ・ファンハーフテン、ピーテル・アフルティト

ヴィオラ:フェムケ・ハウジンガ

チェロ:ルシア・スヴァルツ

コントラバス:ヘン・ゴールドソーベル

チェンバロ:ディエゴ・アレス

バスーン:ベニー・アガッシ

フルート:マルテン・ロート

オーボエ:エマ・ブラック、ヨンチョン・シン

質の高いアーティストたちによる優雅で活き活きとした演奏。600人収容のホールはこの手の音楽には最適で、聴衆のマナーを含め、大変気持ちの好い公演となった。以下、簡単にメモする。

J. S. バッハ:管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV 1066

まさに舞曲だ。音はとても柔らか。メヌエットの中間部などは弦と管のコントラストを視覚と聴覚で楽しめた。

ヨハン・ゲオルク・ピゼンデル(1687-1755):ダンスの性格の模倣

初めて聴いた。ピゼンデルはドレスデン宮廷楽団のコンサートマスターとして活躍。22歳のとき若いバッハと知り合ったという(寺西肇「Program Notes」)。ピッコロが入り、バグパイプ風の響きも聞こえた。民族的な感触。が、あっという間に終わった。

J. S. バッハ:ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 ハ短調 BWV 1060R 

オーボエピリオド楽器とはいえ少し不安定か。第3楽章のアレグロで佐藤は伴奏と主題の別を明確に奏し分ける。装飾を入れるところでも実に軽々! とんでもないヴァイオリニストだ。

ここで20分休憩

J. S. バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV 1042

 第二楽章のアダージョでは、バッソ・オスティナートのうえにヴァイオリンソロが短調のメロディを奏でていく。その自然な美しさといったら。

ピエール=ガブリエル・ビュファルダン(1693-1768):《5声の協奏曲 ホ短調》より 第2楽章 

これも初めて。ビュファルダンはフルート奏者で作曲家。J. S. B.より八歳若い。この楽章はフルート変奏曲の趣きがある。チェンバロと弦のピチカートはリュートアルペジオのように聞こえた。マルテン・ロートのフラウト・トラヴェルソはまろやかな音色で、もっと聴いていたい。が、これもあっという間。

J. S. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 ニ長調 BWV 1050/ヴァイオリン

 第1楽章。例のチェンバロ(ディエゴ・アレス)の長いソロは、これみよがしでなく典雅に進んでいき、後半でとんでもない名人芸を発揮した。が、どこまでも気品を失わない。第2楽章はヴァイオリンとフルートの掛け合いが楽しい。第3楽章は、飛び跳ねるようなテーマを各楽器が次々に受け渡していく。

アンコール一曲目は

管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067 からバディネリー(バディヌリー)

フルートが速いテンポで戯れていく。二曲目は

組曲第3番 二長調 BWV1068 からアリア(エア)

佐藤が奏でるアリアは繊細だが神経質なところが微塵もない。虚飾は皆無で、限りなく優美。即興的に入る装飾に〝いまここ〟が刻印された。

楽曲・編成に応じて演奏家の立ち位置が様々に変わるため、視覚的にも変化があって飽きない。佐藤(コンサートマスター/音楽監督)と他の演奏者たちとのやりとりがとても興味深い。ヴァイオリンの技量はいうまでもないが、その〝対話力〟も尋常ではない(「佐藤俊介の現在(いま) Vol.1 ヴァイオリン×ダンス―奏でる身体 2015年」で実証済みだが)。

佐藤はヴァイオリンを弾くとき、その楽器と一定の距離があるかのように感じさせる。ピリオド楽器バロックヴァイオリン)は顎当てを使わないからそう見えるのだろうが、たぶんそれだけではない。佐藤の場合、弾いている人間と他の奏者の演奏を聴きながら指揮する人間が同時にそこに居るような錯覚に襲われるのだ。いったい彼の音楽脳はどうなっているのか。佐藤俊介は驚嘆すべき音楽家である。

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲」(2018年11月4日/所沢市民文化センター ミューズ キューブホール)

佐藤俊介の現在 Vol. 2 ドイツ・ロマン派への新たな眼差し」(2016年2月13日/彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール)

 

新日本フィル #611 定演/未完の二作【コメントへ返信】

新日本フィルの定演 #611 トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉の初日を聴いた(10月4日 19:15/すみだトリフォニーホール)。指揮は上岡敏之コンサートマスターは崔文洙。

フランツ・シューベルト(1797-1828)交響曲第7番 ロ短調 D759「未完成」

第1楽章はハイテンポで、室内楽のようなやさしさ。と思いきや、突然、激しい感情が沸き起こる。第2楽章も速い。クラリネット(ペレス)が短調のメロディを歌いオーボエ(古部)が長調で返すシークエンスは、この上なく美しい。弦楽器が歩をしっかり進めるなか、管楽器群が流麗なメロディを奏するところも快速だ。時おり歩を休め、中断したかのような個所を経て、あっという間に幕を閉じる。まるで人生のように。そういえば、シューベルトは本作を未完のまま31歳で生涯を終えたのか。

ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト(1756-91)レクイエム ニ短調 K. 626

ソプラノ:吉田珠代/アルト:藤木大地/テノール:鈴木准/バス:町英和/合唱:東京少年少女合唱団、東京少年少女合唱隊カンマーコア/合唱指揮:長谷川久恵

 コーラスに少年少女を使い、オケを極力抑えることで透明感ある音楽を目指したのだろう(フォーレのような)。ただ、頭ではそう理解しても、正直いまひとつ身体に食い込んでこなかった。音楽のかたちがみえ(感取し)にくい。Dies iraeなどはあれでよいのか。ソリストは質が高かった(特にソプラノとバリトン)。弦楽器のピリオド奏法はよいのだが、極端な弱音のとき音楽が崩れるような印象も。ペレスのクラリネット(バセットホルン)はよく効いていた。トロンボーンは感じが出ていたが、Tuba mirumのソロは残念。上岡の〝いわゆる〟を排した解釈には総じて好感を持っている。が、たまに弱音の過度な強調が裏目に出るというのか、パフォーマーのエネルギーが一つに収斂し損ね、こちらの身体に届かない場合がある。今回はもっと小さなホールなら違っていたのか。3階で聴いた知人はポジティブな印象をもったと言っていた。

それにしても客席はガラガラ。演目によっては仕方ないと思っていたが、未完成と〝モツレク〟でこれだとちょっと深刻だ。たとえ少なくとも傾聴する客ならまだましだが(斜め前の会員とおぼしき中年カップルは、レクイエムの演奏中にご婦人がちらしを折り畳んでハンドバッグへ入れると、今度は男性がのど飴を袋から出して口に入れる。自分が発しているノイズに気づかないらしい。そもそも音楽を聴いているのか…。指揮者や団員が気の毒になった)。